お金のいらない国(寸劇)シナリオ


 男、上手より登場。

男「あれえ、ここはどこだろう」

 周りを見回しながら、舞台中央へ進む。

男「街なかなのに随分きれいなとこだよなあ。
  (空を見上げて)うわあ、すっげえ青空。
  (遠くを見て)いろんな人がいるなあ。国際色豊かだねえ。
  みんな楽しそうにしゃべったりしてるけど、よく言葉通じるもんだな。
  それにしても俺、なんでこんなとこにいるんだろう。
  (キョロキョロする)」

 下手よりスーツ姿の紳士登場。男に気づき、近寄る。

紳「おや、どうかなさいましたか」
男「あ、ちょっと道に迷っちゃったみたいで」
紳「ほう。それはお困りでしょう。どちらに行かれたいんですか」
男「いや、別に行くとこはないんですけど、
  (ちょっとためらって)あのう、ここ、どこなんですか」
紳「地球ですよ」
男「いや、それはそうでしょうけど。日本ですか?」
紳「日本?ああ、確かにこの辺りは昔、日本と言われていたようですね」
男「昔?」
紳「はあ、相当昔だと思いますね。今はそういう分け方はないんですよ。
  地球です」
男「(ためらいながら)今って、西暦何年ですか?」
紳「2505年です」
男「2505年!?僕は2005年にいたんですよ」
紳「ああ、ではあなたは500年も過去の世界からいらしたんですね」
男「まあ、そういうことになるんでしょうか」
紳「それは興味深いですね。じゃ、ちょっとその辺で休んで、
  お話を聞かせてもらえませんか」
男「ええ、いいですけど」

 喫茶店のテーブルが、舞台中央に置いてある。その両側には二つの椅子。
 テーブルの上にはスタンド式のメニューが載っている。
 ウエイトレスがやって来る。

ウ「いらっしゃいませ。何にいたしましょう」

 紳士は目で男を促す。

男「あ、コーヒーを」
紳「コーヒーを二つください」
ウ「かしこまりました」

 ウエイトレスは引っ込む。
 男は、テーブルの上のメニューを手に取って眺める。

男「へえ、値段が書いてないんですね」
紳「ねだん?」
男「ええ、メニューには普通、値段が書いてあるでしょう」
紳「そうですか?」
男「値段がわからないと、お金払う時、困るでしょう」
紳「おかね…おかねねえ」

 ウエイトレスがコーヒーを運んできて、テーブルに置く。

ウ「お待たせしました。ごゆっくりどうぞ」

 ウエイトレスはおじぎをして引っ込む。
 男はコーヒーを一口飲もうとする。

紳「(うなずいて)ああ、お金、お金思い出しました。
  昔、歴史で習いましたよ」
男「ぷっ(コーヒーを吹き出しそうになる)」
男「歴史!?」
紳「ええ、和同開珎とか、円とか、ドルとか、ユーロとか」
男「(横を向いてひとりごと)和同開珎と一緒かよ。
  (紳士の方を向いて)ひょっとして、お金はこの時代では使われていないんですか?」
紳「ええ、別に必要ないので」
男「(驚いて)なんでお金がなくて大丈夫なんですか?」
紳「なんで必要なんですか?」

 しばし間。

男「そうだ」

 男はポケットの財布から紙幣、貨幣を取り出し、テーブルの上に並べる。

男「ほら、これがお金ですよ」
紳「へえ。(手にとって眺めながら)この汚れた紙きれと金属の破片が、
  一体どういう役に立つんですか?」
男「(ちょっと困って)う〜ん、じゃあ、思いつくままに説明してみますね。
紳「ええ」
男「(深呼吸して)僕たちの時代では、何か仕事をすると、
  このお金というものがもらえるんです」
紳「うん」
男「そして、物にはみんな値段というのが付いていて、お店で何かを買ったり、
  物を食べたりすると必ずその値段分のお金を払うことになっています」
紳「うんうん」 
男「あの、買うというのはお金と引き替えに物を受け取ることなんですが、
  とにかく何をするにしてもお金がいるんです。
  お金がなければ生きていけないんですよ」
紳「うん(不思議そうにうなずく)」
男「みんな、自分が働いて稼いだお金を使って生活するんですよ。
  だから、いっぱい仕事をした人はいっぱいお金をもらって
  豊かな暮らしができるんです。
  まあ、かなり不公平もありますし、働かないで儲けるずるい人もいますけど。
  みんな、自分が儲けたお金の範囲内で生活するようになっているんですよ。
  だから、お金はどうしても必要なんです」
紳「ということは、要するにあなたの時代では、お金というものがないと、
  人々が欲望をコントロールできない、というわけですか」
男「まあ、そうかもしれませんが、
  でも、お金を払わなくても何でも手に入るんなら、
  もう、仕事をしなくてもいいじゃないですか。
  毎日遊んで暮らせば…」
紳「みんなが遊んでばかりいたら、何も手に入らなくなってしまいますよ。
  物を作る人も、与える人もいなくなるわけですから」
男「でも、そういう人もいるんじゃないんですか?働かなくても生活できるなら、
  自分一人くらい遊んでいてもいいだろうと思う人が」
紳「(笑いながら)ははは、ははは。今の時代にはそういう人は居りませんよ。
  (少し考えて)ああ、あなたは、そのお金というものと働くということを
  堅く結びつけて考え過ぎていらっしゃるんじゃないですか?」
男「ええ、お金のために働くんだと思ってましたけど」
紳「仕事は社会への奉仕ですから、世のため、人のため、ひいては
  自分のために、みんなで働かなければ世の中は回っていきません。
  あなたの言うお金がもらえなくてもです。
  そしてあなたが生活に必要なものはお金など払わなくても、
  社会から奉仕してもらえばいいんですよ。
  今の時代はそういうシステムになっています」
男「お金はね、あるとためておくことができるんですよ。
  働いても使わないで貯金…ちょきんっていうのはお金をためておくことなんですけど、
  貯金しておけば、後で必要な時にいつでもおろして使えるんです。
  たくさんためると贅沢ができます。だから楽しいんですよ」
紳「ぜいたくって何ですか」
男「ええと…自分が欲しい物は何でも買ったり、
  美味しいものをたくさん食べたり…」
紳「ここではお金なんかなくても、欲しいと思ったものは、
  何でも手に入れることができますよ」
男「ただ欲しいくらいの物を手に入れたって、贅沢とは言えないんです。
  もう自分には必要ないくらいたくさんの物とか、
  値段のすっごく高い物とか…」
紳「ぷ〜〜〜〜〜っ!(吹き出す)あ、こりゃまた失礼。
  そんな、自分が必要もないほどの物を手に入れて何が面白いんですか。
  そんなとりとめもない欲望を追っていったってきりがないでしょう」
男「でも、貯金しておくと、年とって働けなくなっても安心でしょう」
紳「私たちは、働けない体の人には、みんな喜んで何でも差し上げますよ。
  あなたの時代ではそういう人でもお金というものを持っていなければ、
  何も手に入れられないのですか」

 男、しばし絶句。

男「(興奮気味に)泥棒はいないんですか、泥棒は。人の物を取っていく奴です。
  お金は…ないからいいとしても、ほら、あなたの持ち物とか盗んでく奴」
紳「そんな人はいませんが、たとえいたとしても私の持ち物など取って
  どうしようっていうんですか。大抵の物はお店で新品が手に入るんですよ。
  私が手で作ったものを欲しいと言われるなら、いや、そりゃあ、
  差し上げられるものは差し上げますがね…」
男「だけど、私の仕事だってね、見積りを書いたり、支払いの手続きをしたり、
  お金に関することがすごく多いんですよ。
  それに、そうだ。銀行や保険会社はどうなっちゃうんですか。
  お金がなかったら仕事がなくなっちゃうじゃないですか」
紳「ちょっと待ってください。
  あの、よく分からない単語がたくさん出てきましたが、
  あなたの言いたいことは何となく分かりましたよ。
  要するに、そのお金というものに関連して生まれる業務、
  あるいは直接お金を扱う仕事に携わっている人は、
  お金がなかったとしたら、仕事がなくなってしまうのではないか、
  ということですね」

 男、黙ってうなずく。

紳「私の想像では、あなたの時代は、
  そのお金というものを動かさなければならないために、
  ものすごい時間と労力のロスをしているような気がしますね。
  言い換えれば、不必要なもののために、無駄な仕事を増やしているということですよ」
男「でも、僕の時代はお金がなければ社会が回っていかないんですよ」
紳「いや、それは分かります。
  でも、あなたの時代でもこの紙きれや金属を食べたり、
  直接何かに使ったりしている人はいないわけでしょう。
  要するにこのお金というものは、
  物の価値をみんなが共通して認識するための物差しでしかないわけですよ。
  ですから、例えば、今あなたの時代で、
  このお金が一斉にパッと消えてしまったとしても、
  みんなそのまま仕事を続けていけば世の中は回っていくはずなんですよ。
  あ、それに、ちょっと想像してみてください。
  あなたの時代の、お金を扱う仕事に携わっている人が、
  その業務から一切解放された時のことを。
  そして、お金を動かすために使っていた時間や労力を
  もっと世の中のためになる仕事に向けたら…
  いや、勿論お金の存在する社会では、そういう仕事が大切なのは分かるんですが、
  もしそうなったらですよ、ずっとずっと社会は豊かになると思いませんか。
  いいですか。あなたの時代でも、今お金に関わっている仕事の人が全員、
  その仕事をやめてしまったとしても、
  みんなちゃんと暮らして行けるだけの豊かさは既にあるんですよ。
  ま、そんな、言ってみれば無駄なことに時間や労力を使っていたにも拘らず、
  あなた方は今までやってこられたわけですから。
  ですから、そういう仕事にかけていた時間や労力を、
  もっと社会の役に立つ仕事に向ければ、
  人々の生活はもっともっと豊かになるはずですよ」

 男、立ち上がり、(客席を向いて)ひとり言。

男「そうか。もし、お金というものがなくなったら、
  お金に関するトラブルも一切なくなるわけだ。
  脱税だとか、借金苦の自殺だとか、銀行強盗だとか。
  世の中の「金のため」という矛盾もすべてなくなる。
  もしかしたら、世界中の、飢えや貧困に苦しんでいる人たちも
  救えるかもしれない」

 紳士も立ち上がって男の横に並んでいる。
 男、紳士の方を向く。

男「でも、今、僕の時代にお金というものがなくなったら、
  うまく行くとはとても思えません。
  きっと誰も仕事をしなくなって、世界が破滅してしまうんじゃないかな」

 紳士、笑いながら、

紳「ははは、はは。こんな紙切れや金属の破片のために破滅してしまうなんて、
  面白いですね。
  でも、大丈夫ですよ。未来のこの時代には
  (二人、客席の方を向いて)こうやってお金のいらない世界が
  実現しているんですから」

 (幕)

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