お金のいらない国4(寸劇)シナリオ 舞台やや下手にテーブルと椅子。
青年は下手を向いて椅子に座り、キーボードを叩いている仕草。
紳士は青年の背中やや後ろに立っている。(青年Na.)ふと人の気配を感じて振り返ると(青年振り返る)そこには誰もいなかった。
青年、椅子に座り直してまたパソコンに向かう。
紳「こんにちは」
青「ひ〜〜っ!」(青年のけぞる)
青年、おそるおそる振り向く。
青「誰だ!」(おびえてキョロキョロとさがすが、目の前にいる紳士に気づかない)
紳「はは、私ですよ」
青年、椅子から立ち上がり、後ずさりする。
青「誰なんだ、出てこい!」
紳「ああ、怖がらないでくださいよ。お化けじゃないんですから。ほら、私ですよ」(青年Na.)聞き覚えのある声。ひょっとしてお金のいらない国の紳士……。
紳「そうです。私です。驚かせてすみません」
青「(安心して)ああ、あなたでしたか。どこにいるんです?隠れてないで出てきてくださいよ」
青年、デスクの下など紳士を探す。
青「玄関のカギが開いていましたか?」
紳「いえ、今回は体を置いてきたので」
青「え〜〜〜〜〜〜っ!お、置いてきたって?体を?」
紳「ええ」
青「そ、そんなことできるんですか?」
紳「ええ。できますよ」
青「でも、姿が見えないと話しづらいですよ」
紳「ああ、そうでしたね。じゃ、見えるようにしましょうか」
青「ええ。お願いします」
紳「ではあなたも肉体から出しますね。さあ……」
青「ちょ、ちょっと待って!」
紳「おお、どうしました?」
青「私を肉体から出すって……」
紳「ははははは。大丈夫ですよ。また戻れますから。さあ、椅子に座って目をつぶってください」
青年、椅子にこわごわ座る。やがて目を開き、振り返って紳士に気づく。
青「ああ、よかった。出てきてくれたんですね」
青年、立ち上がって紳士に近づく。
紳「あなたが肉体から出たので見えるようになったんですよ」
青「え!?」
青年、下を向いて体を見る。
青「(ほっとして)いや、私はここに…」
紳士は椅子を指さす。青年ゆっくり振り向いて椅子を見る。
青「こ、これは……」(青年Na)なんとそこにはもう一人の私がいた。
紳士と青年、舞台やや上手に移動。
その間に、下手から椅子一つ持った女性1登場。テーブルをはさんで向かい側に置き、
自分は青年の座っていた椅子に座る。(青年Na)紳士と私は喫茶店に入った。肉体がないのでどこでも自由に入れるし、
誰にも見えない。女性2は声のみ。
女2「で、いつからなの?息子さんが中学校に行かなくなったのは」
女1「三ヵ月くらい前」
女2「何が嫌になったの?」
女1「わからない。何も言ってくれないの」
女2「全然、心当たりない?」
女1は少し考えて
女1「そういえば、しばらく前に、担任の先生が嫌いって言ってたけど」
女2「ああ、それよ!先生が嫌なのよ」
女1「そうかしら」
女2「そうよ。私だって昔、大っ嫌いな先生いたもの」
女1「だとすれば、ねえ、どうしたらいいのかしら」
女2「嫌いな先生の言うことなんか聞かなければいいのよ」
女1「目をつけられない?」
女2「つけたいならつけさせておけばいいわよ。先生が悪いんだから。授業だってボイコットしちゃえばいいのよ」
女1困ったように
女1「でも。ほんとに先生が嫌いってことが原因なのかなあ」
女2うれしそうに身を乗り出す
女2「他になんかありそう?」
女1が考えようとした矢先、女2は思いついたように
女2「ああそうだ。いじめじゃない?最近はやりの」
女1「はやりなの?」
女2「はやりよ。ひどいみたいよ、最近のいじめは」
女1「そういう様子はなかったと思うけど」
女2「気づかなかっただけよ。あなた鈍いんだから。いじめよ、間違いない。ああ、いじめだな、決まりだな」
女1、うつむいて、しくしく泣き出す。女2はちょっと驚いて、
女2「あ、ああ、いやだ、どうしちゃったの。ああそうか、そんなに子どもがいじめられてることがつらいのね」
女1泣き声を大きくする。紳士と青年、顔を見合わせて苦笑。
紳「では、ちょっと行ってきます」
青「え、どこへ?」
紳士、女2の椅子の後ろに立ち、すーっと椅子に座る。(ここから、紳士は女性2の中に入った想定になる。声は女性2のまま。)
女2は電気ショックを受けたようにビクッと動いて一瞬、目を見開く。
女2「あの、お子さんはどんな様子なんですか?」
女性1顔を上げる。
女1「え?……ほとんど自分の部屋に引きこもってるわ」
女2「あなたと会話はするんですか?」
女1「最近はほとんど話してないの」
女1はいぶかしげに女2を見つめる。
女1「あなた、なんか様子が変じゃない?」
女2ちょっとあわてる。
女2「ああ、ごめんなさい。気にしないで……ね」
青年、吹き出すしぐさ。女1はため息をつく。
女1「なんでこんなことになっちゃったのかしら。小さい頃はいい子だったのに……」
(青年Na.)女性はそれからしばらく、息子が生まれてから今までのことを話した。
小学校の頃は親の言うことをよく聴いて、成績も優秀だったこと。今の自分のやりきれない気持ちなどを涙ながらに話した。
友だちは、時々うなずきながら黙って聴いていた。女2「あなた、ご主人とはうまくいってる?」
女1「え?」
女1の顔色が変わる。
女1「え、ええ。うまくいってるわよ」
しばらく間があってから、女1は観念したように
女1「まあ、最近はあまりいいとは言えないわね」
女2はゆっくりと女1の顔をのぞき込む。
女2「いいわよ。私に隠すことはないわ。よかったら話してみて」
やや間があって、女1、わっと泣き出す。(青年Na.)女性は、しばらく前からご主人と意見の食い違うことが多くなり、けんかばかりしていると言った。
女2「けんかの原因は何?」
女1「一番多いのは、子育てのことね」
女2「どうしてけんかになるの?」
女1「主人は子どもにかまわないのよ。勉強しろとも言わない」
女2「それがいけないの?」
女1「父親からちゃんと注意してもらわないと困るわよ。私が悪者になっちゃうじゃない」
女2「ご主人とお子さんはうまくいってる?」
女1「まあ、そりゃあ、注意もしないからけんかにもならないわ」
女2「あなたはお子さんともけんかするの?」
女1「けんかしてるつもりはないけど、子どもが言うことをきかないと、ついきつく言っちゃうわね」
女2「何て言うの?」
女1「よく、勉強しなさいって言ってきたわ」
女2「勉強しないといけないの?」
女1「決まってるでしょう。ちゃんと学校も行かなきゃ」
女2「でも、お子さんはそうしたくないんでしょうね」
女1「許されないでしょう!そんなこと」
女2「誰に?」
女1「私によ。世間だって許さないわよ」
女2「でも、そう言っていても問題は解決しないわね」
女1黙ってしまう。やや間。
女2「けんかになるのはなぜだと思う?」
女1「意見が違うから」
女2「人間だもの。みな、意見は違うでしょう」
女1「でも、家族なんだし」
女2「家族だって別の人間よ。意見は違って当然でしょう」
少しの間。
女1「そうね。でも自分と違う意見は受け入れられないでしょう」
女2「受け入れなければいいじゃない」
女1驚いたように。
女1「受け入れられないからけんかになるんじゃないの?」
女2「そうかしら。受けとめないからじゃない?」
女1「受けとめる?」
女2「そう、受けとめるの。あなたはそう思うのねってうなずくだけでいいの」
女1「受け入れるのとは違うの?」
女2「ええ、違うわ。受けとめるっていうのは、自分がどう思うかはおいといて、相手の意見を認めることよ」
女1「ふうん。私の意見は違っててもいいの?」
女2「いいのよ。人はみんな違うんだから」
女1考える。
女1「そうか。同じにしなきゃいけないと思うから苦しいのね」
女2「相手に自分の意見を受け入れさせようと思うからけんかになるのよ。お互いが受けとめられれば問題は起きないでしょう?」
女1はゆっくりうなずくが、ため息をついて。
女1「でも主人は受けとめてくれるかしら」
女2「まず、あなたが受けとめてみたら?」
女1、少し考えて。
女1「そうね。まず私が受けとめないとね」
女2「うん。息子さんのことも受けとめられる?」
女1「どうすればいいのかしら」
女2「ぜひ、お子さんの話を聴いてあげて」
女1「話してくれるかしら」
女2「すぐには話してくれなくても、きっと何か言いたいことがあるはずよ」
女1「私、うまく話せるかな」
女2「あなたは聴くだけでいいの。何かアドバイスしようなんて思わないで、ただ受けとめるの」
女1「そうしたら学校に行くようになるかしら」
女2「それはわからないわ。とりあえずは学校に行かせることより、ただ話を聴いてあげて。
あなたが受けとめなければ息子さんはずっとそのままだと思うわ」
女1は少し考えて。
女1「わかった。やってみる」
その声と同時に、紳士はスーッと女2から出る。
女1「ありがとう。ちょっとスッキリしたわ」
女2はキョトンとして(姿はないが)。
女2「は?私、何か言った?」紳士、青年のところに戻る。
青「お疲れさまでした。どうなるでしょうね」
紳「さあ、どうなるかしら」
青年「ん?」
紳士、驚いたように口を押さえる。(幕)