お金のいらない国2(寸劇)シナリオ 舞台中央にイス3脚。
2脚には紳士と女性が座っている。青年、舞台上手に登場。
青「ああ、ここだ」
青年、チャイムを押すしぐさをする。
♪ピンポ〜ン(チャイムの音)
紳士と女性が出迎える。紳「ようこそ」
女「はじめまして。ようこそいらっしゃいました」
青「お邪魔します」青年、舞台中央に通され、紳士と青年はイスに座る。
女性はそのまま下手へ。
青年は女性の後姿を見送る。青「奥様ですか?」
紳「おくさま?」
青「ええ。奥様……じゃないんですか? 結婚されてるんですよね?」
紳「けっこん?」(青年、一瞬驚いてから、うなずいて納得したように)
青「わかりました。結婚はご存じない」
紳「ええ」
青「じゃあ、ご説明します。僕の国では多くの場合、
ある程度の年齢になると男女が結婚という手続きをして一緒に暮らすんです」
紳「ほう」
青「結婚すると、その二人は夫婦と認められて、男性が夫、女性が妻ということになって、
外の人からはそれぞれ旦那さん、奥さんなどと呼ばれます」
紳「はあ」
青「で、二人の間に子供ができると一緒に育てます」
紳「うん」
青「あのう、この世界には結婚という言葉は無いにしても、
あなたはあの方と何らかの手続きをされて暮らしておられるんですよね。
でしたら、その状態は、僕たちの国では結婚しているということになるんです」SE:(赤ちゃんの声)
女性、下手より赤ちゃんを抱いた格好で登場。
女性、イスに座る。青「ああ、お子さんがいらっしゃるんですか。じゃあ、れっきとしたご夫婦ですね」
紳「確かにこの子はこの人と私の間にできた子です。でも、私たちは何の手続きもしていませんよ」
青「ええ!?」
紳「ここには、あなたが今おっしゃった結婚というものに該当するような手続きはありません。
男女は、一緒に暮らしたり子供を作ったりしますが、それを第三者が認めたり管理したりするシステムはありません」
青「へえ……子供が生まれても、どこにも届け出ないんですか?」
紳「いや、それは届けを出しますよ」
青「戸籍に登録するんですね?」
紳「こせき?」青年、しばし絶句。
青「僕の国では、役所に、その人が誰と誰の間の子で、何という名前で、本籍がどこで現住所がどこで、
などを記した書類があるんです。そして、結婚したり子供が生まれたりする度にそれが書き換えられます」
紳「はあ、そうなんですか。面倒ですね」
青「じゃ、やっぱり戸籍も無いんですか……だとすると、子供が生まれたら何を届け出るんですか?」
紳「私たちの場合、子供が生まれると、名前と生年月日、現住所などを届け出ます。
そういうことを管理しているところがあるんですが、そこにあるのは個人の名簿だけで、
誰が親かまで登録するようなシステムはありません」
青「名簿は親とは別なんですね。じゃあ、名前はどうなるんですか?名字とか」
紳「みょうじ……」
青「名字も無いんですか」しばし沈黙。
青「僕の国では名前は二つに分かれていて、名字と名前があるんですよ。結婚すると夫婦は戸籍上、同じ名字になって、
子供が生まれても親と同じ名字になるんです」
紳「はあ。なんでそんな必要があるんでしょうね。……私たちの名前というのは、二つに分かれてはいません。
一人に数文字の名前がついているだけで、親と子が共通する部分はありません。
まあ、名前をつけるのはたいてい親ですし、それはつけ方次第ですからどのようにでもなるんですが」(青年、ひとり言)
青「そうか。名字がなければ夫婦別姓だとかが問題になることもないな」(青年、紳士のほうを向いて)
青「僕の国とはずいぶん違うので驚きです」(紳士うなずきながら)
紳「やはり、お金の存在が関係しているのではないでしょうか」
青「お金……ですか。確かにね。お金が存在しなければ、子供の養育費や教育費もいらないから、
他人が保護者を特定する必要はないかもしれないし。
結婚しても、誰かを養う必要もなければ離婚の時に慰謝料を払うこともないから、
これも本人たちの気持ちの問題だし。
遺産相続も無いから、親族が誰かなどは当事者だけがわかっていればいいことでしょうしね。
そうなると戸籍も必要ないか」
紳「でしょう?」しばしの間。
青「お子さんはお一人なんですか?」
紳「いえ、もっといますよ。母親はこの人ではないですが」(青年、ちょっとあわてて)
青「え?まずいこと聞いちゃったかな」
紳「べつにまずくないですよ。(女性に向かって)なあ」
女「ええ」
青「そのお子さんたちとは会われたりするんですか?」
紳「よく遊びに来ますよ。母親も一緒に。(女性に向かって)なあ」
女「ええ」
青「あのう、余計なお世話かもしれませんが、トラブルは起きないんですか?」
紳「起きませんよ(女性に向かって)なあ」
女「ええ」
紳「何でトラブルが起きるんですか?」
青「いや、だって三角関係だし……」(紳士、両手の指で三角形を作って見せながら)
紳「はあ。三角ですか」青年はため息をつく。
青「ええ、そういう関係を僕たちの国では三角関係と言うんですよ」
紳「その三角は何が問題なんですか?」
青「だって、自分の愛する人がですね、他の人と仲良くしてたり、
まして子供まで作っちゃったらいやじゃないですか?」
紳「なぜですか?」
青「なぜって……だって好きな人は自分だけのものにしておきたいでしょう」
紳「自分のもの? 自分の好きな人が他の人と仲良くしなければ、自分のものになるんですか?」
青「え?……ま、まあ確かに。自分のものと言ったって相手も人間ですから、
自分の所有物になるわけじゃないんですけど……。
でも、それはお互いが、他の人のことは好きにならないようにすることによって信頼関係を保つというか……」紳士、疑わしそうな目で青年を見る。
青「い、いや、まあ、そうは言っても他の人を好きになったりはしますよ。
だから……だから結婚という契約をして愛を誓うんです」紳士は黙ったまま、二、三度ゆっくりうなずく。
(青年興奮して)
青「ああ、わかりますよ、何をおっしゃりたいのかは。そんな契約したって愛なんか誓えないって言いたいんでしょ。
確かに一時的に何誓ったって離婚する夫婦はたくさんいるし、結婚という契約に縛られて、
別れたいのに別れられない人たちもいっぱいいますよ!」(紳士、吹き出しそうになるのをこらえて)
紳「何も言ってませんよ」青年、大きくため息をつく。
青「僕の国では、一夫一婦制といって、結婚は一人の人としかできない決まりがあるんです」
紳「ほう。あなた方は、よほど決め事が好きなんですね」
青「好きっていうか、まあ、別の時代や別の国ではそれ以外の形もあったようですけど」
紳「別の形に決める必要もないと思いますけどね。男と女がどんな関係でいようと、人それぞれでいいんじゃないんでしょうか。
トラブルが起きたら起きたで、当事者同士で解決すればいい問題でしょう?」
青「まあね。でも、僕たちは一対一と決めておかないとだめなんじゃないかなあ」
紳「一組の男女だけを見ればどんな場合でも一対一でしょう?相手が他に誰とどんな関係にあろうと、
相手の問題ですから気にしなければいいんじゃないんですか?」
青「僕たちは、なかなかそこまで割り切れない気がするんですが」
紳「別に、一対一がいけないというわけではないんですけどね。でも、お互い負担になりませんかね」
青「負担ねえ」
紳「例えば自分の理想のすべてを一人の人に押し付けようとしても無理がありますよね。
自分も、相手のすべての期待に応えられるはずもない」
青「それはそうですけどね。まあ、ある程度であきらめるというか、そういう割り切りも必要なんじゃないかなあ」
紳「確かに、求めるものが多過ぎたり理想が高過ぎたりすれば、きりがないですけどね」青年うなずく。
紳「でも、その一夫一婦制という決まりは一生続くんでしょう?若いうちに決めた一人の相手以外、
死ぬまで誰も好きになってはいけないというのも少々乱暴ではありませんか?」
青「それはそうですね」
紳「私の場合は、今まで生きてきた中で数人の女性と特に親しくなりました。
子供ができた人もいれば、できなかった人もいます。今も親しくしている人もいれば、自然に離れていった人もいます。
それだけのことです」
青「まあ、考えてみれば、僕たちもやってることは似たようなものなんですけどね。なんか難しいことになっちゃってるんだよなあ」SE:(ぐずる赤ちゃんの声)
女性、赤ちゃんを抱いた格好をしたまま下手へ。青「でも、男女関係が複雑だと、誰が家族かわからなくなりませんか?」
紳「かぞく……?」(驚きの声)
青「うわ〜」(青年、気を取り直して)
青「家族っていうのは、その、主に血縁関係のある、親とか兄弟とか、一緒に住んでいる人のことですよ」紳「私の場合ですと、誰が家族になるんでしょうか」
(青年、下手を指して)
青「あの方と住まれているんですよね?」
紳「いえ、彼女は遊びに来ているだけです。寝る時は帰ります。今は他の男性と暮らしていますから」
青「ええ! そうなんですか。じゃあ、家族がいるとはいえないかなあ」
紳「家族というのは、寝る場所が問題なんですか?」
青「いや、そういうことでもないと思うんですけど。でも戸籍もないんですもんねえ。お金がないんだから、
誰かを扶養しているわけでもないし……」青年、立ち上がり、客席に向かって。
青「ん〜、結婚ってなんなんだ?家族ってなんなんだ?」
♪ピンポ〜ン(チャイムの音)
紳士が上手に迎えに出る。紳「あ、子供たちが来ました」
(青年、非常に驚いて)
青「え〜!こんなに大勢!?」(幕)