記事タイトル:詩『永劫回帰』を投稿いたしました。 


タイトル&名前: 青糖舎    URL

おひさしぶりです。青糖舎です。
今回の詩は『春』をベースにとりいれてみました。
春は私の生まれた季節であり、
命の息吹と温もりをあたえ活力をもたらしてくれる
私の一番好きな季節です。
ロングヘアそのものが主題というわけではありませんが
女性の持つ性、というものと絡めて扱っています。
興味をいだいていただければ幸いです。
   

[2005/03/24 12:28:05]


タイトル&名前: 風詠    URL

どきりとするような印象をまず与え、そして、命の不思議、女の力を
みごとに表現なさっていると思いました。
春は命が再びめぐる季節。そしてそれは穏やかなようで、
実は激しさを伴っている。未来永劫繰り返される命のいとなみ。
女の力を象徴するようなロングヘアの表現に圧倒されました。
   
私は不定形詩は作れませんが、歌詠みとしてとても刺激をうけました。
「春」という詠題を出されたとしても今の私にはせいぜい「桜」
位しか思いつきません。
青糖舎さんの想像力、尊敬します。
   

[2005/03/24 13:54:07]


タイトル&名前: 冬蛙   

青糖舎様
   
女性の聖性と魔性が入り混じった詩だと感じました。
どちらの属性も持ち合わせている女性の不思議さ。
   
そのような詩の中で表現されている「髪」は、
女性の心内(こころうち)を現しているように思いました。
   

[2005/03/24 23:00:35]


タイトル&名前: 青糖舎    URL

みなさんご感想どうもありがとうございます(*^^*)
   
風詠さん>過分なお誉めの言葉、ありがとうございます(*´ェ`*)ぽ(笑)
春は私が一番活力を取り戻せる季節なので・・・。
吹きゆく風のなかにさえ潜む春の匂い、それは私を酩酊状態へといざなってくれるのです。
   
冬蛙さん>聖性と魔性・・・いい言葉ですね(^^)
どちらも兼ね備えている女性に、私は憧れます・・・・。
   

[2005/03/29 05:04:58]


タイトル&名前: wind   

女性の獣性を、迎えた春の喜びとして、そして生命の連鎖としてうたった詩と感じました。
意図的に漢字を多用し、そして平易な漢字でも表現できる言葉を意識的に難しい漢字に
置き換えてごつごつした読みにくい詩にしてあります。
ひらがなが女文字ということからするとこれは、通常は男性のものとして捉えられる獣性を
女性の立場から表現するための技法のように感じます。
漢字仮名交じり文では、ひらがなよりも漢字が目に飛び込みやすいのに、この詩では、
漢字・難読字を意図的に多用しているからこそ、漢字の海の中から
 「しなやかにのたうつ/おんなのかみ」
という全てひらがなで表現した言葉が浮かび上がります。
   
 流れとしては、春の訪れ=獣性の目覚め、白い肌、そして胎内での新しい生命の誕生、
となっていて生命誕生に至る時系列に沿っています。
いくつもの象徴的な表現を積み重ね、季節の循環と生命の輪廻を重ね合わせています。
 この詩の中で女性の長い髪は女性の生命の象徴として描かれているように感じます。
そしてまた、長い髪は場面転換を目的として、各場面の先頭、
あるいは場面と場面を繋ぐ位置に置かれています。
長い髪で視線を引きつけ、そこから語り始める、というスタイルでしょうか。
   
 「漆黒の髪は夜の帳/帳の向こうに潜むのは心」
というくだりは、女性の長い黒髪を帳に見立て、
顔や体を覆う長い髪が外面と内心を隔てている、と表現しています。
帳を特に「夜の帳」とすることで、この後に続く「白い肌」の妖艶なイメージに繋がります。
 また、
 「漆黒の髪は夜の帳」
 「もつれあう長い髪は/謎を忍ばせ」
と並べることで、長い黒髪が女性の心を覆い隠すものであると同時に、
心がにじみ出るものとしても表現されています。
 この詩では、(女性の)獣性を人として恥ずべきもの・抑制すべきものではなく、
むしろそれは命の源として肯定すべきものと主張しています。
「命は命を求め」とあるように、獣性の発露は命と命の結びつきである、と主張しています。
 春は命が誕生する季節であり、命が冬の季節から息を吹き返す時期です。
この詩では春の中でも、命のエネルギーを燃やす時間としての夜を詠っています。
だから色調として黒が選択されています。
 この詩が春の詩でありながら単純に明るく開放的な色調とはならない(ならなかった)
もう一つの理由は、長く暗い冬の季節から目覚めようとしているまさにその時期を
描こうとしているからかもしれません。
生命活動も獣性も低いレベルになり、半ば死んでいるような辛く長く暗い冬。
その冬を耐え抜いたからこそ獣性の目覚めを命の春として、生命のエネルギーとして、
そして自分が生きている証として、震えるような喜びを感じているのでしょうか。
   
 この詩の一つのポイントは蛇だと思います。獣とともに冬眠から目覚め、
「悪徳の象徴」でありながら、生命の象徴でもある「蛇」。
そして最後の輪廻の象徴としての蛇。
この詩では、蛇にいくつもの意味を託しているように感じます。
 蛇はキリスト教ではアダムとイブをそそのかして
禁断の実を食べさせた悪魔の使いとして扱われる一方で、知恵のシンボルでもあります。
 日本では、蛇は、知恵と学問、健康と長寿などの神だったり、
白蛇は弁財天の使いとされていたりします。また、日本を含むアジア各地では
蛇は、男性のシンボル=新たな生命を生み出す神秘的なエネルギーのシンボルだということです。
 果たしてこの詩では蛇にどんな意味を託しているのでしょうか?
 「しなやかにのたうつ/おんなのかみ」も蛇をイメージさせる表現かもしれません。
だとすると、「悪徳の象徴」は雄蛇、「しなやかにのたうつ」のは雌蛇
という象徴化が潜んでいるのかもしれません。
 読めば読むほど想像が広がる詩です。
   

[2005/04/09 01:05:05]
 


ロングヘアマガジン