6月 |
6月1日(火) i-pad 新しく発売されたi-padを、ヨドバシカメラで手にしてみる。人が群がっていた。玩具のような感覚と、時代が大きく変わっていく流れ、さらにそれに追いつけそうにない自分を、この両掌の中に見る。 6月2日(水) YOSA 相変わらず声が出ない日々が続いている。身体から毒素を叩き出したい気分で、午後、よもぎ蒸しと顔マッサージに行ってみる。 6月3日(木) 見えている感覚 午後、太極拳の教室。両手が見えている感覚。視る、のではなく。それはちょっと即興演奏に似ている。 夜、新宿でうどんをすすりながら、井上juju博之(as,etc)さんと打ち合わせ。 6月4日(金) えずこ 午後の新幹線で白石蔵王駅下車、大河原町へ。えずこホールで、坂田明(as,cl)トリオにヤヒロトモヒロ(per)さんが加わった4人で演奏。温かい聴衆のみなさんの拍手に応援されて、楽しく演奏。 夜は個人宅で打ち上げ。みなさんは明け方近くまで飲んで話していたらしいが、私は早々にリタイア。 6月5日(土) ベイシーにて 昨晩のメンバーで、一ノ関・ベイシーで演奏。 ピアノはいつも調律してくださっている調律師さんが作業を済ませてくださっていた。このピアノが一番鳴るピッチにあわせてくださっているとのことで、ビミョーなA=440.5と、通常より低いピッチに仕上がっているとのお話。これまで何度かここで演奏しているけれど、おそらくもっとも楽器が鳴っていたと思う。 ここ一ヶ月の間に、渡辺貞夫さん、ケイコ・リーさんのグループが演奏しているとのことで、調律師さんはおお忙し。 店内には大勢のお客様。その中には、翌日、坂田さんと公演することになっている田中泯(舞踊家)さんがいらっしゃていた。直接お会いするのは、おそらく白州でのフェスティバルで演奏して以来なので、15年以上前のことになる。 で、こちらからご挨拶しようと思っていたら、泯さんの方から、喜多直毅(vn)さんのCD『空に吸はれし心』にサインをして欲しいと言われる。恐縮至極。 夜は焼き肉屋さんでスタッフやお客様たちと打ち上げ。夜8時以降は食べないと誓っていた私なれど、夕飯を食べていなかったので、さすがに箸が動いてしまった。 6月6日(日) 紫陽花の思い出 午後の新幹線で一ノ関を発つ。 今日は父の命日。あれから丸9年が過ぎた。色鮮やかな紫陽花の思い出。 6月7日(月) むくみとジンマシン 午後、母に付き添って、検査結果を聴きに行く。何の心配もないとのことで、正直ほっとする。 けれど、自分の体調がすこぶるヘンだ。やっと声が出るようになってきたと思ったら、今度はむくみとジンマシンがやってきた。手のむくみがひどく、指に指輪がまったく入らない。 いったいどーしたのだ、私。失声状態もこんなむくみもジンマシンも、50年余り生きて来て初めてのことだ。いよいよ更年期に突入か・・・? 夜、日本映画専門チャンネルで、阪本順治監督『闇の子供たち』を観る。「値札のついた命」とサブタイトルが付けられているこの作品の内容は、すこぶる重い。 タイの貧しい農村では、子供たちが売られている。人身売買。子供たちは売春宿に送られ、大人の性的玩具にされ、やがて身体はぼろぼろになってエイズにかかり、黒いビニールゴミ袋に入れられて、ゴミの山の中に捨てられる。あるいは、生きたまま臓器を取り出される。臓器移植に使われるのだ。臓器売買。もちろん、いずれにも“買っている”日本人が登場する。 生まれて初めて、映画を観て吐きそうになった。 6月8日(火) 私と踊って ピナ・バウシュ ヴッパタール舞踏団の公演『 Komm tanz mit mir/私と踊って』を、新宿文化センターへ観に行く。昨年、急逝したピナの追悼特別公演とも銘打たれている。 この舞踏団の公演はこれまでにも何度か観ているが、この一幕物は初めて。覗き窓がしつらえてあるような舞台から、いっきに大きな白い滑り台がある舞台へ。印象的な幕開け。シンプルな舞台装置と照明が美しい。 内容についてはここに細かく書かないが、1977年初演というこの作品は、思いのほかに“言葉”が多かった。ほんの少しドイツ語がわかる私だが、言葉とともにその身体表現にも、なんだか時々感覚的に「痛い」と感じた。 音楽には古いドイツ民謡が使われていて、ダンサーたちが歌ったりする。伴奏楽器はほとんどがリュートで、その響きがとてもいい。パンフレットには、そのうちの何曲かをブラームスが編曲していると書いてあったので、今度探してみようと思う。正直、音楽については、これまで観たピナの作品の中では一番よかったように思う。 最後、全員が舞台の一番前っつらに並んで、客席に向かって「Komm tanz mit mir!」と何回か叫んだ。思わず、客席から出て行こうかと思ったが、自制心が働いた。そして、少しだけ、涙ぐむ。 ピナの作品はいつもそうだ。最後に涙ぐんでしまう。もっとももし20年前くらいに観ていたら、私は号泣していただろうけれど。 なにか温かく、救われる気持ちになる。たとえ何があっても、生きていることを肯定したくなるような。 6月10日(木) 薬 あまりにもむくみとジンマシンがひどくなってきたので、医者に行く。腕から手、指にかけて腫れてむくみ、胸から首、背中がジンマシンで真っ赤になっている。もちろん、痒い。 ので、医者に行った。「よく効きますよ」と言われたものの、坑ヒスタミン剤とステロイドが含まれている薬のようで、ものすごい倦怠感と眠気に襲われる。口も渇く。何にも気力が湧かず、半病人になったような気分だ。 6月12日(土) 同窓会のようなもの 現在、地元に住む、同じ大学出身者の会に出席する。薬の副作用なのか、顔の皮は剥け始めガサガサになり、首も痒くてカサカサ。ますます手のむくみとジンマシンはひどくなっていたが、思い切って参加する。 市長さんも同じ大学出身者なので、出席されていた。なんでも現在リニューアル中の劇場の秋のオープニングで、ご自身が在籍されていた国劇部(歌舞伎)の公演をされるらしい。 6月13日(日) ドレス 渋谷・dressにて、坂田明(as,cl)トリオで演奏。今年1月にお店にアップライト・ピアノが入ってから3度目の演奏。ピアノの状態も変化している。そして、今日も調律師さんのお力に助けていただく。 6月14日(月) 薬を変えてもらう あまりにも体調がひどいので、医者に行って薬を変えてもらう。自分は副作用ではないかと思っているが、医者は決してそんなことは言わない。そもそも漢方薬とか太極拳とかヨガとか、そうしたことはまったく役に立たないと思っているようなところがある医者に行っている私がいけない、か。 6月15日(火) あっぱれ 五反田ゆうぽうとホールで行われている『北島三郎特別公演』に足を運ぶ。 夕方5時開演。前半は約1時間50分のいわゆる座長芝居で、時代劇「幡随院長兵衛」。江戸の人情や親子愛を扱ったものだったが、この長兵衛なる人物が、いかに町の人々に人気があって、どんなことをしたのかがよくわからず。ストーリーやその展開も、私には少々冗長に感じられる。 「てなもんや三度笠」で知っている白木みのる。77歳の今も、あのちょっと甲高い声は健在。昔はよくテレビなどで見た人見明、もナマで見る。88歳だそうだ。 サブちゃんは終始とても低い声(一点ハの1オクターヴ下くらいのピッチ/歌う時にもっとも張る音域は、そこから約10度上くらい)でセリフをしゃべっていた。後半の歌のために、喉を使うことを極力抑えていると思った。 間に休憩が約35分入り、お弁当タイム。ちょっと奮発して、なだ万のお弁当を食べる。やっぱり美味。 後半は“歌謡ショー”。50人くらいのダンサーが登場して、華やかな幕開け。舞台後方には、ビッグバンド、ストリングス、コーラス付き、総勢ざっと50人くらいの生演奏で、サブちゃんは約1時間、マジに歌いっぱなし。後ろがナマなのだから、歌も完全にナマ。やっぱり抜群に、見事に、圧倒的に上手い。 それから、バックはカラオケになったが、舞台は実に派手な電飾やらセットやらが、次から次へと、ああ、夢の世界へ人々を誘う。その間、約40分強、サブちゃんは歌いまくる。今日はおそらくクチパクではなかっただろうと想像する。(うーん、2階席からではちょっとわからず。オペラグラスを持って行けばよかった。) 最後のほうでは、大漁旗を掲げた一隻の船が出て来て、スモークがガンガンたかれて、それを波に見立てた船が前後左右と揺れまくる。 ラストは「まつり」で、これまた超ド派手。中央にはクレーンの先端に取り付けられた、今年の干支の白い寅に乗ったサブちゃんが、客席の上を舞う感じ。猿之助ばりの演出だ。舞台には100人以上は乗っていただろう。紙吹雪が散る。ああ、めでたし、めでたし。 とにかく、お金もものすごくがかかっているステージであろうことは、すぐにわかる。ゆうぽうとにこんな回り舞台はあったっけ?と思ったら、この公演のために特設したそうだ。ひえ〜・・・。だから通常より舞台は30cm程高くなっているらしい。 サブちゃん、昭和11年生まれだそうだから、御年74歳。前半の芝居は出ずっぱりというわけではないし、間に35分間の休憩があるとはいえ、全体約4時間の公演を一ヶ月間もやり続けるのだから、って、昼と夜と二回やる日も10日間くらいあるのだから、いやあ、身体をはっている。日本の相撲界と同じく、いろいろ噂や話は耳にするけれど、ともあれ、あっぱれ、と思う。 サブちゃん自身が言っていたが、18歳で函館から上京し、渋谷で“ながし”で歌っていた頃は、3曲で100円(現在に換算すると、2000円くらいになるらしい。から、そんなに悪くはない?)だったそうだ。それが今は1曲○○万円の世界なのだろう。来年3月には「芸道50周年記念公演」が行われるとのことだ。 客席でまわりを見渡せば、やはりお歳を召した方々が多い。が、あのサブちゃんを見て、おおいに励まされると思う。けれど、こういう人たちは、たとえばピナ・バウシュの公演などは、きっと生涯観ることはないのだろうなあと思う。と、自分のいる場所が逆照されるような思い。 終演後、mori-shige(vc)さんと喜多直毅(vn)さんがデュオのライヴをやっていた所へ足を運ぶ。サブちゃんの世界とは対照的な場所だ。残念ながらその演奏を聴くことはできなかったが、お二人にはサブちゃんの“福 おこし”をおみやげに持参する。 8月27日(金)に予定している、喜多直毅(vn)さんとのデュオ・シリーズ『軋む音vol.2』のフライヤーができあがってきた。サブタイトルは「絶叫 ほんとうのことは静かに聞こえる」。これからバラまきますので、みなさん、おでかけくださいますよう。 6月17日(木) 原さんとだいちゃん 『くりくら音楽会vol.7 〜ことばとピアノと〜』の春の最終回。今日は原マスミ(vo,g,朗読)さんと近藤達郎(pf,vo)さんのお二人にお願いした。 午後4時頃にはお二人とも会場入りされて、入念なリハーサルをされる。音響が落ち着くまでに時間がかかったけれど、最終的にはアコースティックな感じにまとまる。原さんの歌は、以前バンド編成で聴いた時より、しっかりと言葉が聞こえてくる感じ。 出だしは宮澤賢治の作品から。後半に朗読された「おきなぐさ」も同じ賢治の作品。いずれの作品も、私は'90年代にかかわっていた劇団で、ちょうど同じものをやったことがあったので、ゆっくりとその時のことを思い出す。賢治のこうした作品を選ぶ原さんや近藤さんの選択は、原さんの世界観と声に共鳴しているように感じた。 他は、原さんの歌が中心。言葉と独特な声の質感と震え、ひきつるような歌い方に、会場は満たされる。10時頃に終演。お二人のご努力に心から感謝する。 この日に購入した、原さんの本『こわくない夢 原マスミ作品集』(新潮社)を読む。すごい。描かれている人物の眼が死んでいる。あるいは普通の人には見えないものを見ている。そんな風に私には感じられた。いったいこの人は何を見てしまったのだろう?きっとものすごく近くに“死”があった、否、あるように感じる。最後の方に書かれていた、よしもとばななの文章が秀逸。 |
6月19日(土) どうも、そわそわ 夜、所用で外で食事をしたのだけれど、どうも空気がそわそわしている。と思ったら、日本時間20時半のキックオフで、サッカー・ワールドカップ、日本対オランダ戦が行われているためだ。従業員も気がそぞろな感じで、他のお客さんの話題もサッカー。なので、なんだか落ち着かない。 6月20日(日) 藤野 藤野・shuにて、坂田明(as,cl)トリオで演奏。中央道で山をひとつ越えただけなのに、空気が全然違う。緑も美しく、採れ立ての野菜がおいしい。 6月21日(月) 不調 体調がよくない。生涯初めての、身体の発疹や、手のむくみ、さらに顔や首の皮がむけ始め、手もぼろぼろにむけてきた。うーむ、謎、だ。 まず、内科に行く。医局のおばさんたちの対応が相変わらずひどい。こんにちは、お大事に、も言わず、私語にいそしんでいるので、ちょっとむっとする。 血液検査もしたのだが、その結果は明日ではわからないと医局のおばさんは言う。先生は明日わかると言った、といっても、とりあってくれない。まったく親身になってくれない態度に、ますます腹が立つ。 それから、皮膚科に行く。実は映画の撮影にからんだ仕事(顔や姿は映らねど、この手は映されるらしい)が入っていて、“この手の状態”ではとても困る、とても急ぐのです、と言ったら、重複になるけれど、明日すぐにわかるからと、再び血液検査、尿検査、おまけに水虫検査までする。 ここは看護婦さんたちが気持ちいい対応をしてくれた。こちらは何らかの不調を抱えているから来ているわけだから、少しでも丁寧に温かく接してくれるとうれしい。 6月22日(火) 脱皮中? もろもろの検査結果は特に異常がなかった。ではなぜこのように異様な皮膚の状態になっているのかは、まったく原因不明。 こうした症状は、あたかも実験するが如く、何が当たりなのか、つまりそうなっている原因を、一つずつ試しながらつぶしていく検査をするしかないらしい。エビ?カニ?蕎麦?卵?世の中にはいろいろなアレルギーがあるようだけれど。 私の場合は、食べ物というより、更年期に突入して、ホルモンのバランスあるいは体質が変わっていく時の症状のような気がする。血液検査で唯一先生に言われたのは「貧血?」だった。そんなこと、これまでまったくなかったわけで、やはり女性の更年期とかかわりがあるような気がする。 「うーん、脱皮、か」と冗談のようなことを言う先生の対応に、仕方なく、これは身体が勝手に脱皮計画をうちたてているのだ、と思うことにした。 今回、このような状態になって、湿疹やアトピーなどの皮膚病にかかっている人の痛みや悩みのようなものが、初めてわかったように思う。旧友から受け取った温かいメールで、あらためてそう思った。 自分が耳を患った時もそうだったが、見えないところで苦しんだり傷ついたりしている人がいることを忘れてはならないと思う。 夜は新宿・ピットインで、坂田明(as,cl)トリオで演奏。レコーディングの時に初めて提示された新曲が、だんだんいろんな展開や豊かさを持ち始めているように感じる。というようなこともあって、急遽、来月、再度レコーディングすることになった。 終演後、居酒屋に行って、深夜バスで帰宅。無論、私はこの皮膚の状態ではアルコールは飲まず。その後、坂田さんと水谷さんは、また別のところに飲みに行ったらしい。なんて元気な人々。 6月23日(水) ウタブラピアノ 午後、門仲天井ホールの担当者と秋のコンサートの企画を打ち合わせ。 次回はコンサート・シリーズ『耳を開く』の三回目をやろうと思います。詳細は後日発表しますが、テーマは「カバレット」。 夜は代々木・ナルで、澄淳子(vo)さんと吉見征樹(tabla)さんと演奏。 淳子さんの胸と背中が美しくあいている衣装は、ご本人曰く「きりん」だそうだが、イヤリングも靴も黄色でまとめた、すてきなコスチューム。声質や歌い方がほんの少し軽やかになったような印象を受ける。 吉見さんも自由に演奏している感じで、この三人の音楽には独特の自在さとユーモアがあって、とても楽しい。 「1曲目(吉見さんと私のデュオ)から「名曲、ロンリー・ウーマン」ですかあ?」と淳子さんに最後まで言われ続けた私だが、なぜかものすごくそういう気分だったので仕方ない。そういう時もある、のだ。 6月24日(木) 抜く 午後、太極拳の教室。力を抜くことが全然できない。 6月25日(金) 無回転 明け方3時半キックオフされたサッカー・ワールドカップ、日本対デンマーク戦を観る。本田選手の無回転シュートにはびっくりした。今は映像がスーパー・スローで、ボールの回転まではっきり見ることができる。こりゃ、すごい。 そして、ちょうど4年前、ワールドカップを観るために、ケーブルテレビをハイヴィジョン契約に変更して、7月初めの明け方、ドイツのゴールキーパー・カーン選手が吠えている時に、私の耳は猛烈な耳鳴りに襲われたことを思い出す。 午後、イトーヨーカドーが閉店してしまうので、日用品や衣類をまとめて買い物する。これでこの町からこうした日常生活に密着した店舗が一つもなくなる。遠くない将来に、伊勢丹も撤退するだろう。かくて、この町、建設中の背の高いビルばかりが目立つ。 6月26日(土) べーべーにて 夜、両国b.b.(ベーベー)で、喜多直毅(vn)さんとデュオで演奏。 アップライト・ピアノは調律されていて、その調律に助けられる。私はアップライトでも演奏するが、実際、グランドとアップライトでは、まったく別の楽器だ。と、近年、ますます思うようになった。だから、弾き方も変えている。 喜多さんはこのうえない旋律を奏で、そして、極上にうたう。あんな歌をうたえる人はそうはいない。どこまでも、間違いなく、ヴァイオリン奏者として凛と立っている。そして、なんとなく回帰している印象を受ける。 6月27日(日) カバレットへの一歩 午後、来月に予定されている『JAZZ ART せんがわ 2010』の決起集会なるものに出席する。企画・制作をされている巻上公一さん、藤原清登さん、坂本弘道さんのほか、高校生などのヴォランティア・スタッフなどが会場に。残念ながら参加ミュージシャンの参加は2〜3人といったところ。 今年は、仙川商店街の協力を得られて、道にはこのフェスの旗が飾られている。現在、大人気の『ゲゲゲ』(NHK朝の連続ドラマ/場所は調布市)の旗を取り除いて、とのことだ。三年目で、やっと町にも認められつつある感じらしい。 とはいえ、町に出没する“パレード”は、いわゆるチンドンとか音を鳴らしながら練り歩くといったものでは“ない”ものを、「なんだ、これは?」と思わせるものにしたい、とは巻上さんの言。この辺のはずし方、ひとひねりした戦略を考える巻上さんはさすがだ。 そのパレードのために作られていた、高校生たちが作ったすばらしい帽子の数々。こうした手作り感が、このフェスの良い持ち味のように感じる。 (帽子、及び新調されたジャズ屏風の映像は、巻上さんのwebで見ることができます。) 私は第一回はただの観客として即興演奏に参加して、巻上さんなどと演奏。第二回はカルメン・マキ(vo)さんのユニットのメンバーとして、キックバック・カフェで演奏。結局、毎年、仙川に行っていることになる。自分が12年間学校に通った町でもあるので、なんだか愛着も深い。 今年は三日間に渡って行われるうち、最初と最後のチケットは早々に売り切れたりもしているらしい。んでも、“太黒山”を含む、真ん中の日のチケットはまだあるらしいので、みなさん、足をお運びくださいませ。 夜は、下北沢・レディージェーンで、高瀬“まこりん”麻里子さんとデュオで演奏。彼女と共演するのは二回目だが、内容は前回のものを下敷きに、それをさらに広げた感じに。 後半、一回目の時にもやった寺山修司の話で、まこりんさんは前回は津軽弁で演じたが、今回は東南アジアの女性でやってみたいと言う。リハーサルはやっていないので、どんな感じになるのかしら?と思っていたが、本番では抱腹絶倒。 津軽弁にせよ、東南アジア女性にせよ、実はかなりきわどいかも。下手をすると、非常にイヤミになる。のが、全然そうならないのは、まこりんさんの声質であり、人柄だと思う。声が、内容や状況を救っている。 もともと劇団四季に所属していたというまこりんさんの歌手あるいは女優としての資質には、まだまだ魅力がたくさんあるように思う。風通しのよい関係を保ちながら、どこにも属さない、何か面白いことを大切に育ててみたいと思っている。 6月28日(月) 伝えたい音 夜、大泉学園・inFで、井上JUJU博之(as.ss)さんとデュオで演奏。井上さんと演奏するのは、ものすごく久しぶりだ。それでなくても、共演するのはおそらく3回目?inFでは、故井上敬三(as,cl)さんと三人で演奏して以来のことになる。 何も決めない即興演奏のほかに、それぞれが持ち寄った曲を演奏。といっても、ジャズ的なイディオムはあまりなく、即興演奏による方法をとっているけれど。 振り返れば、このお店で管楽器奏者と共演するのも、ものすごく久しぶりのことだ。サックス奏者となると、平野公崇さん以来かもしれない。 で、その頃の自分の感覚とくらべると、リハーサルをしながら、音あるいはその響きの感じ方が、やはりどうも変わっていることに気づく。 このお店は非常にデッドなスペースだが、それでも床に直接反射するソプラノ・サックスの音は、ピアノの響板や翼と共鳴して、美しい響きを奏でていた。というような感性が、自分に生まれていたので、ライヴの中でもいろいろ試みてみる。 終演後、井上さんとも話をしたが、彼が吹くアルトとソプラノは、音のリアリティやその質が大きく異なっていたように思う。音そのもの、あるいは音の響きが、音楽の内容やそれを聴いて受け止める身体に与える影響、そのことに思いをめぐらせる時間になった。 6月30日(水) PK戦 29日、日本時間23時にキックオフされた、サッカー・ワールドカップ、日本対パラグアイ戦。延長戦でも決着がつかず、じりじりとした気持ちでPK戦を観る。とても残念。涙。 このPK戦。高校の時、全校のハンドボール大会があって、私はPKをはずしたことがある。私はハンドボール部に所属していたから、当然期待されたわけで・・・。その時の苦い思いは、今でも忘れることができない。当時、元全日本の選手でもあったコーチからは、「入れる、べきなんじゃないの?」と言われた記憶がある。 |