10月 |
10月2日(月) 右目が真っ赤 右眼が真っ赤になって、罹り付けの眼科へ駆け込む。毎週、鍼百本に通うようになってから、どうも身体のあちこちが悲鳴をあげている。そもそも壊れた耳のために行き始めたのだけれど、いやはや、耳以外のところがどんどん壊れている。昨年レーザー治療した左眼もずっと痛い。正直、そんな自分の身体の声を聞くことに、だんだん疲れてきている。 にしても、「あなた、呼吸しているの、演奏している時だけでしょ」と鍼の先生から言われた私。確かに、もしかしたら生き生きとしているのは演奏している時だけだったかもしれないし、呼吸を意識しているのは眠る時だけだった。と思ったので、普段の生活の中で、少しずつ“呼吸”を心がけるようにしている。整体を施してもらっている人から教わった呼吸法は時々やってはいたのだけれど、もっと意識してみよう。 |
10月3日(火) トライ 4回目の鍼治療の後、TV・CMのレコーディング。鍼の後はいつもぐったりするので、今回はちょっとトライ。しかも、ブースに入って、ヘッドフォンをかぶらないと他人の音はまったく聴けない状態になるから、今の私の耳にとっては、このこともトライ。正直、いくつかの不安を抱えていたのだけれど、レコーディングはけっこうすみやかに終わり、無事仕事をすることができた。うれしい。少しずつ、少しずつ、トライしている感じだ。ちなみに、このCMはキリン・生茶の秋のタンゴ・ヴァージョン。作・編曲は金子飛鳥(vl)さん。 |
10月4日(水) いろいろ 大学時代の友人のお父様が突然亡くなり、お通夜へでかける。同じサークルに所属していた同輩や先輩たちに会う。去年、脳梗塞で倒れたという先輩の元気そうな姿を見て少し安心する。首に手術の傷跡が残っている友人もいる。ずいぶん太った人、痩せた人、いろいろ、だ。そして夢を語るよりも、身体のことや病気のことを話す時間が増えている。 なんにせよ、葬式の時にだけ会うのはなんとかやめたいものだ。んだから、毎年競馬ピクニックをやっているのだが。あるいは、演奏している所に来てくれる友人たちと会えるのは、とてもうれしい。明日のコンサートも中学・高校、大学時代の友人たちがけっこう応援に来てくれる予定だ。有り難い限り。 |
10月5日(木) 『耳を開く』コンサート 朝から雨。みのもんたよろしく「残念〜」と言いたい気分。耳が痛くならないこと、音の聞こえ方がヘンにならないことを、朝から祈る。 このコンサート『耳を開く コンサート・シリーズvol.1 〜最前線の室内楽〜』(at 大泉学園ゆめりあホール)は、今年、私自身が立ち上げた“ORT Music”の企画・制作によるものだ。実際、フライヤーを作ったり、チケットを売ったり、予約を受け付けたり、本番前の準備のあれやこれやの事務作業や雑事(銀行に行くだの、パンフレットを作るだの、楽屋のお菓子を買いに行くだの・・・云々)は思いのほか山のようにあり、こういうことは一人でやってはいけないと、つくづく思った。自分が本番で演奏しないならば、まだいい。が、自分も演奏する場合、本番直前まで、肝心の音楽のことに集中できないのは、やはりあまりよくないと思った。 入ってもたかだか170名ほどの小さなホールだから、なんとかなるだろうと思っていたのが甘かった。舞台監督をお願いした方、受付を始めとして裏の一切をお願いした方、このお二人の協力と、快く手伝ってくれた友人たちがいたからこそ成立したと思っている。彼らには感謝してもしきれない。 あと、ちょっと驚いたのはチケットの予約申し込みについてだった。電話は2通、ファックスは2通、葉書は1通、あとはすべてe-mailのやりとりだった。そういう世の中になっているのだとしみじみ思い知った。 でもって、会場へは午後12時半過ぎには到着。ミュージシャンの入り時間は午後3時にしたから、それまでにはだいぶ時間があるなと思っていたら、案外そうでもなく、ばたばたと慌しく過ごす。当然の如く、1時間半以上遅刻してきたミュージシャンもいたが、その頃は既に楽屋ではワインは1本空いていた。 コンサートの最後に合同演奏をしようという話はずっとしていたのだが、結局事前にリハーサルをすることができず、本番の日のリハでできる範囲のことをやることになっていた。ので、全員で直前に練習。サックスではなく、フルートやバスクラと弦楽器、ピアノで、入念にアレンジされた曲を書こうと思っていたのだけれど、果たせず。耳の病のことがあったから、今回は仕方なかったとはいえ、正直、悔いが残る。 本番は緑川英徳(as)、岡淳(ts,fl,しの笛)、竹内直(ts,fl,b-cl)、井上JUJU博之(bs,fl)の4人からなるグループ、サキソフォビアの演奏から。例によって、会場の後方扉から入場行進。メンバーの入れ替え不可、この4人でしかできない音楽を念頭に、考え抜かれたアレンジと定型的な方法で、若干のパフォーマンスをまじえながら、楽しい演奏を聞かせてくれた。いつもながら、きちっとしたアンサンブルは聴き応え充分だったと思う。 休憩をはさみ、後半は翠川敬基(cello)、太田惠資(vl)、私の、黒田京子トリオの演奏。サキソフォビアの演奏を聴いていて、急遽直前に曲順を変更し、最初はいきなり「二十億光年の孤独」から始めた。観客へのリップサービスなど考えていない?というか、サキソフォビアとのサウンドや音楽の質の違いを際立たせるには、この曲からでいいと判断。このあたりのことは、このコンサートが意図するところと関わりがある大切なところだ。 他には昨日できたばかりの「ホルトノキ」を演奏した。これは私がどうしてもやりたくて我儘を通させてもらった。会場にはこの“ホルトノキ”の命を守った、大好きな画家が来てくださっていたこともある。その人にどうしても届けたかった。 (参考:『洗面器』 2006年2月13日 いのちあるもの) この曲は無論譜面に書かれた部分は練習はしたが、事前のリハーサルでやったことはそれだけで、あとは何ひとつ決まっていない。この点において、私たちがとっている方法はサキソフォビアのそれとは大きく異なる。 「よくやるよなあ」と翠川さんには言われたが、振り返れば、このトリオ、CDのレコーディングの時だって半分以上は当日持ち込んだ曲だったではないのおおお。つまり、これまでの経験で、何故かこのトリオは初演がいい、という印象を持っていて、翠川、太田両氏とならば、絶対にうまくいく、という妙な確信があった。 サキソフォビアの音楽は基本的にはジャズをベースとしており、概ねベースラインあるいはパターンがあって、それに乗る形で自由なアドリブが披露、展開される方法をとっている。そういう意味では「どこが“最前線”なのだ?」と思う人もいるだろうと思う。ま、“最前線”はとりあえず人を呼ぶためのハッタリだと思ってくりゃんせ〜。というか、そう言うなら、今年、平野公崇(sax)さんがサックス3人で演奏したバッハの曲(ゴルトベルク変奏曲や無伴奏チェロ組曲など)の方が、私にはずっと先鋭的だったように感じられる。私がクラシック音楽をよく知らないだけかもしれないが。 また、私たちトリオがとっている方法が“最前線”か?と問われれば、その方法論において多少の自負はあるやもしれない。としても、とりたてて言うほどのことでもないだろう。即興演奏はバッハ以前からずっと行われてきたことだ。逆説的に言えば、こうした音楽を“最前線”の如く言わなければならないような音楽状況が問題だ、というような提言に近いかもしれない。なーんちゃって、格好つけちゃったりして。 最後は全員で演奏したが、今回はすべて生音で演奏したため、やはりサックスが鳴ってしまうと弦楽器、特にチェロは聞こえにくかったらしい。初めから予想はしていたことで、もともとは全員で演奏する時にはチェロとヴァイオリンはマイクで音を拾って、小さなスピーカーから出そうと話はしていたのだが、いさぎよくやめたのだった。それはいわば“室内楽”へのこだわりだったかもしれない。 でも、いずれのグループの演奏も生音で何の問題もなかったと聞いた。この規模の公共ホールとしては割合に良い方ではないかと、多くの方から言われた。まんず、よかったあ。 終演後はinFにてミュージシャン、スタッフと打ち上げ。すべてのみなさんに心から感謝。後日集計したところ、来場者数は招待客を含めて151名。けっこう激しい雨の中、足を運んでくださったお客様たちにも、心から御礼を申し上げます。ほんとうに、みなさん、ありがとう。 このコンサート・シリーズ、私がどこまで赤字を背負い切れるかという耐久力にもよりますが、できれば毎年、あるいは隔年、なんとか続けていきたいと思っています。面白いことを考えていきます。どうぞこれからも応援してやってくださいませ。うんむう、胸と背中がざっくりと開いた真っ赤なドレスでも着て、スポンサー探しでもしようかなあ。って、かえって、みんな遠ざかってしまうわね〜。 |
10月6日(金) アコーディオンの君 昨日のコンサートは、耳の病により、約三ヶ月間ほとんどの仕事をキャンセルしてお休みしていた私の、実質、復帰コンサートのような部分もあった。復帰後の最初の仕事がそれだったことになり、それにしては、正直、かなりハードな一日となった。耳も少々痛くなったが、それよりも首から肩がパンパンに張っていて、疲労困憊。ともあれ、そのハードなコンサートから、いきなり四連チャン、しかも最後は北海道だ。よくやるなあ、と自分で感心する。私しゃマゾか。 で、今日も雨。どうやらアコーディオンの君、すなわち佐藤芳明(accordion)さんは“雨男”らしい。今晩は彼と大塚・グレコでデュオで演奏。才能あふれる若者と演奏するのはすこぶる楽しいあるね。 |
10月8日(日)&9日(月) トライ、再び&不思議体験 東京は良いお天気。されど、北海道・函館は雨。しかも風も強く、台風並の勢力を持つ低気圧とかで、船はが転覆するわ、住民は避難するわ。耳の病になってから、初めての飛行機体験で、こちとら大いに不安を抱きながらのトライに、耳には最悪の低気圧が重なった。んで、やっぱり耳は痛くなった。ダブルパンチの気圧の変化が耳の状態を最低にする。うげえ〜っ。 そして会場ではPA(音響)。これもこの耳にとってはトライ。坂田明(as,cl)さんのユニットでの演奏で、吉野弘志(b)さん、コスマス・カピッツア(per)さんというメンバー。コスマスさんが持参したセットは縮小最低限のセット。それでもピアノは聞こえないということで、音は増幅される。という事態に、この耳はちょいと耐えられず。自身のモニターは勿論使わず。ほとんど生音の感じに仕上げてもらう。 このPAを伴わなければならない音楽状況に、耳がどれくらい対応できるかは、これから耳がどう落ち着き、自分(の脳味噌)がどう音を受け入れられるようになるか、によると思う。もしかしたら大音量の中ではもう生涯演奏できないかもしれない?あるいは耳栓をして演奏するか?ともあれしばらくの間は楽音の環境に慣れたりしながら、経過を見守るしかないだろう。 あとは関わっている時間、だ。リハーサルが始まったのは午後4時過ぎだっただろうか。リハが終わったのは5時45分頃で、主催者の方は6時開演だとおっしゃる。ありゃりゃ〜、扉を開けば、既に大勢の人たちが並んでいるではないの。えらいこっちゃ。それならそうと言ってちゃぶだい状態でありんす。当然、少し時間を押して演奏は始まったわけだけれど、長時間音楽に関わっていると、耳は明らかに疲れて、何故か首や肩がバリバリに凝り始めるから、あとはもう根性で演奏するしかない。約1時間2本勝負の本番。うーっし。 演奏会場は函館山の山頂。私の左手はガラス張りになっていて、宝石を散りばめたような素晴らしい夜景が見渡せる。演奏中、目はその風景の方に行っていたかもしれない。途中で花火があがっていたのも眺めてしまった。どうやら競馬場で花火の打ち上げがあったらしい。無論、演奏はちゃんとやっているっす。 終演後、たくさんの人たちとの打ち上げに参加。二次会は遠慮させて頂き、ホテルへ戻り、身体を休める。 翌日。 驚いた。耳の病に陥ってから、初めて9時間近く熟睡した。 飛行機、低気圧、PAなど、耳に負担が重い状況下での演奏後だったし、ホテルでは何かの低音のノイズが周期的に聞こえてきていたから、これはあまり眠れないかもしれないと思っていたのだけれど。こんなに眠れたことがとてもうれしい。 昨日とはうってかわって素晴らしいお天気。主催者の方たちが誘ってくださり、山を越えて温泉に行く。途中、駒ケ岳が美しく見える。でも気付いた。まっすぐの下りの坂道で、耳が痛む。そっか、一つ、学習した。今は少しでもその付き合い方を学んでいくことが肝心。 そして駒ケ岳山麓・東大沼にある流山温泉へ。ここは放浪の彫刻家として著名な流政之氏の彫刻公園もあり、温泉施設も流氏のプロデュースによるものだ。食事をした後、彫刻公園に行った人たちもいたが、私はなんたってなにはなくとも温泉。露天風呂からは駒ヶ岳が見え、とっても気持ちがいい。あっという間に1時間が経つ。 そして飛行機に乗る前の函館空港で、生まれて初めてとても不思議な体験をした。 不思議な力を持っている方がいらっしゃって、その方が私の身体に“気”というか“エネルギー”を送ってくださった。10分間くらい?だったろうか。私はその人に対して背中を向けていたので、その様子はよくわからないのだけれど、身体にはまったく手を触れず、おそらく手をかざしたりすることもなく。 私の両耳の付け根辺りがものすごくドクンドクンと脈打っている。ガス室に入っても、整体をしても、鍼を打っても、感じたことがない、何か“波動”のようなものが確かに感じられる。と思っていたら、今度は首の辺りにやってきて、私の身体は自然に前後に揺れ始めた。のに、自分でとても驚く。「あと1分」と言われた頃がピークだった気がする。 び、び、びっくりした。某ヴァイオリニストのように霊の研究などをしている私ではないし、なんと説明したらいいかよくわからないのだけれど。“超能力”とでも言おうか。でもって、首から上がとても軽くなっている。なんだか気持ちいい。ので、また驚いた。 聞けば、昨日リハーサルをしている時、その方は“遠隔”で私にエネルギーを送ってくださっていたらしい。そう思うと、この耳にとって最悪の状況下で、あのように演奏できたのはそのおかげかもしれない。というより、なによりぐっすり眠れたのは、その余波のようなものだったとしか思いようがない。多分その方のエネルギーと私の波長がうまく合ったのだろうと想像する。うんむ・・・なんだかさっぱりよくわからないが、ともあれ、心から感謝。 んだども、飛行機が着陸態勢に入って下降し始めると、やはりどうしても耳は痛くなる。羽田空港に着くと耳は痛く、うーん、残念。さわやかな気分になった函館空港に時間を戻したくなった。 人生、生きていれば、面白いことがいろいろある。知らないことや未知の世界がまだまだいっぱいある。 そんな風に思えるようになっただけでも、少しは鬱状態から脱し始めているかもしれない、と勝手に解釈することにする。気分転換にもなった、いい旅だった。 |
10月10日(火) これじゃあまるで 鍼治療の5回目。お灸というものは実に熱い。アッチッチ、熱い、熱過ぎるぞーーーっ。で、火傷の跡が乙女の肌に残る。今日は首の骨もボキボキッ。おりゃあああ。 その後、約一年ぶりに眼科で眼底検査へ。今のところ網膜に穴は開いていないとのことで、それを聞いただけでもちょっと安心する。眼科ではひどく待たされたこともあるが、瞳を開くので世の中のすべてがしばらくの間ぼわっと見えるから、基本的に何もできない状態になってしまう。 かくして、これだけで一日が終わってしまう。これじゃあ、まるで病院通いが趣味のような病人ではないか。 |
10月11日(水) 操体法の試み 知人から『緑のセルフ・ケア 実践快療法と穀物菜食レシピ集』(橋本俊彦・雅子 著/博進堂)という本が送られてきた。言葉遣いもやさしく、書かれていた“操体法”というのをやってみる。簡単に言えば、呼吸とストレッチ、なのだが、これが気持ちいい。ちょっと風邪をひいて薬を飲んでいるせいもあると思うが、何故か眠くなるので、そのまま身体の欲求に逆らわず、少しの間眠ることにした。この感覚は整体をやってもらった時、特に頭蓋骨をあれこれされた時にとても眠くなる感覚と似ている。うーん、私にはやっぱり鍼より整体の方が合っているかも〜。 この操体法を約20分。爪もみ、随時。あと、可能なら散歩。これをできるだけ日々の生活に取り入れるようにすることに決めた。ちなみに、爪もみの中指は耳鳴りや難聴に効くらしい。してみると、整体師さんが言っていたように、私の耳の病はずっと調子がおかしかった右手中指から来ているのかもしれない。まったく人間の身体というものは不思議だらけだ。 |
10月13日(金) 忙し過ぎる大学病院 午後、定期検診で某大学病院へ。ものすごく忙しかった日のようで、先生は人の言うことを聞く耳を持たず、他者を受け入れる余裕がまったくない。人にしゃべらせまいと、自分からせっせと話す。同情もしなくはないが、正直、腹も立つ。というより、患者の精神にはすこぶるよろしくない対応かと。 というようなことを気にするのをやめて、夜は久しぶりに金丸正城(vo)さんと演奏。今夏は仕事をずいぶんキャンセルしてしまい、たいへんご迷惑をかけた。現在、いわゆる4ビート、またスタンダード・ジャズと呼ばれるものを演奏する機会は、何故かこの金丸さんとごいっしょする時だけになってしまっている私だが、いっしょに演奏できて楽しく、そしてうれしい。 |
10月14日(土) ヴァイオリンの君 今晩は下北沢・レディージェンで、やはり才能あふれる若者、喜多直毅(vl)さんと演奏。生音、しかも弱音器をほとんど付けたままだったらしいが、それでもヴァイオリンは充分に鳴っている。楽器も彼も成長した証だろうか。なんだかわからないが、どうも彼のことが自分の弟のように感じられて仕方ない私だ。どんどん大きくなあれ〜。 |
10月17日(火) 二台のピアノ 鍼治療に行ったら、ものすごい悲鳴が聞こえた。らば、それは某ピアニスト氏だった。そして、爽快感そのものという感じで、まるでお風呂上りのように実にさっぱりとした顔をされて笑っておられた。いいなあ、いつになったら、そんな風に笑えるのだろう・・・。 耳の付け根も含めて、今日は初めて六ヶ所に置き鍼をされ、夜は20日(金)のコンサートのためのリハーサルへ。フルコンのピアノが二台。さすがによく響いている。思わず耳栓をする。来ていたのは千野秀一(p)さんと新井陽子(p)さんのみ。 で、勝手気ままに演奏。千野さんとデュオをしたり。最初のデュオで、千野さん、涎をたらす。次のデュオでは声も出して応戦。なんだか楽しかった。 というか、やはり楽器は人を、そして音楽を育てる。ううう、欲しいなあ、いい楽器。願わくば、フルコン。うーっし、宝くじを当てるのだっ。あるいは、誰か、ハイ、って二千万円くらいくれないだろうか、って、んなわけがない。 |
10月18日(水) ぶー おそらく2年ぶりにくらいに、井野信義(b)さんとデュオで演奏。このデュオは横浜・ドルフィーのマスターがずっと応援し続けてくれている組み合わせだ。なんというか、やっぱりぶーさんは大きい。ちなみに、来年からは少し定期的にやっていこうかと話したので、みなさん、応援に来てくださーい。 |
10月19日(木) デュオとは 今年ORT Musicで企画制作している『くりくら音楽会』の第二回目。出演者は、中村真(p)さん&中村新太郎(b)さんのデュオ、田中信正(p)さん&神田佳子(per)さんのデュオ。 中村ペアはジャズのスタンダード・ナンバーを演奏。全体にベーシストがピアニストに合わせている感じを抱いた。スタンダード・ジャズを普通に演奏しない、ということが何なのだろう?また、曲順も決めてはいなかったらしいが、それは別に特別なことでもないだろう。正直、ちょっと勘違いしているような印象を受けた。もっともこれは中村君と私の音楽観の相違によるものだと思うが。とにかく、彼には音あるいはサウンドへの強靭なイメージがあって、それが指のタッチや奏法に収斂されている。その個への執着はかなり頑固だと見た。 田中&神田ペアは実に個性的な、このデュオでなければできない音楽をきちんと表現していたと思う。田中君の工夫を凝らした編曲、神田さんのユーモアも感じさせる作曲、いずれも秀逸。以前、現代音楽のコンサートで、神田さんが作曲したものを聴いた時もそう思ったが、彼女の作曲はとってもいい。開かれている感じがして、好きだなあ。そしてなによりも、彼らの演奏は聴いていてとても楽しかった。客席の一番後ろから見ていると、お客様たちもそう感じているのが手にとるようにわかり、そのことがまた面白かった。 かくて、前半と後半の雰囲気は全然異なり、今晩もまたいいコンサートになったと思う。うーん、正直、もっとお客様に来ていただきたかった。大赤字だ〜。企画制作した側の宣伝力などにも問題はあると思っているが、演奏する人たちが集客について我関せず的態度でいるのも問題だろうと思う。無論、お客様をたくさん呼んでくれたミュージシャンには心から感謝。 あと面白かったのは、やはりピアニストの音、質、の違いがよくわかったことだった。この企画、やるより、客観的に見ていた方が楽しいなあ〜。 今回の二人のピアニストの演奏姿はとても対照的だった。 中村君は時折身体を右にねじり(客席に向き)、右足を上げながら、その目は斜め45度の空中を泳いでいたりする。彼の音は共演者へも聴衆へも向いていない。また、そんな彼が何故背もたれ付きの椅子を選択するかがよくわかった。彼はすべてが自分の思い通りにならないとだめなんだろうと思う。ちょっとの体重移動などではテコでも動かない四角い椅子は、今の彼には要らないのだろう。そして概ねピアノと身体の位置は離れた感じで保たれている。 それに対して、田中君は全体にかなり猫背だ。共演者の神田さんに対して、闘いを挑んでいるような、戦闘態勢的猫的雰囲気。でも二人は敵同士ではないから、時折目を合わせて笑いを交わし、呼吸を聞き合い、二人が楽しんでいる様子がこちらにも直接伝わってくる。それは予定調和的な何かの試合を見ているようでもあった。ともあれ、つまり田中君の場合、ピアノと自分との距離がとても近い。 このピアノと身体の距離。これだけでピアノの音の立ち上がりや音色などなど、いろんなことが全然違ってくることが、実によくわかった。音をどこへ放とうとしているか、椅子に座ったピアニストの姿勢は、その音の在り様やベクトルまで決定してしまう。 さらに、ちょっとだけ長生きしているということで許してもらえば、中村君は足、田中君はその姿勢、がちょっと問題かなあと感じた。というより、二人ともとてもすばらしいゆえ、もったいないという気持ち。 以前、中村君のソロを聴いた時も感じたことだが、足を浮かせてペダルを踏み込むのは、どうも私には理解できない。ペダルの操作に繊細さを欠くのは、どうなんだろう。単純に足の音がうるさく聞こえる時もある。あと、曲の終わり方がたいてい同じなのも気になった。 田中君とは7月にデュオで演奏する機会を得て、その時にも話をした気がするが、前述の通り、彼は弾いている時かなり猫背になる。これがとってももったいない、と私には思えてならない。背も高いし、手も大きい。自分の身体、腕や手の力をもっとも有効的かつ自然に指へ伝えることができたら、音はもっと違ってくるように思うのだ。そうすれば、音符が並んだキメ事や駆け引きの楽しさを満喫する以外に、多彩な音色を出す神田さんの演奏に対して、もっと細かでダイナミズムのある豊かな対応ができるようになる気がする。 とはいえ、例えばビル・エヴァンスの映像を見ると、完璧に猫背だ。それで、あの音が出ているのだから、一概には言えない、なかなか難しい問題だとは思う。実は、この猫背になる姿勢については、私自身が以前注意を受けたことだ。自分の気持ちが入ると、どうしても身体がピアノに近付いてしまう。ところが音はその感情移入と反比例するかのように外へ伝わってはいなかったのだ。 などということも考えてしまった。人はいろいろ、だから面白い。ということが、こういうコンサートをやると実感できる。みなさんも体験に来てくださーい。面白いっすよお。 |
10月20日(金) ピアノ舞踏会 千野秀一(p)さんが企画した、8人のピアニストによる即興ピアノデュオの一夜。他には、パク・チャンスさん、三宅榛名さん、藤井郷子さん、河合拓始さん、新井陽子さん、神田晋一郎さん、千野さん、私、で8人となる。ふえ〜っ、昨晩以上にあまりにいろいろ、だ。 ピアノは下手にスタインウェイ、上手にヤマハ。いずれもフルコンで、両方とも翼ははずしてあり、いずれの演奏者も客席に対してほとんど背中を見せているようなセッティング。つまり、でっかいピアノが八の字を描いているような感じ。 演奏者は舞台袖で待機していてもいいし、他の人の演奏を客席で聴いて、そのまま客席から出てきてもいいし。といったラフな感じ。 「ピアノ舞踏会」と題されたコンサートで、んだから、タキシードとドレスと指定しようかとも思っていた、とは千野さん。そうはならなかったが、んならば、せめて腕を組んで舞台にあがろうという千野さんの提案で、私は千野さんと腕を組ませられて、否、自ら進んで腕を組んで登場。 プログラムはすべて千野さんが考え抜かれた末のもので、最初は“8人の食卓”ということで、全員で二台のピアノを囲んで演奏。のっけから、みんなピアノの内部を容赦なくはじいたり叩いたり。 そしてデュオの最初は、パクさんと私だった。リハーサルを聞いていて、パクさんのタッチがものすごく強いので、耳はつらいし、この人と演奏したら私なんぞはひとたまりもないなあ、と思っていたら、あらら〜。やらなきゃ女がすたる。って、パクさんはすべての指にテーピングしているではないの。すぐに血が出るかららしい。いや〜ん。 それから、千野さん&新井さん、河合さん&藤井さん、神田さん&三宅さん、と演奏。藤井さんは内部奏法をかなりやっていて、弦に直接ガムテープを貼ったり、棒やガラスのコップを使ったり、音響的な試みをしていた。 これらのデュオ演奏の後は、男性4人だけの演奏。両手とも1本の指しか使わない、という制限の元でインプロが展開される。が、途中でこらえきれない人もいたようで、最後は1本ってなわけにはいっていない演奏に、全員がなっていた。なんだか演奏者全員のどうしようもない生理的なサガのようなものを感じた。 今度は女性4人だけの演奏。「それぞれ勝手に歌いましょうか」といったようなことだけを舞台袖でひそひそと言っていたような。さらに、「男たちは指1本で戦っていました。どうして男は戦いたがるのでしょうか?」などと客席に向かって言った人がいた。って、私、か。 即興演奏の流れの中で、その流れに無関係に、明らかにあらかじめの意図を持った“構成”を持ち込もうとすると、全体の演奏は不自然にぎくしゃくする。その人の意思だけが露出し、音楽の豊かさとは別のものが立ち現れてくる。そんな時、他の3人は無視した。なんていう場面もあったような、なかったような。 そして再びデュオ。神田&千野、藤井&新井、三宅&私、パク&河合、という風に、女性は女性同士、男性は男性同士のペア。ロビーにて、それまでの音楽の内容や展開を踏まえつつ、「短く、4つ、最後は速く」ということだけをあらかじめ決めて、榛名さんと私は演奏。 最後は再び全員で“8人の食後”。なにせ休憩はナシで、既に2時間余りが経過している。私は既に満腹状態。という態度を示す如く、早々に舞台袖に引っ込んでしまった。どうやら榛名さんもそんな気分だったらしい。 千野さんとパクさんが一台のピアノで連弾をし始め、だんだんみんなピアノから離れていく。すると、藤井さんがなにやらヒステリックに二人に対してわめいている。その声がやむと音楽は変わったが、二人は演奏をやめることはない。なんだか母親の言うことなんかまったく聞かないやんちゃな兄弟といった趣だ。かくの如く、このコンサート、男女それぞれ4人ずつ、というのが、いろんな意味で面白い場面を作っていたような気がする。 終演後、舞台裏が騒がしい。私はちょうど用を足していてその場に居合わせなかったのだが、最後のデュオの演奏で、どうやらピアノを足で蹴って弾いたり、蓋が全部開いたピアノの弦の上に身体を乗せた人がいたらしい。さらに、ガラスのコップが割れて、ピアノの中に散乱してしまっているとか。・・・・・・。に、に、二度と使わせてもらえない?・・・だろうなあ。 これだけ内部奏法を許す会場もないとも思ったが、ピアノには乗らないという約束だけは事前にされていたらしい。過去、そういうことがあってあらかじめ注意を受けていたと聞いている。そういうこととは、かつて千野さんたちが非公開で練習した時に起きた事件で、小屋の人はちゃんと監視カメラでその様子を見ていたらしい。 な、な、なんにせよ、こんなコンサートはそうめったにあるもんじゃないだろう。貴重な体験だったと思う。声をかけてくださった千野さんに心から感謝。千野さんとは以前デュオで演奏したことがあるのだけれど、なんとなく少し心が通じ合ったような気がしたのが、私は勝手にちょっとうれしい。 |
10月26日(木) 中村君からの抗議 先週19日(木)に行われた『くりくら音楽会』の感想を書いた私の文章に対して、当日の出演者の一人、中村真さんから抗議のメールが届きました。また、彼自身がそのブログでこのことを書いています。 中村真さんのブログ 10月24日付け http://makoppo081.blog52.fc2.com/blog-entry-68.html 10月25日付け http://makoppo081.blog52.fc2.com/blog-entry-69.html まず最初に。私の文章を読まれた中村さんが非常に不愉快に思われたとのこと。このことについて、私は心からあやまります。 さらに、中村さん自身が書かれているように、文章中に実名を出したこと、さらに、webという公開されている場に書く以前に、直接本人に言ったり、話をしなかったこと、についても、深くお詫びいたします。 今回の『くりくら音楽会』の主旨を踏まえれば、私は中村(p)さんや田中(p)さん、共演者である中村(b)さん、神田(per)さんと、終演後にいろんなことを話せばよかったわけで、この点については本当に反省しています。 こうしたことをふまえ、記述を削除することを考えたのですが、上記のように中村さんはご自身のブログにしっかり意思表明をされていますし、互いに確認した結果、私の方もこのままにしておきます。 最後にひとことだけ。この『くりくら音楽会』。演奏していただくピアニストのみなさんに対して、何の愛情もなく、敬意を抱くことがなければ、そもそもこの企画そのものに出演をお誘いするようなことはない、というのが大前提です。また、愛がなければ、無視するだけのことで、わざわざ時間を割いて文章など書きません。 それから、あ、ふたことになってしまいますが、今後、私は自分が企画制作する音楽会やコンサートなどについては、その主旨などを明確にお伝えすることにはつとめますが、終わった後に感想などを書くことはできるだけ控えることにします。というより、ほとんどやめようと思っています。 そういう意味では、今年初めてこうしてコンサートを企画制作した自分の立場というものを、ほかならぬ私自身がわきまえていなかったという風にも思っています。 とにかく、いろんな考えを持った、いろんなピアニスト、そして音楽家がいます。そのとっても面白いところを、この音楽会では多くのみなさんに聴いていただければと思っています。また、この音楽会の二回目でこのようなことが起きてしまいましたが、この企画は肝心のピアニストをはじめ、ミュージシャンのみなさんの信頼とご協力がなければ到底続けていくことはできません。様々な反省を踏まえ、今後も活動して行こうと考えていますので、聴衆のみなさん、ミュージシャンのみなさん、これからもどうぞよろしくお願いいたします。 追記 中村さんがさらにご自身のブログに文章をアップされています。 10月26日付け http://makoppo081.blog52.fc2.com/blog-entry-70.html ひとことだけ。 「彼女の本意が僕をおとしめることに無いことを信じたい。 」 断じて、そのようなことはありません。 ともあれ、途中、多少e-mailのやりとりなどはあるかもしれませんが、いずれ中村さんと向き合って、きちんと話をしたいと思っています。 |
10月28日(土) 阿佐ヶ谷 “阿佐ヶ谷ジャズストリート”という催しに初めて参加する。横浜ジャズプロムナードのように、二日間に渡って、ホール・コンサート、ライヴハウス、ストリートなど、たくさんの会場でジャズが演奏されている。アーケードになっている商店街も含め、町中からジャズが聞こえている感じ。横浜の場合はその範囲がかなり広いけれど、阿佐ヶ谷だとほんとに歩ける感じ。 私は早坂紗知(as,ss)さんのユニットで、“みや野”というお店で演奏。旧い民家の二階で、15人も入ればいっぱいの所だった。これがなかなかの風情。普段はおまかせコース料理しかやっていないということだったが、かなりこだわりのある、かつ温かい雰囲気の店主さんの人柄で、人が密かに集まって来るのだろうなと思う。 阿佐ヶ谷にはまだ商店街があり、並木の両側の店舗の景観もそんなに悪くない。少なくとも私が住んでいる街よりは、ずっと人が生きている感じがする。私の住む街のけやき並木の両側にはおおむね高層ビルが建ってしまって、下品なネオンが夜な夜なまたたいている。おまけに、今月、温泉までできた。この利用料金がバカ高いと大不評を買っていて、事実閑散としているらしい。宣伝の仕方もひどい。みんな、すぐにつぶれる、と言っている。こういうことを許可する市もいかがなものかと思う。美しい並木を中心に、何故もっと良い町づくりができなかったのかと、つくづく思う。 演奏の方は、非常に狭い所だったこともあり、すべて生音で。しかしながら、あまりに狭いので、最初から最後まで初めて耳栓をして演奏。初期の頃に比べれば明らかに軽減されてきているけれど、やっぱり音が大きく聞こえているのだろうと思う。やれやれ〜。 |
10月31日(火) 中村君の考え この日々雑感を綴った10月26日付けの文章「中村君からの抗議」の続きです。 中村さんはご自身のブログから、上記日付にアップされていた文章をすべて削除されましたので、おしらせいたします。 10月27日付け http://makoppo081.blog52.fc2.com/blog-entry-71.html 私の文章もどうしたものかと思いましたが、事の発端がわからなくなるので、とにかく中村さんと会って話しをするまで、私の方はこのままにしておこうと思います。 今回のこの件について、思うところ、考えるところ、反省するところなどなど、多々あります。そして、中村さんのそのお名前通り、当初の憤りも含め、真っ直ぐな気持ちに、私は少なからず心を動かされました。それゆえ、ますますちゃんと会って話をしなくちゃな、って思っています。他人からはよく真面目過ぎると怒られる私ですが、人と人とのつながりはやっぱり大切にしたいと思います。 |