経済覇権のゆくえ 米中伯仲時代と日本の針路 飯田敬輔著
アメリカの経済覇権が衰退するなか、いずれは中国がアメリカに追いつき追い越し、やがては経済覇権をにぎるのではないかという可能性もささやかれるようになってきたが、中国が急速にアメリカを引き離すとは考えにくい。またそのような将来の構図の中で、我が国は非常にデリケートな選択を迫られる。
米国国家情報会議(NIC National Intelligence Council)が2012年12月に発表した報告書では、中国の政治経済の総合力がアメリカを追い越すのは、2030年であるとされている。しかしこれはGDP、人口、軍事費、技術投資だけを勘案した旧モデルによる予測で、さらに「健康」「教育」「統治」という、いずれも中国が劣っていると思われる側面を考慮した新モデルでは、米中逆転は2040年まで遅れるとされている。いずれにしても、アメリカ政府が米中逆転を認めた点では非常に興味深い。
中国がアメリカを追い抜いたとしても、アメリカやその他の国をどのくらい引き離せるかである。すなわち、アメリカに代わって経済覇権を握ることができるか否かである。2011年の中国の人口は13億5000万人、アメリカは3億人であるから中国の人口はアメリカの約4倍である。この比率が当分変わらないとすると、アメリカと中国のGDPが拮抗した時に、中国の一人当たりGDPはアメリカの1/4ということになる。現在はその半分以下である。つまり1/8から1/4になるのに約20年を要することになる。仮にアメリカの一人当たりのGDPの半分に達するのに、さらに20年を要したとして2050年ごろとなる。このとき、中国のGDPはアメリカのGDPの約2倍になるから、中国が覇権を確実に握ると見られる。しかし、そのころ中国は急速な人口減少社会に入っている。特に労働人口は早くも2016年をピークに減少し始める。人口減少社会に入れば、中国も経済停滞の問題を抱えるようになろう。つまり、2030年までに中国のアメリカへのキャッチアップが実現する可能性は高い一方、2050年までに中国のGDPがアメリカの2倍まで引き離す可能性はきわめて低い。
最近になって、アメリカの経済覇権が部分的に復活するシナリオも現実味を帯びてきた。その大きな要因はシェール革命である。天然ガスの生産では2009年にロシアを抜いて、世界最大の生産国になった。また原油生産でも、2017年にはサウジアラビアを追い抜いて世界最大になると見られている。このようにシェ―ルガス、シェールオイルの生産が爆発的に増加して、アメリカ経済ひいては世界経済にさまざまな影響を与えつつある現象がシェール革命である。シェ―ルガス、シェールオイルが存在するのはアメリカだけではない。中国が最大の埋蔵量を誇るという。またアルゼンチン・メキシコ・南アフリカ・カナダ・オーストラリアなども大量に埋蔵されているといわれ、今後の開発が期待されている。これらが本格的に採掘されるようになれば、世界は天然ガス、原油について当分困ることはなくなる。それとともに地政学的な力の配置にも大きな影響があるだろう。アメリカに次いでシュール革命に成功するのはどの国になるか。それにより今後の帰趨が大きく左右されるであろう。
今後の米中の勢力構図は、中期的(あと10年〜15年以内)には中国が経済規模でアメリカを追い越すとしても、それ以後、大きくアメリカを引き離すことはなく、勢力伯仲の時代が長期間にわたって続く、というのが最もあり得るシナリオである。アメリカの覇権衰退に伴い、世界は「地域化」し、日本はアメリカ中心の「地域」と中国中心の「地域」の板挟みになり、難しい舵取りを迫られる。アメリカ衰退と中国台頭の両方をソフト・ランディングさせ、同時に、いかに日本の存在感を維持するかが鍵になる。存在感の維持という意味では、安定的かつ確実な成長継続がキー・ポイントだと考える。
@より高い成長を目指せ
ともかく、最低でも他の先進国並みの成長率を維持していくことを、国家を挙げての目標とすべきであろう。
A貿易自由化の旗手となれ
高成長地域ののダイナニズムを我が国の活力にするには、そうした地域に投資し、貿易を行い、その恩恵にあずかるしかない。もちろん、TPPにせよ、その他のFTAにせよ、一筋縄ではいかないだろう。しかし大変だからといって、それに挑戦しないのは困りものである。これにより貿易・投資・物流・情報などあらゆる面で世界のハブになることが、日本の存在感を高める最も近道である。
B科学・技術の高度化に邁進せよ
資源の乏しい我が国にとって、なんといっても稼ぎ頭となり得るのは、高度な科学と技術に基づく製品開発(サービスを含めて)であることはいうまでもない。今後も科学・技術の高度化に国を挙げて取り組むべきである。
Cガラパゴス化を避けよ
日本人あるいは日本の企業が競争するのは日本国内だけでは不十分である。そのためにはどんどん外に出て行き、真の競争とはどのようなものであるか身をもって体得する必要がある。「一国平和主義」から「競争国家」への変身が我が国に課せられた最大の宿題である。
米中伯仲時代に国益を確保していくには、非常に巧妙な立ち居振る舞いや微妙なバランス感覚が必要とされるであろう。そのようなバランス感覚に富んだ経済外交を、果たして我が国が展開できるかどうか。これからが、日本の経済外交の真価が問われるときであろう。