経世済民
「経済戦略会議」の一八〇日 竹中平蔵著本のタイトルの「経世済民」は広辞苑によると“世の中を治め、人民の苦しみを救うこと”となっており「経済戦略会議」が混迷している日本の経済を立て直す切り札として登場した。小渕内閣の発足から間もない一九九八年八月二四日、第一回の「経済戦略会議」が開かれた。「経済戦略会議」は小渕首相の経済政策の諮問機関である。一〇月には短期の経済対策を提言し、一二月には中間報告、そして一九九九年二月二六日にようやく最終報告の作成を終わり、提言を小渕総理に手渡して経済戦略会議は実質的な活動を終了した。
メンバーは、まず財界からはアサヒビール名誉会長の樋口廣太郎議長のほか、JR西日本の井出正敏会長、トヨタ自動車の奥田碩社長、イトーヨーカ堂の鈴木敏文社長、アートコーポレーションの寺田千代乃社長、そして森ビルの森稔社長という六人である。そして学会からは、一橋大学の中谷巌教授、東京大学の伊藤元教授、同じく竹内佐和子助教授、慶応大学の竹中平蔵教授の四人である。
短期経済対策への緊急提言
金融システム安定化のための大規模な公的資金投入
真水一〇兆円規模追加経済対策
短期経済対策に当たっては長期政策と矛盾しない形で行うこと
財政に責任を持てるように中期財政見通しを作成すること
政府は一九九八年一〇月に金融システム安定化のために六〇兆円の公的資金投入を決めた。
最終報告「日本経済再生への戦略」
経済回復のシナリオ
「再生シナリオ」
日本の潜在成長力は、いまでも2%程度は十分にあると考えられる。各種の構造改革が順調に進められた場合、一九九八年は2.2%のマイナス成長、一九九九年は僅かなプラス成長、それを受けて二〇〇〇年はさらに堅調な経済、二〇〇一年に2%をやや上回る経済成長になる、という姿が想定される。まず一九九九年〜二〇〇〇年にバブル経済の集中清算を終え、二〇〇一年に潜在成長力2%への復帰を果たす。二〇〇一年〜二〇〇二年は、これを受けて経済健全化を目指す。そのうえで二〇〇三年以降、財政再建を含む本格的再生を果たす。
「停滞シナリオ」
当面の景気対策を行うだけで構造改革がなされなかった場合、経済の十分な回復は期待できない。二〇〇三年までの平均成長率1%を下回ることが見込まれる。このシナリオでは、日本経済は長期的に低迷し、一時的に景気が上向いてもかならず腰折れしてしまう。ちょうどバブル崩壊以来一九九七年まで、七〇兆円もの経済対策を行ったにもかかわらず、経済の本格的な回復はみられなっかたのと同様である。
「危機シナリオ」
消費と投資の低迷から経済はいっそう悪化し、デフレが深刻化するデフレ・スパイラルの発生。
二〇〇一年直前に「本格的金融危機」が発生するというシナリオ。政府は二〇〇一年の四月から「ペイオフ」を開始することを宣言している。要するに、銀行が破綻した場合も、預金者の預金は預金保険の範囲内(一〇〇〇万円の予定)で補償されるのみで全額守られることはなくなるのだ。預金者の自己責任が問われれば当然預金者の銀行選別は強まる。その時点で不安定な経営内容の銀行が市場に存在したならば、すざまじい勢いで預金の預け替えが生じ、本当の金融危機が発生する。
海外経済の極端な悪化である。特に、これまで世界経済の牽引力であったアメリカ経済の動向は大きな意味を持つ。高すぎる株価、過度の借入れに依存した消費など、アメリカ経済の不安材料は大きい。中国などのアジア経済の動向、ユーロ誕生による為替市場の動きなどにも注目する必要がある。
二〇〇〇年問題である。「埋め込みチップ」の問題は、場合によっては大きな問題になりうる。
「競争社会だからこそセイフティ・ネット」
健全な競争社会を創るに当たって留意すべき一つの重要な点は、競争の裏側で、人々の安心の拠り所をいかに確立するかということだ。サーカスの綱渡りの下に用意されたネットをもじって、こうした制度を「セイフティ・ネット」と称する。セイフティ・ネットの中で最も注目したいのが、「人間の能力を高める」という視点である。個人にとって、自分が高い能力を持つこと、市場で評価される人材になることが、最大のセイフティ・ネット(安心の拠り所)と言えよう。一方、日本経済の活性化そのものを考えても、人的資源の水準を高め、これを活用するシステムを作ることは究極のシナリオと言える。経済活動の成果は、結局のところわれわれが市場で評価される価値をいかに生み出せるか、ひいては人々がどれだけ価値を生み出せるかにかかっている。