IT革命
−ネット社会のゆくえ− 西垣 通著 IT革命とは、生産効率向上の話だけではない。IT革命においてさらに大切なのは、われわれ一般人の生活が抜本的に変わることだ。IT革命によって、人間と人間を結ぶコミュニケーションの様式が変わっていく。これとともに、従来われわれのいきがいを支えてきた価値観もかわらざるをえない。IT革命とは、すくなくとも21世紀前半の30〜50年にわたる、長期的な文明史的事件なのである。 IT革命の原動力になる技術は、マイクロプロセッサーとインターネットである。IT革命後のネット社会では、一部のプロのみでなくわれわれ一般人が情報を持つこと(情報を蓄え、編集し、交信しあうこと)が可能になるのである。20世紀後半に圧倒的な社会的影響力を誇ったテレビ放送にかわる情報発信元が、一般の人々のあいだに生まれることなのである。情報を持つとは「力」つまり権力を握ることだ。大組織に対抗して個人が自由に意見を言うこともできる。ネット社会でこそ、真の民主主義が実現されるという声もある。 だがその一方で、工業社会において人々を結び付けていた家族・市町村・企業・国家といった従来の共同体も徐々に崩壊の危険にさらされる。われわれの行動を律しているモラルや価値観もゆらいでいく。 |
いま何が起きているか
BSデジタル放送
2000年12月始まったBS(放送衛星)デジタル放送は、テレビのデジタル化の第一歩である。総務省(旧郵政省)は、BSデジタル放送の契約が2003年までに1000万世帯を超えることを期待している。続いて地上波テレビ放送も、2003年から2010年までに順次デジタル化されていく予定だ。2011年までに、今の地上波のアナログ放送を完全に停止する。現在のBSデジタル放送の目玉は、高画質とデータ放送の二つである。走査線の数を倍増することで、はるかに画質のよいハイビジョン放送を楽しめる。だが、インターネットとの関連で注目されるのはむしろデータ放送だ。そのなかには視聴者が放送局と対話できる一種の双方向機能が含まれており、「放送と通信の融合」の萌芽と言ってよいかもしれない。視聴者から放送局への送信は、テレビ受像機に結ばれた電話線で行われる。問題は視聴者が負担する受像機、アンテナ、チューナー、回線料といったコストだ。
ラスト・ワンマイル問題
各家庭にいかにしてブロードバンド(広帯域)の高速通信回線を引き込むか、という問題のことだ。これは、政府の「超高速インターネット網の整備」に対応している。現在、各家庭に引き込まれている音声用の電話線では、インターネットでマルチメディア情報(動画、映像、音楽など)をやりとりするには伝送能力が低すぎ、ネット社会のインフラにはなりえない。すでに基幹線の部分には高速の光ファイバー線が全国に張り巡らされているが、そこから各家庭に到る末端のたかが数キロが大きな障害になっているのだ。政府も全国の光ファイバー網整備を2005年までの達成目標としているのだが、膨大な費用を誰がどう負担するかが難問なのだ。
メディア・ビッグバンで変わる
光ファイバーを映像が流れる
IT革命の中核は放送と通信とが融合するメディア・ビッグバンである。メディア・ビッグバンが来れば、テレビ放送・ラジオ放送・ビデオ映画・電子新聞・オンライン雑誌・電子書籍などのマスメディア情報が、電子メールや電話といった私的情報と高速ネットワーク上で混在するようになる。さらに仕事に関する公的情報も統合されるようになる。われわれの意識や生活に最も影響力をもつのは、テレビを筆頭とするマスメディア情報である。これまで一般人には手の届かなかった「放送」が、一般の個人同士を結ぶ「通信」と重なるとき、一般大衆の意識や消費行動は地響きをたてて変わっていくと考えなくてはならない。
ホームエレクトロニクス
テレビや電話はもとより、冷蔵庫・洗濯機・炊飯器・エアコン・ビデオ・コンポ・デジカメ・電子レンジ・照明・バスルーム・トイレなど、あらゆる家電や住宅設備がデジタル化され、インターネット機器となる。家の戸口までは、光ファイバーに加え衛星電波と地上波、家のなかは、有線(IEEE1394規格)と無線(ブルートゥース)の混在ということになる。
オンライン共同体はできるか
われわれは、たとえ擬似的なものにせよ、共同体的な人間交流の中でしか、生きがいを得ることは難しいのである。一般に近代化、とくに市場経済は共同体を崩壊させると言われれいる。だが、21世紀のネット社会では、生産者と消費者の境界線上に消費者の視点をもちつつ生産する「消費的生産者」が現れ、この結果、ローカル・ウェブのなかに「オンライン共同体」のようなものができあがる可能性もあるのだ。消費のみならず生産を目的とした活動がオンライン・サークルで行われるとき、そこには、信頼関係・協力関係・互助関係といった、いわゆる共同体的な性格がかならず現れてくる。従来の共同体ほどの永続的な拘束力は持たないにせよ、少なくとも、はかない「電縁広場」とは、違って「生きがい」を約束する疑似共同体になる可能性はある。
ネット社会の重要な特徴は、「サービス中心」である。無償でソフトを公開するオープンソース運動がなぜビジネスと両立するかと言えば、無償でソフトを提供してもらっても、それだけでは済まないからである。個別のニーズに合わせるための改良や手直し、さらに保守運用のサービスは有償ということになる。皆で協力して作ったものは無償の共有財産だが、自分だけのために他者が流した汗、つまり「サービス」に対して対価が支払われるのが当然だ。こうして、共有ソフトが広まるとともに、ビジネスとしても成功するのである。