人間は遺伝か環境か?遺伝的プログラム論        日高敏隆著

 ひと口に鳥といっても、さえずりの学習をせねばならない鳥、しなくてもよい鳥、飛ぶ学習をしなければならない鳥、しなくてもよい鳥、あるいはしないようにプログラムされている鳥といろいろな鳥がいる。ほかの動物についても、皆そうであろうと考えられる。それは、それぞれの種の生き方、育ち方にしたがって、それにぴったりと合った形の学習の遺伝的プログラムが組まれているからなのである。

 ホモ・サピエンスという種が現れたのは、20万年前とか30万年前であると言われている。ホモ・サピエンスが現れた時代には、アフリカにはすでにライオンやヒョウのような恐ろしい肉食動物がたくさんいた。その中に人間が現れたのである。人間の祖先は、肉食獣たちがうようよしているアフリカで生き延びて、そしてある時期から世界中に広まっていった。人間は少なくとも百人、二百人という、相当に大きな集団つくって生活していたから生き延びてきたのであろう。そういうことができたのは、やはり人間の脳が発達していたからであろう。そのおかげで、お互い同士の複雑な関係をうまく保っていくことができ、大きな集団となってもちゃんと生きてこられたのであろう。集団を形成することによって生き延びてきた人間という動物には、その生き方に沿った遺伝的プログラムが組み込まれていると考えられる。言い換えれば、人間の発育の遺伝的プログラムの特徴は、「集団の中で育つ」という点にある。性別も年齢も違い、そしてキャラクターも違う多くの人々は、皆、それぞれに違う振る舞いをしている。それは全体としてみれば人間という種の動物のやっていることである。子どもは大集団の中で多様な人々の思い思いの振る舞いを絶えず間近に見ることによって、社会生活に必要なことを学び取っていくのである。狩りとか採集とか、人間が生きていくのに必要な行動も、おそらく「集団の中で育つ」ことから具体化されたはずだ。集団の中で子どもたちは、大人たちのやっていることをよく見ていく。そうやって子どもたちは、人間どうしのつきあい方というものを学んでいった。こういった学習プログラムを、ほかの動物はおそらく持っていないはずだ。人間には、そういった遺伝的プログラムがあったからこそ、恐ろしいアフリカで生き抜いてこられたのである。そのときにできた遺伝的プログラムは、たぶんそのまま変わらずに伝えられてきたはずである。現代生きているわれわれにも、ちゃんと遺伝的プログラムが備わっていると考えてよい。

 現在われわれは、百人、二百人の大集団で生きているわけではない。みんな家族ごとに家かあるいは団地の中の一室に住んでいる。家の中は家族だけしか居ない状態になる。一人の父親と一人の母親しかいない家族の中で子どもが育つということは、ほかのもっと違う男や女がやっていることを見ずに育つということである。見る機会がないということは、その人々のやっていることから学ぶきっかけを得られないということでもある。他人とのつきあい方にしても、決して一様のものではない。この人とは、こうつきあう。あの人とは、別のつきあい方をする。かつてはそれを学ぶことができたはずだ。ところが現在は、家族が家族ごとに独立して生きていくことになったので、それがほとんどできなくなってしまった。どう生きていくかを学ぶことがどんどん困難になりつつあるということなのである。学習の遺伝的プログラムを具体化するためには、きわめて都合の悪い状況である。人間はたくさんの人のいる中で育っていくべきものであり、多様な人々から、いろいろなことを学び取っていくようにできている動物なのに、現在はそれができない社会になってしまっている。

 人間を含む動物の遺伝的プログラムは、その動物の種に共通のもので、個体によって違うことはない。遺伝的プログラムがどのように具体化されていくかということは、時代によっても、社会によっても、そして個人によっても異なってくる。人間の遺伝的プログラムは、そのような具体化の幅を許すプログラムなのである。そして場合によっては必然的に多様性を生むようなプログラムでもある。人生とは遺伝的プログラムの具体化なのだ。