「反原発」の不都合な真実 藤沢数希著
3.11の福島第一原発での事故発生からというもの、テレビや新聞でおびただしい数の原発に関する報道がなされました。その多くが原発を悪と決め付け、原発をなくすことが正義だという論調でした。この本は、そんな日本の反原発の風潮に一石を投じようという思いで書かれました。
IEA(International Enegey Agency 国際エネルギー機関)によると、全世界で1年間に生み出される電気エネルギーは約2万TWhですが、そのうち石炭が最も多く41%です。次いで天然ガスの21%、水力の16%、原子力の13%と続きます。大気汚染による死亡者は、WHO(World
Health Organization 世界保健機関)によると年間115万人ほど死亡すると報告しています。このうち半分程度は自動車の排ガスが原因で、発電所からの大気汚染物質によるものは3割ほどです。中国では石炭火力で80%ほど発電していて、毎年40万人ほどが亡くなるといわれています。アメリカでも10万人ほどが毎年大気汚染で死亡し、その内の2万人〜3万人程度は石炭火力発電所が原因だといわれています。イギリスでは毎年5万人ほどが大気汚染で死亡しています。日本でもWHOの推計によると、毎年3万3000人〜5万2000人程度の人が、大気汚染が原因の病気で死亡しています。大気汚染は、依然として現代社会に生きる人々にとって、ひとつの大きな死因なのです。化石燃料でも、石炭が特に危険で、次いで石油、そして一番安全なのが天然ガスなのですが、石炭は危険ですが、最も安価で経済効率のいいエネルギー源でもあるので、世界や日本の発電所で広く使われています。多くの人は、原発をなくせば日本はもっと安全にになる、と考えているようですが、健康被害を冷静に考えると、原発をなくすことで増すリスクも存在します。そしてそのリスクは原発のリスクよりもはるかに大きいようです。
メディアは世界の自然エネルギーへの取り組みなどを紹介し、あたかも世界のエネルギー供給源のひとつになりつつあるかのように報道しています。しかし、世界の総エネルギー消費ののうち、自然エネルギーの占める割合は現在1.3%ほどです。その自然エネルギーの内訳は、風力が全体の0.7%、バイオ燃料が0.5%、ソーラーは0.1%ほどになっています。日本では太陽光発電、太陽熱利用、バイオマス直接利用、風力発電、地熱発電など全てを足しても、これら自然エネルギーは日本のエネルギー消費全体の0.3%ほどにしかなりません。原子力や化石燃料を自然エネルギーで置き換えていくと簡単に考えるのは、どれほど楽観的に見ても、前途多難だといえるでしょう。
太陽光発電や風力発電は、新しい技術ではなく、何十年前からある枯れた技術です。今後も、技術革新があるでしょうが、それは非常にゆるやかなものになるでしょう。ソーラパネルや風車などの製造は、人件費や電気代の安い中国が中心になっていき、日本のような先進国で雇用増は見込めません。またエネルギー密度の低さと電源の不安定さのために、原子力や火力とで経済性で競争することができません。要するに、自然エネルギーというのは政府の補助金がたよりの産業で、補助金が打ち切られたら次々と破綻していきます。日本でも、2011年8月に再生可能エネルギー特別措置法が成立し、太陽光や風力で発電された割高な電気を電力会社が強制的に購入させられることになりました。誰でも自然エネルギー事業に参入でき、その電気を電力会社に高値で売ることが可能になりました。電気代に転嫁されるにしろ、政府が補助金を渡すにしろ、それは国民一人ひとりの大切なお金です。貴重なお金はもっと有効に使いたいものです。
電気自動車が最近注目されているのは、世界的に地球温暖化問題への関心が高まっているからです。各国にCO2排出量に関する規制を課そうとしています。そしてCO2削減のための主役が原発と電気自動車なのです。なぜならば火力発電とガソリン自動車がいうまでもなくCO2の最大の排出源だからです。しかしここで日本がもし原発を減らすということになると、電気自動車の魅力はほとんどなくなってしまいます。というのも電気自動車のエネルギー源の電気が、化石燃料を燃やす火力発電所で作られることになってしまうからです。この場合、火力発電所で大量のCO2を排出されながら作られた電気が、電力をロスしながら送電線を通って、電気自動車までやってきて蓄電池に充電されることになります。ガソリン車は、電気を運ぶ必要もなく送電ロスもありません。ガソリンを燃やしてそのままエンジンを動かすため、化石燃料の使い方としては効率がよくなります。火力発電所では化石燃料を燃やし、タービンを高速回転させて発電するわけですが、そこでも当然ロスが出ます。発電ロス、送電ロスをして、蓄電池を充電するときにもまた電力をロスして、最後にモーターを回して電気自動車が動くわけです。これでは直接ガソリンを燃やす自動車に比べてCO2の削減効果はなくなってしまいます。原子力というのは未来の交通網において、大変重要なエネルギー供給の基軸なのです。
原発を全廃した場合、日本が購入する化石燃料費は4兆円程度増加すると推計されています。日本の化石燃料の総輸入額は、乱高下する原油価格で大きく変動しますが、概ね上昇傾向で、年間20兆円程度になります。化石燃料(20兆円)の4割(8兆円)が発電に使用されています。日本の発電比率は原子力3割、火力6割、水力1割です。原発をゼロにすると、火力が9割になります。原発をゼロにすると8兆円×(0.9−0.6)÷0.6=4兆円の化石燃料費が増加になります。これらのコストは電気代などに転嫁され、国民が負担することになります。急進的な脱原発は、年間4兆円もの負担を生じ、さらに電力不安で企業の生産が抑制されてしまい、多くの企業の海外流出を推し進めるでしょう。原発を止めても、核崩壊により燃料は劣化してしていくので、ほとんどコストのセーブはできません。つまり耐用年数に達していない原発を止めるのは、丸損なのです。原発を停止させれば安全性が高まるというのも誤解です。福島第一原発の4号機は定期点検中で原子炉の中は空であったにもかかわらず水素爆破を起こし、放射能漏れ事故を起こしていることからわかるように、原発を止めても必ずしも安全性が上がるとはいえないのです。
化石燃料を燃やすことにより生み出される、国民一人当たりの年間CO2排出量は、世界平均で一人当たり約4.4トン/年です。アメリカは18トン、日本は9トン、中国は5トン、南米は2.3トン、インドは1.2トン、アフリカは0.9トンのCO2を排出しています。21世紀は中国などの新興国の国民が、アメリカ人のような生活をはじめる時代なのです。より多くのエネルギーを消費し、より多くの文明の利器を享受することになります。今、中国やインド、ブラジルなどの新興国は爆発的な経済成長を続けています。そして21世紀半ばに差し掛かる頃には、今度はアフリカ人たちがアメリカ人のような生活をはじめるのです。人間というのは、より豊かになりたいもので、そのことを誰も止めることはできません。そして、世界の人口は増加し続けます。2050年には100億人近くの人口を、この地球は抱えることになるでしょう。これだけの人口が、アメリカ人みたいに一人当たり年間18トンもCO2を排出し続ければ、地球は壊れてしまうでしょう。人々がどんどん豊かになる経済成長自体は大変すばらしいことです。しかし人類が利用可能なテクノロジーで、地球環境の破壊を少しでもスローダウンできるエネルギーを模索しなければいけません。2011年12月現在、世界で500基弱の原発が稼働していますが、中国だけで60基の原発が建設中、または計画中です。中国は今後、年間6基程度のペースで原発を新規に建設していきます。大気汚染のひどい中国で、石炭依存の脱却が進むことは、人々の健康にとって好ましいことでしょう。日本で脱原発が進むにせよ、進まないにせよ、今後は中国やインドなどの新興国を中心に原発の新規建設は進んでいきます。その際に、高度な原子力技術を有し、事故の教訓を得た日本は、世界の原子力政策に貢献するべきではないでしょうか。