文明の衝突
サミュエル・ハンチントン著西欧諸国は、他のすべての文明圏や地域にたいして巨大な利害関係をもつ唯一の文明圏であり、他のあらゆる文明圏や地域における政治、経済、安全保障の分野で西洋ほどの影響力をおぼよしうる国家群はほかにはない。西欧をのぞく残りすべての文明圏に属する国々は、通常、西欧の助けがなければ、みずからの目標を達成したり利益を守ったりすることもままならない。西欧のもう一つの顔は、衰えつつある文明という顔であり、政治的、経済的、軍事的影響力は、国際社会のなかで諸文明に対して相対的に低下している。経済成長の鈍化、頭打ちとなった人口増、政府の巨大な債務、低下する労働倫理、のび悩む貯蓄率、そしてアメリカを含む多くの国々で国民同士の団結力が弱まっているという事実や、薬物乱用、犯罪多発などである。
中国も日本も工業化とそれにともなう成長の結果、西欧文化に対抗する概念としてのアジア文化に共通の価値を見出している。イスラムの復興は驚異的な人工増加率によって支えられている。イスラム諸国の人工増大は、とりわけバルカン半島、北アフリカ、中央アジアで、周辺諸国や世界平均と比してきわだって高い。こうして西欧に対抗する「儒教−イスラム・コネクション」が形成された。
政治的な境界線は、冷戦時の東西ブロックにかわって、文化的な境界線、つまり民族や宗教や文明境界線と重なっていく。文明の断層線(フォルト・ライン)を境界として紛争がおこるようになった。新しい世界では、文化的なアイデンティティが国の連合や敵対関係を形成するうえで中心的な役割をはたす。人々にとって重要なのは血のつながりや宗教、信仰、あるいは共通の祖先だ。団結する相手は同類の祖先をもち、宗教や言語、価値観や社会制度が似通っている人びとであり、それ以外の相手とは距離を保つ。
最後に2010年に起こる世界大戦のシナリオを描いている。南シナ海の石油資源の開発で中国とヴェトナムが戦う。ヴェトナムはアメリカの支援を訴え、アメリカは空母機動部隊を南シナ海に派遣する。インドは中国が東アジアに縛りつけられている好機に乗じて、パキスタンの核兵器と通常兵器の軍事能力を弱めてしまおうと攻撃をしかける。パキスタンとイランと中国の軍事同盟が動きはじめ、イランが近代的で高性能の軍隊をたずさえて支援にかけつける。中国がアメリカに緒戦で勝利したことに刺激されてイスラム社会に大々的な反西欧運動が起こる。西欧の弱体ぶりが引き金になった反西欧主義の波は、アラブ軍の大規模なイスラエル攻撃つながる。中国とアメリカは他の主要国家に呼びかけて支援を要請する。中国が軍事的に勝利したのを見て、日本は中立からやがて中国の要求にしたがって参戦国になる。中国が勝利をおさめて東アジアを中国が完全に支配するという見通しに、ロシアが反中国の方に動きシベリアの軍隊を強化する。中国はシベリアに入植している中国人を保護するために軍事介入する。アメリカ、ヨーロッパ、ロシア、インドはこうして中国と日本とイスラムの大部分を相手に世界大戦に突入する。
主要参戦国すべての経済、人口、軍事面での急激な衰退ということになるだろう。数世紀のあいだに東から西へ移ってきて、ふたたび西から東へ戻っていった世界の勢力の中心は、いまや北から南へシフトするこになるだろう。要するに、来るべき時代の異文明間の大規模な戦争を避けるには、中核国家は他の文明内の衝突に介入するのをつつしむ必要がある。