GT 管五球スーパーの改修

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2001.01.05 宇多 弘

1 始めに

 21世紀ホヤホヤの正月二日、拙宅から車で一時間程の O 神社に参拝して健康を願い、交通安全のお守り札を授かり破魔矢を背中に挿して新年気分に浸ったあと、神社の境内に拡げられた露天の骨董市に踏み込んでみると、ありましたありました。 何と木製キャビネットの五球スーパーです。 骨董屋の親父サンに頼んで裏側を見せてもらうと球は GT 管です。 汚れ具合からすると、どう見ても農家の納屋の奥から整理していたら見つかって引っぱり出された感じです。 物は、昭和 30年代 (1955年頃) のアマチュア製品でしょう。 なぜアマチュア製品であるかとの判定理由は、

  ● キャビネット〜シャーシ・キットを使っていること、
  ● 使用真空管が GT 管であること、
  ● キャビネット内に回路図が貼ってないこと、
  ● キャビネットまたはダイアルに型式番号が示して無いこと、

 です。 骨董屋の親父サンはプリントされたキット・メーカーの名前を指して「旦那、一流メーカー品だよ」だって・・・値をつり上げたいのか、しきりに強調するけど否定しても無意味、にやにや笑ってウンウン。 即刻 \???? で「買い」です。
 GT 管であること・・・当時のセット・メーカー品は ST 管から直接 MT 管にシフトし、GT 管を使用した民生品ラジオは大変少ないのですね。 その理由は原価である材料コスト・・・やや高価な GT 管は嫌われたのではないかと思われます。 私の知る限りでは、高級なメーカー機の場合には ST 管と GT 管の混成や、出力管と整流管を GT 管とし他は MT 管としたセットが少数あるも、いずれもマイナーな存在であったと記憶しています。

 ラジオがトランジスタ化・パーソナル化し、オーディオがステレオとなって一般家庭に普及する以前の一時代のことでした。 当時アマチュアは、このようなキャビネット〜シャーシ・キットに思いおもいの各社スピーカやら、各メーカーの真空管、バリコン、コイル、IFT、パワートランスを組み合わせて「手作りラジオ」を楽しみながら腕を上げました。
 当然自分用 (パーソナルとか短波受信等) から自家用を始め、メーカー製品の1/2 程度の原価+若干のお礼で、親戚やら近所、友人、果ては彼女・・・とその家族にも・・・作って上げ、且つ無償にて故障修理したものです。 またメーカー製品の少なく高価だった電蓄 〜勿論 SP 時代の所謂コンソール型の〜 オールウェーブ・ラジオ付き電気蓄音器「電蓄」やギターアンプ等を受注製造したものです。
 テレビ・冷蔵庫・洗濯機が普及する以前ですから、町の電気屋はラジオが主力商品であり、家電とはいうものの電気釜、トースター、アイロン、扇風機、スタンド、電球、懐中電灯と電池がついでに置いてある程度でした。 従って、真空管ほかの主要な組み立て部品も店先に置いてあり、アマチュアの需要に応じると同時に自家製ラジオおよびコンソール電蓄を店主自らが受注・製造していました。


2 使用部品

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2.1 キャビネットおよびシャーシ

 クライスラー電気 KK 製(以下クライスラー)です。 本体は木製、ダイアル部分のみプラスティック製、受信周波数表示が 535〜1605 KC となっているので、外観は古めかしいけれど、規格としては当時最新のものです。 銀色塗装した鉄製シャーシは上面が殆ど赤錆ですが内部の状態が良いので問題ありません。
 「ラジオと音響」1952 年 11月号に記載の代理部ニュース・・・ラ音社が部品の販売代行をカバーしていたのですが・・・新の 535〜1605 KC 製品と旧の 550〜1600 KC 製品とが混在していますから、その頃の製品と考えられます。
 クライスラーは昭和 33 年 (1958 年) の電波技術、臨時増刊「HiFi 回路集 No2」の広告記事によると、LP プレーヤケース、金属製のレシーバケース(キット)、各種サイズの殆どがバスレフのエンクロージャ、およびスピーカを組み込んだ 2way スピーカシステムの完成品まで扱っていました。
 私事で失礼しますが、1968 年頃まで筆者はクライスラーの 6RJ-10M というロクハン (六半=6"1/2=16cm) 用 RJ 型バスレフに Ashida Vox の 6P-HF1 や Diatone P-610 を入れて Trio の 6BM8 pp のレシーバ AF10 にてタッタ一局しかないモノラル FM 放送を聴いていたので、クライスラー製品は一段と身近に感じられます。

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2.2 スピーカ

 これこそ作り手の強烈な選択が現われる重要部品です。 本機に取り付けられていたのはナント Muse こと三陽工業 KK の 6"1/2 インチ1500Ωフィールド型出力トランス付き 4Ω、ヴォイス・コイルはストリング・ダンパー三点支持で、鹿皮フリーエッジによる極軽コーンをフラフラ型に支持にした SF-6 が付いています。
 これにはビックリしました。 当時は永久磁石〜パーマネント型に一斉に移行し終った時代ですが、製作者はこのスピーカに相当に入れ込んでいたのでしょう。 後に本機が鳴り始めて、その真価を認める事になりました。 (筆者だったら、敢えてフィールド型にこだわらず、安易に前記の 6P-HF1, P-610 または Pioneer の PE-6/PIM-6 にしていたでしょう。) 
 フィールド・コイルと出力トランスの導通と絶縁を点検したところ、問題ないので安心しました。 また三点支持のヴォイス・コイルは正しくポジショニングされており、ガサガサ引掛かっていないので立派なものでした。

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ネームプレート および 三点支持のストリング・ダンパー(ピンぼけですが)。ビスを回してセンタリング調整します。

2.3 真空管

 使用球は 6SA7-GT 6SK7-GT 6SQ7-GT 6F6-GT 5Y3-GT 6E5 の教科書的構成であり、意識して保守に問題を生じないような選択をしたのでしょうか。 (筆者だったら出力管は音のイロ気を重視して 6V6-GT にしたでしょうね。)
 マツダ (東芝) の 6SA7-GT, 同 6SK7-GT, TEN (神戸工業) の 6SQ7-GT, プリントが消えて無名だけど NEC (日本電気) らしい 6F6-GT, マツダ (東芝) の 5Y3-GT です。 マジック・アイの 6E5 は菱形の枠に Mitsui とマーキングした製品で、あの商社の ??・・・。
 6SK7-GT, 6SQ7-GT のベースのメタル・スリーブは緑錆が噴いていますが、これら真空管の製造年月は 1960 年以後の最終に近い感じの端正な造りです。 全部水洗いして乾燥させたあと、GT 管使用のモノバンド短波受信機で 6E5 以外の球を動作試験し、確認しました。

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2.4 パワートランス、その他部品

 懐かしいアルミ・ダイカストのカバーを被った、ORION トランス〜星電機製作所製です。 カバーの黒塗装は地肌が腐食してブラシでこすったら白くなってしまいました。 いずれつや消し黒スプレーでも掛けて修復しましょう。
 その他の部品としてはアルプス (片岡電気 KK) のトリマー付き二連バリコン (型番不明)、スター(KK 富士製作所) の五ス・コイル、同じくスターの A12/B12 IFT です。 五ス・コイルは ANT/OSC ともに掃除の際にブラシか何かで引っ掻いたのか何箇所も断線しており復旧困難でした・・・で手持ちの、Trio SA-ANT コイルとスター MA-OSC コイルに交換しました。 何れも統一規格品であり、異なるメーカーであっても、同調周波数〜ダイアル指示はピッタリと合ってくれて楽なものです。
 抵抗はオーディオ・ファンが喜びそうな Rikenohm のカーボン皮膜、ケミコン以外は赤い耐圧1000V のペーパーコンですが、リークが殆どないのには感服しました。 ブロックケミコンは端が膨れ上って何やら異様、チューブラは仕様の表示プリントが消えたのか印刷した紙が剥がれたのか、単に腐食したアルミの筒・・・で、テストもせずに新品に交換しました。 使用している 3mm のビスはピッチの粗い旧型マイナス・タイプでナットは 6mm であり、久々に旧型対応のナット・ドライバーの出動となりました。   

2.5 部品収集時期のバラツキと製造年の推定

 ここで、真空管も併せて製造年月に疑問が湧きました。 スターの IFT A12/B12 はすでに MT 管対応の28mm 角に小型化された 1960 年頃の製品であり、35mm 角の旧型は、すでに製造中止だった可能性があります。 そのような訳で本機の使用部品の製造時期には数年の幅がある・・・すなわち一気に部品収集したのではなく、相当に年式?落ちした在庫品を逐次利用したか、または部分的に再利用した可能性もあります。 年代的にはフィールド型のダイナミック・スピーカが最も古く、次にキャピネット、球と IFT それに C/R が最後に集められたような感じです。 それで見た目よりも遥かに程度がよいのかもしれません。 それで製造年は一応 IFT を基準として1960 年 (昭和 35年) 頃らしいと見当をつけました。


3 レストア作業

 早速家に持って帰り、キャビネットの外側、シャーシ内を雑巾がけで掃除しました。 とにかく藁屑、蜘蛛の巣、蜘蛛?の卵の抜け殻?、何かよく判らない気持ちの悪〜い綿状のゴミがビッシリとシャーシ上面を覆い、取り除くのに一苦労しましたが、雨漏りなどにて濡らした形跡がないので安心しました。
 またシャーシの内側は意外なことに程度がよく、埃も付いていません。 どうやら早々にトラブッてしまい、古いセットに見られるような C/R が B 電圧で引き付けたような「煤」がついていないので、余り長い時間は稼働していなかったと見ました。 取り敢えずの点検で判明し修復した故障箇所および欠落品・改善箇所等は下記の 8項目です。

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○紐掛けダイアルの摩耗切れ・・・・→電灯点滅紐で掛け直し、回転部分に注油
○電解キャパシタ     ・・・・→無条件交換 450V100-100μF他 
○マジック・アイへの配線材・・・・被覆が劣化 →全交換
○シャーシ内の一部配線材 ・・・・被覆が劣化した部分のみ →交換
○電源コードおよびプラグ ・・・・被覆が劣化 →全交換
○キャビネット裏蓋    ・・・・ベニヤ板・補強材の剥がれ →接着
○キャビネット内側コーナ材・・・・一部接着材が劣化して剥がれ →接着
○キャビネット清掃と磨き ・・・・→水拭き、クリーナ磨き、ウォールナット・ニス塗布

 次に、整流管 5Y3-GT 以外の球を挿し、電源を入れて残る四球の点火を確認しました。 続いて整流管を挿して、電源を入れて電源電圧の確認・・・IF 段 6SK7-GT のカソード電圧が100V !!!、カソード抵抗が断線で並列のキャパシタのリークで電圧がでている始末でした。 350Ωのセメント抵抗に交換してリークは「お目こぼし」として OK にしました。 これで各部の電圧は、ほぼ一般的な値となり、(五球スーパーの各部電圧の見当を暗記していましたので・・・)C/R 類は正常に動作し、予め全交換したケミコン以外の回路部品には問題なしと判定しました。 それでも全く音が出ません。
 しばらくアッチコッチ導通テストしているうちに見つけました。 6SQ7-GT の二極管検波段のグランド配線が一見完全なようでも浮いています。 いかにもアマチュア製品らしいハンダづけ不良で、製作者が配線作業時に引っぱり確認試験を怠ったことがバレてしまいました。 これを直して完了、バリバリと受信出来るようになりました。
 元のスターの MA ANT コイルがハイインピーダンス型であり、Trio の SA に交換後はローインピーダンス型となるので感度低下が心配でしたが、そこはスーパーの強みでビニール線を 3m も ANT 端子に繋げれば NHK1/NHK2 が十分に受信でき安心しました。 トラッキングはバリコン付属のトリマーのビスが錆び付いてゆるまないので、そのまま放置とするしかありませんが、ダイアル面の指針と受信周波数の関係は OK なので問題なしとしました。 中間周波まわりは簡単に調整しましたが大幅なズレはありませんでした。
 鳴り出して、後面解放のキャビネットとは言え、本機に取り付けられていた SF-6 の、個性は強いものの全く五球スーパーらしからぬハッキリした音にウットリしながら AM 放送に聴き惚れて、当時の HiFi (High Fidelity) 魂の籠ったこの種の優れたロクハン・スピーカの数々を思い出しました。 

 本機のレストア作業は、朝 0900 にキャビネット内の掃除を開始して1100 に中断、午後は 1400〜1600 で終了しました。 別項に示した、レストアに三日掛かった ST 管の五球スーパーの例に比べて、本機は発生していたトラブルがすべて明快で手間の掛かるものが皆無であったため、大変スムースに作業が進みました。


4 またもやアマ製作機との巡りあわせ

 私の高校時代から社会人になる頃まで、ラジオの製作と修理の対象機種は殆ど五球スーパーでした。 今回レストアしたのは GT 管五球スーパーで、しかもアマチュアが組んでトラブッて「御蔵入り」していたもののようです。
 別項に示した1998 年に手がけたメーカー製ながら修理品の ST 管五球スーパーのレストアとは変って、今回もまた作業しながら 1999 年に手がけた先輩アマチュアが組んだ短波用通信機型受信機二台のレストア作業にもまして、時を隔ててもアマチュア特有の思い入れや発想に共感し、構成や選択にいたる経過を推測し、懐かしさの感情を抑止し得ませんでした。


以上