日本語にないもの。aとtheとsome。・・・抽選箱のイメージ
( a, the, some そして other, the other, another )


This is a book.(これは「一冊の」本です。)

This is the book.(これは「その」本です。)
I have some books.(私は「いくつかの」本を持ってます。)

「aが『ひとつの』、theは『その』、someは『いくつかの』。そんでもってそれは『日本語に訳さなくてもいい』って先生が言ってた。よくわかんないよ。そんなあってもなくてもいいような言葉、理解しろって言うほうが無理だって。一体なんでこんな言葉をいつも英語では使ってんの?」
「そうだね、それをわかるには、aやtheやsomeを使うときにどんなイメージがわいてくるのかがわかる必要があるね。でもね、わかってみると、aもtheもsomeも、ものすごく豊かな映像をもってることに気付くんだよ。」
「ほんとかなぁ。」

抽選箱のイメージ
「いちばんわかりやすいのはね、たくさんのクジが入った抽選箱を想像すればいい。同じ紙で出来た、同じ形のクジがたくさん入ってるの。」
「ふん、ふん。」
「その中から一枚取りだしてみました。」
「うん。」
「で、元に戻す。いま取りだしたクジがどれだったか、わかる?」
「わかるわけないじゃん。」
「じゃあ、また一枚クジをとりだしてこんどはそれにマジックで印をつけて元に戻しました。これならわかるでしょ?」
「うん。だけど、それで何がいいたいの?」
「つまりこれがaとtheの感覚なの。目印が付いてなければ、どのクジも「とある一枚のクジ」。もとに戻しちゃえばどれがどれだったかわからない。『このクジを取りだしても、あのクジを取りだしても』一緒なんだよ。どれでもいいの。つまり『他にもたくさんある、同じ種類のものから、どれでもいいから適当にひとつ取りだしてみた』・・これがaの感覚なんだ。これに対してtheは『他のものからのより分け、隔離することで、それに決定する』ということを意味するの。簡単に言えば、『ほかのじゃだめだよ、それじゃないと』っていうこと。マジックで印を付けたことによって、他のクジからハッキリと切り離される、っていうことなんだ。



This is a book.っていう言い方は、つまり、『これは、とある一冊の本です。』って言ってるんだね。もうすこしそこに込められてる気持ちを説明すると、『まだ今のところは特に自分にとっては重要な意味をもっていない、この世に本と呼ばれるものがたくさんあるなかで、たまたま手に取ったひとつ。』という気持ちがあるんだよ。でもこれがThis is the book.なら話は違ってくるんだ。『これは他の本とは違って、今話してたその本だよ。』という具合に、他の本とは切り離してハッキリと区別をつけてるんだね。情報としての重要度もグッと増してくるんだ。」

「そっか。そんな風に違うんだ。」
「さて、同じ種類のものがたくさんあるなかで、どれでもいいからとりだすのがa、他からより分けて、これじゃないとダメですよ、って決定して取りだすのがtheということなんだから、なぜ人の名前や国、土地の名前に基本的にはaやtheがつかないのかはもうわかるよね。」
「ほかに同じ種類のものがないから、a は必要ないし、『それだけしかない』んだから、『他の同種のものから切り離す』必要もないから the もいらないんだね。」
「その通り。もし、 a Tom としちゃったら、この世にTomのクローン人間がたくさんいて、そのなかのどれでもいい、とあるひとりの Tom 、ってことになっちゃう。 the Tom としちゃったら、他にもたくさんいる Tom のクローンの中から、『他の Tom じゃなくて、その Tom 』っていうふうに指名することになる。」


「でもこの前さ、 A Brown called you yesterday. (ブラウンさんとかいうひとから昨日あなたに電話がありましたよ。)っていう文をみたよ。これってどういうことなんだろう。」
「これはね、『とかいうひと』っていう訳に注目してほしいな。いちおう『ブラウン』という名前はわかってるけど、それがどんな人かはよくわかってない、っていうことなんだよ。」
「そうか。『ブラウンっていう名前はついてるけど、よく知らない人』だから、心の中の扱いとしては、抽選箱から適当にとりだしたひとりの人、ってことだね。」



「そう。『いろいろいる中の、とある1人で、名前はブラウン。』という感じで、他の人とその『ブラウン』っていうひとを明確に区別してないんだよ。」

「やっぱり抽選箱の中の同じ形をしたクジの中のひとつ、ってことか。」
「そういうこと。」
「じゃあさ、アメリカのマンガの『シンプソンズ』ってさ、英語では the Sympthons だって。『シンプソン家』って言う意味なんでしょ。人の名前なのにどうしてtheがついてるの?」
「うん。『〜家』を表すときにはふつう苗字の前にtheをつけて複数をあらわすsを最後につけるんだけど、これはね、シンプソン家に所属する人達を他の家族から『より分ける』というtheの働きがでてるんだよ。世の中に『〜家』はいっぱいあるわけだからね、その中でより分けてるの。そしてね、『ほかにも無数にある『家族』というグループのなかで、いわゆるシンプソン家というグループは彼らだけ』っていうふうに決定、限定してるわけ。」
「他にない、ってこと?」
「そう。これがもし、 a Sympthons だったら『たくさんこの世にあふれてるいろんなシンプソン家のうちの、とあるひとつのシンプソン一家』っていうことになってしまうからね。 the にすることで、ほかにないですよ。シンプソン家とは、うちのことですよ!っていう響きになるの。家族は当然複数の人間の集合だから、語尾に複数を表すsがつきます。」

「じゃあさ、これってもう教科書とかでおなじみの文だけど、場所を表す言葉には必ず the がついてるよね。例えば・・
He went to the station.(彼は駅に行きました。)とか、
I played tennis in the park.(私は公園でテニスをしました。)とか。
これはなんでなの?」
「これはね、言葉っていうのがその人の心のイメージをあらわしている、言ってみれば、文法っていうのは単にルールではなくて、人の心理の体系なんだっていうことがわかるいい例なんだけどね。つまりね、『駅へ行く』っていうときに、それがいきなりニューヨークのグランドセントラル駅ってことはありえないでしょ?」
「そりゃそうだ。そんな生活してみたいけど。」
「『公園』っていってもそれは決してロンドンのハイド・パークなワケはない。」
「いいよ、だから、どうせオレは一般庶民だよ!行くならだいたい近所の公園や駅だし。」
「つまり、会話の中で『公園で』とか、『駅で』とか話すときには、お互いのうちに無意識のうちに『いつも行く公園、駅』っていうふうに他の駅や公園との『より分け』が発生してるんだよ。どの駅や公園でもいいってワケじゃぁないの。


このほかにもね、例えば、最上級に the がつくのも『一番』ていうのを『二番目・三番目・・・』からより分けるために the がついてるわけだし、こうやって『区別し、より分ける』というひとつのキーワードで the はほぼすべてがわかるようになってるんだよ。」

無冠詞複数・・・『〜という種類のもの』
「そっか、これでなんとなくaとtheはわかったぞ。でもさ、someはよくわかんないよ?だって、例えば本が2冊以上あるときはただのbooksっていう複数形でいいでしょ?」
「そうだね。複数だからaは付かないね。」
「ただの books っていうならそれでいいのにさ、教科書読んでるとさ、わざわざ some をくっつけて some books で『いくつかの本』だなんてなってることが多くてさ、不自然じゃない?なんでわざわざ『いくつかの』なんて言葉を前につけようとするの?」
「これはね、学校がきちんと教えることのできてない代表的な問題のひとつだね。some を付けるときにはね、some が付いたほうが自然だ、って感じる理由がちゃんとあるんだ。実はね、ただの複数形、例えば books と、そこに some がついた some books では随分とイメージがちがうんだ。」
「どんなふうに?」
「前に何も付いてない無冠詞の複数形の名詞っていうのは『本と呼ばれる種類のもの全体』であり、 some +複数形は『いろいろある中から、一部取りだしたもの』だと考えて欲しい。」
「はあ?なんのこっちゃ?」



Reading books is fun. (本を読むって、面白い。)

「この文で言う『本』って、いろいろある中から適当に数冊出した本のこと?それとも世の中で『本』と呼ばれるもの全体を指してる?」
「『本全般』のことだね。」



I read some books last night. (昨夜、何冊か本を読んだんだ。)

「この文で言う『本』って、いろいろある中で、ポンと取りだした、とある数冊の本のこと?それとも世の中で『本』と呼ばれるもの全体を指してる?」
「『とある数冊の本』のことだね。『世の中で本と呼ばれるもの全般』とか『本という種類のもの』とかではないよね。」
「わかってきたね。とすると、
I have some books.
はアリでも
I have books.
はダメだ、ということがわかるでしょ?」
「ほんとだ。ただの books じゃ、『この世で本と呼ばれるもの全般を持っている』ってことになっちゃうね。」
「ちょっと別の角度から考えてみようか。冠詞というのはね、言ってみれば、『ものを丸で囲む』作業なんだ。」

冠詞・・・名詞を丸で囲む作業
「丸で囲む?」
「そう。 a は本と呼ばれるものがたくさんある中で、『別にどの一冊でもいいんだけど、適当に丸でひとつ本を囲んでちょうだい』って作業。」
「だから『とある一冊の本』ね。」
「 some は a の複数形だね。別にどれでも、何冊でもいいんだけど、全体の中の数冊、本を適当に丸で囲むという作業。」
「あれ?じゃぁ、
Some books are interesting.
を『面白い本もなかにはある。』とか、『一部の本には面白いものもある。』っていうふうに some を『一部』のイメージで訳すときがあるのはこのイメージのせいかな?」
「 まさしくその通りだよ。さてthe は『ある特定の本(一冊でもよし、複数の本でもよし)を丸で囲んでちょうだい』っていう作業。」
「だから『他の本じゃなくて、その本の話をしてるよ』となるのか。」
「じゃあ、冠詞がつかない複数、っていうのはどういうことになるかな?」
「わかった!どれも囲まないから、『本とよばれるもの全体』を指すことになるんだ。」
「その通り。」



some は a の‘複数形’。共に『抽選箱から取りだしてそこにある』という『存在』のイメージが大事。
「さて、さっきは『丸で囲むイメージ』を使って a や the や some 、そして無冠詞複数を説明したけども、特に a と some にはもう一つ大事なイメージがあるんだ。それが、『取りだす』イメージ。」
「『取りだす』?」

「そう。抽選箱の中に手を突っ込んで、箱の中から、この世に取りだしてあげる感じ。someにもね、 a と同じで『抽選箱』のイメージがあるの。たくさん本が入った箱の中から適当に何冊か手に触れたものを取りだすイメージなの。どれでもいいから一冊取りだせば a book だし、数冊取りだせば some books だよ。」
「へぇ、じゃあsomeってaの複数形みたいだね。」
「うん、いい言い方だね。まさしくその通り。で、この抽選箱のイメージが大事でね、『本一般』というbooksは頭のなかだけで『本と呼ばれるものね・・』って思い浮かべるイメージだけど、これが some books になると目の前に何冊か、ポンと本を出された感じがするね。」
「直訳すると『とある何冊かの本』。たしかにマジシャンが箱の中から『さて、ここに何冊か、本があります。』って出してる感じだね。」
「さっきの『丸で囲むイメージ』を使ってごらん?『本と呼ばれるものの中から、どの数冊でもいいから適当に丸で囲んで取りだしてみて。』という作業。 a も some もどちらも『取りだして、そこにある→存在のイメージ』というのが発生する、と考えると、グッと分かりやすくなってくるんだ。」
「ふぅん。そうなんだ。」




「 例えばさ、『ああ、本持ってるよ。』っていう時にはさ、実際に本が存在することを意味してるわけ。」
「この時に
I have books.
だと、さっきも『丸で囲むイメージ』でも触れたけど、世の中にある本と呼ばれるもの全般ってなっちゃうよね。」」
「そう。それってさ、考えてごらん?全般を意味する言葉、例えば『本というものは・・・』なんて言葉って、目の前に存在している本のことを指して使う?」
「使わないね。人間が、『本と、本でないものを頭の中で区別して話そうとする』 時につかう言葉だね。」
「そう。『本(と呼ばれるもの)を読むのが好き』とかさ、『本(と呼ばれるもの)を読むのは大事なことだね』とかね。さて、『持ってるよ』ということは『あるよ=存在してるよ』っていうことをあらわしてるわけだから、『箱から出して、目の前に並べてやる感覚= a (単数)、 some (複数)』を付けないといけないから、
I have some books. もしくは一冊なら I have a book.
となるんだよ。」
「じゃあさ、『私は犬が好きです。』っていう文では
I love a dog.
はだめ?」
「不自然だね。『犬が好き』っていうときには『犬を他の種類の動物から分ける』心理でしゃべってるわけでしょう?『(取りだして、)犬がそこにいる』という感じじゃないよね。つまり、無冠詞複数の感覚だ。ここでもし a をつけちゃうと『犬を一匹取り出した感覚』、つまり『私はとある一匹の犬が好きです。(で、その犬というのは・・・)』って感じになっちゃうよね。」
「じゃぁ、
I love some dogs.
はだめ?」
「だめだよ。それだと、『今目の前にズラーッといる犬達のうち、何頭かは好きなんだけど、それ以外はどうも好きになれない。』ってことになるね。『適当に、一部、何頭かを取りだす』イメージになっちゃうから。」
「そうか。『犬っていう種類の動物が好きです』という雰囲気にはならないね。」

なぜ a few は『少しある』で、 few は『ほとんどない』なのか
「中学で習うわかりにくい表現のひとつに、 a few と few があるでしょ?」
「ああ、 a がつくと『少しある』のに、 a がないと『ほとんどない』になっちゃうやつね。」
「なぜそんな正反対の意味になるのか、というのも a が『存在』を意味するんだということを知ってると理解できるよ。」
「ん?どういうこと?」
「few というのは『数えられるものが少数あつまったかたまり』と考えられるね。例えばここにリンゴが三つあるとする。さて、時と場合によっては、同じリンゴ三個でも、『三個もある』と感じるときもあれば、『三個しかない』と感じるときもあるよね。」
「あるある。じゃぁ、 few が『少しある』にもなり、『ほとんどない』にもなるのは、そんな心理が原因なの?」
「そうだよ。『存在感』を感じてる心理なら、『少しあるなあ』ということで、存在を意味する a を付けて、 a few apples となるわけだよ。こんなところにも『抽選箱から取りだす』=『存在』のイメージが生きているわけさ。」
「なんで『1』を意味する a が付くわけ?」
「三つのリンゴで構成されている『ひとつの集団』ということだよ。」
「ふ〜ん。『ひとかたまりのリンゴのグループが存在』している感じになるのか。じゃぁさ、同じ few なのに、なぜ a がつかないと『ほとんどない』というマイナスのイメージになるの?」
「これはね、同じ三つのリンゴ、つまり『少数の集まり』でも、それを見たときに『もっとあって欲しいのに、これだけしかない。』っていう心理状態のとき、『十分な存在感を感じることができない』時に、 a の欠落、つまり『存在感の欠落』がでてくるんだよ。」
「そうか、学校で『ひとつの』なんてわけのわからない教え方をされていた a のキーワードは実は『存在』なんだね。」

aとtheとsomeがよりはっきりとわかる、「昔話」

 むかしむかし、あるところに(1)「 a おじいさん」がいました。ある日、(2)「 the おじいさん」は山へタケノコを採りに行きました。彼は(3)「タケノコs」がだいすきなのです。今は春。竹やぶの中にはたくさんのタケノコがはえています。おじいさんはおもむろにナタを取りだし、(4)「 some タケノコs」を採りましたとさ・・・。

「なんのこっちゃ?」
「まあまあ。まずは(1)から。ここでは物語の中におじいさんが初登場します。この時君の頭の中には『う〜ん、おじいさんか、え〜と・・』ってな感じでいろいろ浮かんできたおじいさんのなかから、取りあえず1人をポンとピックアップするでしょ?」
「そっか、『抽選箱』のイメージか。だれでもいいからひとりのおじいさん。『 a おじいさん』だね。」
「次に(2)。こんどは今思い浮かべたそのおじいさんが山へ行くわけで、もう他のおじいさんじゃダメなわけでしょ?」
「なるほど、ここでおじいさんにマジックで印をつけて、ほかのおじいさんじゃないですよ、さっき言ったそのおじいさんですよ、って区別するんだね。」
「そう。それが『 the おじいさん』。で、(3)ではおじいさんがタケノコが大好き・・ということなんだけど・・・。」
「いわゆる『一般にタケノコとよばれているもの』って頭にうかべるイメージだから、ほかのものからタケノコと呼ばれるものを判別するための型紙・・。ただの複数形の『タケノコs』だね。」
「そんでもって(4)。具体的にタケノコを数本採るわけだから・・。」
「『some タケノコs』だ!」

other と the other と another の違い
「さて、 some のイメージがわかってもらえたら、こんどは other のイメージがわかりやすくなるんだよ。」
「 other ね・・・。あのさ、 other と the other っていうのと、それから another ってさ、なんか違いってあるの?学校ではとにかくどれも『別の・他の』ってな意味でしか習わなくてさ、なんかいろいろ図解とかで説明してくれたりもするんだけど、全然その違いがピンとこないんだよね。」
「それぞれがまったく違うイメージを持っているよ。じゃぁ、それぞれの違いを説明しよう。まずね、 other から。」
「は〜い。」

(1) other ・・・ 二回目の 'some'
「まず other から。これはね、『二回目の some 』というイメージを持つと、ストンとわかるんだ。」
「は?『二回目の some 』?さっぱりわかんないんだけど。」
「まあまあ。まず some は『 a の複数形』のイメージだ、って話はもうしたよね。」
「うん。どちらも抽選箱のイメージがある言葉で、『同じ種類のものがたくさん入ってる抽選箱の中から、ランダムにひとつだけ取りだしたら a で、適当に手に当たっただけ取りだしたら some だってことだよね。」
「そうです。すると、 some を主語に持つ文はこのように訳されるんだ。」

Some students go to school by bus. (バスで通学する学生もいます。)

「some の持つ『いろいろある中から、一部を取りだす』という感覚が生きてるんだね。」
「『いくつかの・何人かの』っていう some の訳はね、『適当な数・量を抽選箱から取りだす』っていうイメージをうまく表せてない、ダメな日本語訳なんだ。あれだと『複数ですよ、ということを表す記号』って感じになっちゃうでしょ?」
「そうそう。『何冊かの』なんて意味ないじゃん、って感じだね。」
「 some っていうのは二個、三個・・・っていうような『複数』を表すイメージの言葉じゃないんだ。どちらかといえば『適当、ある程度』っていうイメージの方が強い。 I have some books. では、 some は(1)『存在している』ということと、(2)『何冊かハッキリしないけどある程度の数』という『適当さ』を表すためにあるんだ。こんな感覚的な言葉だから、中学では『わざわざ日本語に訳す必要はない』って教えられるの。」
「日本語ではいちいちそんなところに目はいかないからね。」
「そこで、主語に some が来た場合だけど、 Some students go to ・・・. という文のイメージはこうなるんだ。」


「なるほど、これなら納得いくね。」
「でね、これがわかると、 other というのは『これとは別に適当にピックアップしたグループ』つまり some の次に取りだした『二回目の some 』なんだっていうことになるんだよ。次の例文を見てください。」

Some students go to school by bus, others go by train.
(バスで通学する学生もいるし、電車で通学する学生もいる。)

「そうか、一回目に適当に取りだした学生 ( some students ) はバス通学だし、それとは別にもう一回適当に学生グループを取りだしてみたら、その人たちは電車で通学してる、ということなんだ。 other のいう『別の』っていうのはそういうことだったんだね。」
「そうです。『二回目の some 』だから、 other は others 、もしくは other students というように複数扱いが基本です。『適当に取りだした別のグループ』。これが others のイメージだよ。他の例文をみてみましょう。新聞などで見かけるフレーズです。」

Three people were killed and many others were wounded in the blast.
(その爆発で三人が死亡、他にも多くの人がケガをした。)

「これはどんなイメージ?」
「抽選箱の中には『爆発による被害者』が入ってるわけ。で、そのうち三人が死亡してる。これを除いて、ほかに『抽選箱』の中をさぐって取りだすと、こんどはたまたま多くのけが人が出てくるわけ。また別にさぐってみたらその他にも無傷の人もいるかもしれない、そんな感じです。」
「なるほどね。他にはどんな例がある?」

Mt. Fuji is higher than any other mountain in Japan.
(富士山は日本のどの山よりも高い。)

「こんどは any other +単数名詞というのをみてみましょう。『他のどれひとつとっても』ということです。この文では抽選箱の中にいろんな日本の山が入ってて、富士山とは別の ( other ) 山をどれひとつ ( any ) 取りだしてみても、富士山の方が高い、というふうになってます。」
「あれ?この文では other の後ろが単数形になるんだね。 other は『二回目の some 』だから、複数扱いが基本なんじゃないの?」
「ここでは any がそれをさせないの。 any とは、 an + y ということ。つまり、 a と同じで『抽選箱からどの一個をランダムにとりだしても』というのが根っこの意味なんだよ。つまりここでは、富士山以外のやまを一個一個、取りだしては富士山と比べてるイメージだから、 mountain は単数扱いになるんです。」
「ふ〜ん。」
「 any については最後にまた詳しく説明するね。もうひとつ、 other than 〜というフレーズを解説しておきましょう。」

I have no pens other than black ones. (僕は黒以外のペンは持ってませんよ。)

「 other than 〜 っていうのは『〜以外』っていう表現か。」
「そうだよ。比較のところで詳しくやってるけど、 than は『〜より』と考えるのではなく、『基準』という意味で考えるのが基本です。で、『黒色のペン』を基準として『その他』っていうことだから『黒以外のペン』となるわけ。」

(2) the other ・・・ふたつの(グループの)うちの残りの一方・残りの全部
「じゃぁ、次に the other を教えてよ。 the が付くだけで、どういうふうに違ってくるの?」
「 the other は必ず『ふたつのうち・ふたつの集団のうちの残りの一方・残りの全部』というふうに『ふ たつ』というイメージが大事になってくるんだよ。」
「なんでそんなイメージが出てくるの?」
「the は『他者からより分けることで、ほかのじゃだめだよ、これの話をしてるんだよ』というのが根っこの意味だ、って話をしたよね。『これしかない』と考えてもいい。」
「うん。それと『ふたつ』のイメージの関係は?」
「箱の中に、AとBというふたつのボールがあったとして、」
「うん。」
「そこからAを取り除いたら、残りはBに決定してしまうよね。」
「当然だね。(A+B)ーA=Bだね。」
「 それが、『Aの他( other )というのは、B以外にはないでしょ?』という意味のthe だよ。」
「もし三つ以上だったら?」
「箱の中に、AとBとCの三つのボールが入っているとして、そこから、Aを取り除いてごらん?残りは決定する?」
「ああ、Bでもあるし、Cでもあるし・・・、決定しないよね。だから the other は「ふたつの世界」か。」
「そういうわけで、こんな文が出来上がるわけさ。」

There are two fruits on the table. One is an orange, and the other is an apple.
(テーブルの上にふたつの果物があります。ひとつはオレンジ、そして、(残りの)もうひとつはリンゴです。)

「『ふたつしかない果物のうちから、オレンジをとりのぞいて、残りといえば、もうほかにはない、あとはこれひとつなんですけど、それがりんごですよ。』という感じか。」
「そうだね。それが the other の the の役割だよ。さて、 the others という複数形でもイメージは同じになるよ。」
「でも、『残り全部』っていう意味なんでしょ?」
「でもイメージは同じ。次の図を見てみよう。」



「なるほど、だから、 others とは違って the others っていうのは『残りの全部』っていうことになるのか。」
「そう。そこがただの others とは違うところです。 others はあくまで『適当に取りだした別の集団』で、全部を取りだしたわけじゃない、『ある程度』なんだ。残りの全部とはならないんだよ。それでは例文をみてみましょう。『二つに分ける』っていうパターンがわかっていれば、こういう表現にも対応できるんだよ。」

Tom was sitting on the other chair. (トムは反対側の椅子に座っていた。)

「『反対側』の椅子?」
「 the other の世界は『ふたつあるうちの』っていうことだよね。ここでも the other を使うことによって『椅子がふたつあって、トムはそのうちの別の一方の椅子に座っていた。』っていうことになる。つまりAとBというふたつの椅子のうち、Aの椅子の視点からみればBのイスは『その反対側』ということになるよね。」
「たしかに。」

He is different from the others. (彼は他のみんなとは違う。)

「これはある集団を『彼』と、『それ以外の残り全部』のふたつに分けてるんだ。」
「だから『残り全部』という意味になって、しかもそれは複数の人間を指すから the others というふうに複数形になるんだね。」
「そうです。」

(3) another ・・・『おかわり』のイメージ
「じゃあ、次のお題。 another を教えて。」
「これはね、おかわりのイメージです。」
「またぁ、よくわかんないよ。」
「最後まで聞けばわかるよ。 another の正体は、『 an + other 』なんです。ここにすべての秘密がある。」
「どんな秘密?」
「 a のイメージはすでに話している通り、抽選箱のなかからランダムにひとつ取りだすこと。そして、抽選箱の中には同じ種類のものがたくさん入ってるんだよ、ということです。」
「うん、例えば a pen なら、ペンの一杯入った抽選箱の中からランダムに一本ペンを取りだすってことだよね。」
「そういうこと。じゃあさ、 another cup of coffee という表現を試しにみてみようか。今テーブルにあるコーヒー、これを飲み干しちゃった。で、おかわりが欲しい。」
「ふんふん。」
「厨房には、今飲んだのと同じ種類のコーヒーがまだまだあるわけだ。別にどのカップを指定するわけでもない、どのカップに入ったものでもいいから同じ種類の別のコーヒーをもう一杯・・。これが another cup of coffee です。」
「なるほど、抽選箱を厨房と考えるんだね。そこから同じ種類のコーヒーをランダムに一杯(= a )とりだす、ただし、さっき飲んだのとは別の(= other)もう一杯、となるわけだ。だからおかわりだと。」



「そういうわけで another は要するに『追加をもうひとつ』ということなんだけれど、実際にどう使われているのかを例文でみてみましょう。」

We have to wait for another two hours. (私達はもう2時間待たないといけない。)

「おや? another ってのはさ、 an + other だから、後ろに必ず単数形がつくのかな、と思ったけど、そうでもないんだね。」
「原則的には単数なんだ、と考えていいんだよ。 another は『おかわり・追加』のイメージから、『さらに』という意味を持つようになってます。追加の内容が必ずしも単数形でないといけない、ということはありません。でもイメージとしては『追加のひとかたまり』という、 a の持つ単数の感覚は残っています。ここでは今まである程度の時間待ってたんだけど、『さらに追加で』2時間という『ひとかたまりの時間』を待たないといけない。『おかわりのお茶わん一杯の中に入った時間=この場合は2時間』ということです。」

Show me another, please. (別のを見せてください。)

「ここではどういうイメージなの?」
「別の、といってもやはり『同じ種類の、別のもの』というイメージはしっかりと残されてるんだよ。同じ種類の別のものを追加で見せて、ということだね。」

Knowing is one thing, teaching is another. (知っていることと教えることは別の話だ。)

「単に知識を知ってるからといって、それを人にうまく教えることができるか、と言えばそうではない、ということか。」
「ここでは another の持つ『同じ種類の別のもうひとつ』という根っこの意味が、『似てるけど別のもうひとつ』という感覚で使われてるんだね。『知識として知っているのと、知っていることを教えるのと、一見両者は似てるけど、実はまったく同じなのではなく、別のもう一つなんだ。』ということです。知っておくと便利なことは、 another は one とよくペアで使われる、ということです。 a と同じイメージを持つ『とある一個』という one が another と対応する、ということだね。熟語としては one another (お互いに)とか、 one after another (次々に)というのがあります。」

They don't know one another. (彼らはお互いに面識がない。)

「ひとり( one )と、もうひとり( another )で、『お互い』なんだね。」
「そう。」

Customers came in one after another. (客は次々と入ってきた。)

「ひとり( one )の後にまたべつのひとり( another )で『次々と』っていうことか。」

She wants to be another Marilyn Monroe. (彼女は第二のマリリン・モンローになりたがってる。)

「これなんかは直訳すると『もうひとりのマリリン・モンロー』ということ。『同じ種類の別のもの』という another の意味が働いてるわけだね。」
「なるほどね。」

any と some は無関係な言葉
「最後に any の説明を少し。まず、 some の反対語が any だ、という、あまり賛成できない説明が学校でなされてるので、これを解説したいと思います。」
「え?違うの?肯定文では some で、否定文と疑問文では any を使って、どっちも意味は『いくつかの』だって・・。」
「イメージが全然違うね。 some はある程度の数・量が適当にある、といった『ぼんやり・あいまい』のイメージだけど、 any は語源をさぐると、an(one)から発生した言葉なんだよ。 an 、つまり a が基本のイメージだから、『ランダムに、一個取りだす』→『どのひとつとっても・どれでも』とか、『なにかひとつでも』ということになります。イメージとしては、『ひとつひとつを手に取って、調べてみている、検索機能』。使い方も、『持っている・ある』というイメージを表す文で、疑問文・否定文の時には複数形の名詞をともなうけれど、それ以外では必ず単数扱いです。例えばこの文を見てちょうだい。」

He is taller than any other boy in his class. (彼はクラスのどの男の子よりも背が高い。)

「ああ、これって、なんか納得できないんだよね。だって、『どの男の子よりも』ってことは、男の子達は複数いるはずだよね。それが何で、boys にはならずに、単数の boy になるの?」
「次の図を見てもらおうね。

ここに書いてある通り、目を向けているのは『一人の男の子』でしょ?」
「そうか。『どの男の子よりも』っていうのは、正確に any の意味を借りて言えば、『どの一人の男の子に目をやってみても』ということか。」
「そういうことです。さて、any の後に複数形の名詞がくるのは、疑問文、否定文の時だけ。そして、その文は必ず、『ものが存在している、ある』という意味の文になります。」
「いったいどういうことなの?」

I have some books. (本を持ってるよ。)

「これは有る程度の数、別に何冊でもいいんだけど適当な数の本を手もとに持ってるということ。ところがこれが疑問文で any になると・・・

Do you have any books? (何か本持ってる?)

これなんかは『何か一冊でも』本を持ってる?ということなんだよ。」
「え?さっき any は『どのひとつに目を向けても』っていうことだったよね。」
「日本語訳にこだわっちゃいけない。それがどんなイメージを表そうとしているのかを考えようね。ようするに any は a や an に近いイメージで、『抽選箱のなかから、どの一個をランダムに取りだしてみても』というイメージが基本なの。上の文の『何か本を持ってる?』っていうのは『本だったらどんな一冊の本とってみても、OKなんだけれども(=ランダム)、その抽選箱の中から、なにか本を出してくれない?』という感覚なんだよ。ここが any の担当する部分。」
「じゃあ、一冊に指定されてるの?」
「ところが会話の流れはそうじゃないでしょ?別に一冊出そうが、三冊だそうがかまわないわけだ。『なにか一冊でも・・』ということは、『一冊だけとは限らない、二冊以上持っててもOKだけど・・』という前提で話をしているわけで、ここが複数形の名詞が担当する部分。」
「なんで Do you have a book? じゃ不自然なの?」
「『本を一冊持ってる?』っていきなり聞かれてごらん?どんな気になる?」
「『なんで一冊って決めつけてるの?まるで俺が一冊しか本を持ってないって、最初からわかってるような口ぶりだね。』って感じだな。」
「でしょ?『なんか一冊でも・・別に何冊でもかまわないけど』って気持ちなんだ。また、後ろに来る名詞が『数えられない名詞』のときには『1』ではなく『何かすこしでも』ということになるの例えば・・・

Are there any meat? (肉はあります?)

というような場合には『すこしでもある?ゼロではない?』という感覚だと思っていいよね。」
「 a の持つ『1』のイメージが『ゼロではない・存在してる』という意味をもつんだね。」

I don't have any books. (一冊も持ってないよ。)

「『1』のイメージを not が否定する、つまり『あらゆる一冊を否定してる』ので not any は『ゼロ』、つまり一冊も持ってません、ということです。このほか There is ・ are 〜といった『もってるよ、あるよ』という文の疑問文・否定文では any の後ろには複数形の名詞が来るけど、それ以外は any は単数扱いです。ここで整理しておきましょう。

●any は an + y 。基本的には『どれかひとつでも・どのひとつをとっても』というイメージ
●any が複数扱いになるのは疑問文と否定文だけ。
●しかもその時の any +複数形 の文は『ある・持ってる』など『存在をイメージするための文』に限られる。
●肯定文では単数扱い。

「ふむ、とにかく大事なことは、 any に『いくつかの』というイメージを持たないようにする、ということだね。」
「そのとおりです。 a ・ an のイメージにしたがって、『抽選箱からくじを一枚取りだしては元に戻し、また別のを取りだす』という感覚を持っておけば、『どのひとつでも・どれかひとつでも』というイメージがわかるはずです。」

Take any shirt you like. (どれでも好きなシャツを取っていいよ。)

「抽選箱からすきなクジを引くように、どれでも好きなシャツをとっていい。」
「ただし、全部のシャツを持っていくんじゃなくて、選んでね。抽選箱を箱ごと持っていくんじゃなくて、クジを選んで引いてね、っていうことです。」
「学校ではさ、 any を『あらゆる』って訳すパターンがでたよ?」
「誤解しないで欲しいのは、『あらゆる』っていうのは『全部』ではないってことだね。すでに He is taller than any other boy in his class. の文で述べたように、『どのひとつをとってみても』という『検索』がここで言う『あらゆる』の指す意味だよ。抽選箱ごと持っていく『全部』の意味じゃないんだ。」

Any student can attend the meeting. (あらゆる生徒がその会合に出席できる。)

「そうか、この例文でも『どの生徒一人とっても出席する資格がある。』ということをあらわしてるんだもんね。」
「そう。『1』のイメージを大事にして欲しいの。さて、最後に辞書に出てくる注意書きでみんなが『?』となってしまうやつを解説しましょう。」

注意書き・・・●疑問文でも some を使うことがある。この場合、当然相手が肯定的な返事をよこしてくるだろうという予想、流れのもとに出される疑問文である。

例:I have a lot of pens. Do you want some? (ペンいっぱい持ってるんだ。少し要る?)
Oh, thanks. (ああ、ありがとう。)

「ほんとだ。疑問文なのに some を使ってる。なぜ any を使わないの?」
「ここで any を使うと、『どれかひとつでも要る?』ということになるんだよね。」
「うん、それはわかるけど・・・」
「するとね?話者の心理としては、『ひょっとしたら君はひとつも要らない( don't want any )かもしれないけれど、もしひとつでも要るのなら・・・』という感じになるんだよね。」
「そうか、疑問文での any は『少なくともひとつでもある?持ってる?』って感じだったんだよね。」
「そう。裏の心理として『ひょっとしたらゼロかもしれないけど』っていう感覚があるんだよ。ところが相手に対して、『当然要るだろ?ほら、持ってけよ。』っていう感覚、つまり注意書きのいうところの『相手の肯定的な返事』を前提とするときには、『どれかひとつでも・少なくとも一本でも』という any の感覚よりも、『何本か持ってけよ』という、 some の持つ『抽選箱からガバッと手に当たっただけ取りだす』感覚のほうが自然じゃない?気持ちとしては、 Take some pens. という肯定文の気持ちなんだ。」
「そうだね。なるほど。ルールではなくて気持ちの問題か。」
「文法は常に、ルールというよりは心理学です。」

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冠詞:著作・時吉秀弥
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