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第7回 『40の真実』
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このところパソコンに熱中していて、まったく本を読んでいない私だったが、久しぶりに本の一気読みをした。それが、この『6月の軌跡』である。選手個々のインタビューは、時々サッカー誌に載ることもあるが、スタッフまでインタビューした物は、他にはないだろう。本書はその「証言」を、話した人もしくは著者の心に強く残ったであろうエピソードを中心にし、時間軸に沿って並べてある。そこから立体的になったW杯が見える仕掛けだ。それはまるで多色刷りの版画のよう。一色では見えない何かが、色を重ねることによって現れる。 このインタビューが、いつ行われたものかは知らないが、みな冷静に振り返っている。渦中にいるためかえって気づかなかったことが、時間を経てわかってきたからかもしれない。選手達の答えには、感謝の言葉が多く見受けられた。同じ選手に対してだったり、スタッフや家族に対してだったり、相手はいろいろだが、自分だけのことに終始している人はほとんど居ない。そして、スタッフの人達は、その選手達と自分の仕事に誇りを感じている。それはこの39人が、一つのチームとして機能していた証拠なのではないかと思うのだ。 本の中では、過去にあったことだけでなく、これからのことも語られている。川口は、悪条件での海外の試合の重要性を説く。一方、秋田を始め鹿島の選手は、Jリーグでの1試合1試合こそが自分を高める場だと言う。私は、そのどちらにも頷いてしまうのだ。なぜなら、そのどちらもが真実だから。証言者達はこの本の主旨を理解し、誠実に応えたのだと思う。その言葉はすべて真実であろう。ただしそれは、事実とは違う。事実はひとつ、でも真実は人の心に写った現実、心の数だけ存在する。したがってこの本には、39の真実が描かれているのだ。 そして、あえて言うならもう一つ、これを読む人の中にある真実。例えインタビューに基づく文章でも、一言一句違えず書いているわけではない。著者がスポットライトを当てた言葉を中心にピックアップされ、ある意図の元に並べられ編集されている。従って、様々なメディアを通して、あるいは私のように実際に見て感じた像を加えてこそ、その人にとってのW杯が見えてくるのではないだろうか。そんなことを考えさせる、一冊である。
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98年12月20日UP
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