エッセイ・四角い箱から

 
第19回 『春は白から』
 


 何年か前の夏、散歩をしていて可愛いオレンジ色の花を見つけた。オレンジ…と言うより は朱色だろうか、フリージアに似た小さな花が行儀よく並んでいる。葉は鋭く細長い。群れ て咲いていることが多く、遠くから眺めたときは彼岸花がこんなに早く咲いているのかと驚 いたものだ。その花を見ていて気がついたのだが、夏には赤い花が多いように思う。カン ナ、ダリア、海棠、強い日ざしに映えるその赤さは、個性の強い南の島の美しい人のよう だ。黄色にしても、向日葵のように強い色。

 それに引き替え、春は優しい色の花が多い。冷たい空気の中でわずかに萌した暖かい 光を感じて、まず白い花が咲く。梅、辛夷(こぶし)、白木蓮、ほうの木。その次は薄い桜 色、そして桃色。もしかしたらそれは、何よりも春を待つ小鳥や虫達の眼にとまりやすいか らかもしれない。以前両親が育てていた薔薇は、白に一番虫が付いた。この場合は花や 葉が痛むので少々迷惑なのだが、虫にすれば命がかかっている。そう考えると自然の仕 組みの不思議さに心打たれる。

 秋の花は何と言っても紫だろう。桔梗、竜胆(りんどう)、野菊に紫苑、朝顔だって季語で は秋に入る。春に咲く赤紫の花、菫や木蓮とは違う青紫。澄んでいく空気に合わせるよう に涼やかで少し悲しい青い色が、秋風に揺れる様は心に沁みる。年を越して生きていくこ との出来ない虫達の眼に、それらの花はどう映るのだろう。

 どの季節のどの花も、誰のために咲いているわけでもない。自然の摂理に従って生きて いるだけだ。しかし人もまた自然の一部、木や花や草に心慰められる。コンクリートで固め られた部屋に住み、月まで行くようになろうとも、だからこそ自然が必要になる。ただし“緑 の手”を持っていない私は、鉢植えを買ってきてもすぐに枯らしてしまうので、もっぱらどこ かに出かけて見るか、切り花を買ってくるのみ。それもできない仕事中は、窓から見える屋 根の間にわずかにのぞく木々を、眺めるしかない。自然を満喫するのは、休日の楽しみ だ。

 今は桜も終わり、木蓮や花すおうが咲いている。だんだん花の色が濃くなって、赤紫に。 やがて藤や花菖蒲の季節が来る。今年はどこへ出かけよう。毎年春から夏にかけて、花 の名所の本を片手に考える私である。

 
 99年4月20日UP

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