エッセイ・四角い箱から

 
第1回 『七つ道具』 
 
 仕事を始めるときに用意するものがある。まんがを描く道具はもちろんであるが、その他に無くてはならないものが。

 まず、爪切り。最近三味線を習っているので、弦を押さえる左手の爪は短くしなければならない。その時点で、右手の爪は放っておく。そして原稿に向かうときはペンを持つのに邪魔になる右手の爪を切るのだ。従って私の指の爪はいつもちぐはぐである。綺麗に伸ばしてマニキュアで飾っているお嬢さん達から見たら、とんでもないことだろうが。

 それから、傷バン。べつにペン先でしょっちゅう指を突くからなどということではない。ペン軸の当たる右手の中指が痛くなるので、事前に貼っておく。
 そして、指無し手袋とレッグウォーマー。勿論、防寒のため。それから、眠気覚ましの時のガムと目薬。因みに偶然ながら、川口選手がコマーシャルに出演しているヤツ―。

 それらの物を机のまわりに置き、ようやく私の仕事が始まるのである。 つまりそれは、儀式なのだ。「さあ、これから仕事をするぞ」というカタチ。役者が化粧をしながら役に変身していくように、道具を並べて“遊び人”から“まんが家”に変わる。約10日間、机の上が世界のすべてになる―。

 さて、原稿が上がった私は、それらの道具を片づけ机から解放される。今までならその後すぐ、サッカー観戦、着物でお出かけ、次の仕事まで机に向かうことはない。だが、これからは少し違う。別の机の上の、黒く四角い箱に向かい、そこから広がる世界へと遊びに出ることになるだろう。 

 
98年10月20日UP

着物deサッカー