08b 高山植物花旅ガイド1
 
〈朝日山地〉
 新潟と山形の県境をなす朝日山地は花崗岩の山塊で,火山の多い東北地方の山の中で
は,一風変わった山容を持ちます。最高峰の大朝日岳でも標高は1870mとそんなに高くは
ありませんが,冬のドカ雪と季節風のため,亜高山帯針葉樹林を欠き,1300mを超えると
もう高山の雰囲気が漂い始めます。特に珍しい植物がある訳ではありませんが,ミヤマ
ウスユキソウやミヤマキンバイ,タカネマツムシソウなどの大群落は息を飲む程素晴ら
しいです。大鳥池から朝日鉱泉まで,大らかな山容を辿りながら高山植物探訪の山旅が
楽しめます。
 まず,ブナの原生林をじっくり味わいながら大鳥池へ向かいます。ブナやミズナラが
岸まで迫り,静けさに包まれた別天地です。以東岳へのルートは2本ありますが,花旅
にはオツボ峰経由がいいでしょう。三角峰の辺りから花が多くなり,6月下旬〜7月上
旬はヒメサユリ,7月上旬〜中旬はニッコウキスゲ,7月下旬はオオバギボウシ,8月
上旬〜中旬はタカネマツムシソウがお花畑を作ります。
 オツボ峰から以東岳へかけての尾根道も花が多いです。以東岳山頂から朝日山地の主
稜線が遥かに続き,眼下には熊の敷皮のような形の大鳥池が光っています。山頂付近の
乾燥した草原では7月上旬にミヤマウスユキソウとミヤマキンバイ,中旬はハクサンシ
ャクナゲ,8月上旬にはトウゲブキとオオバギボウシの群落が見られます。以東小屋の
ある東谷源頭もアオノツガザクラやモミジカラマツが群落を作り,ゆっくり探勝したい
ところです。
 以東岳からは山頂漫歩の気楽な山旅です。イブキジャコウソウやイワカガミなどを楽
しみながら中先峰を越えます。狐穴は緩やかな起伏の草原が開け,幾筋もの細い流れが
お花畑を作っています。イワイチョウやニッコウキスゲが咲き,爽やかな風が吹き抜け
る気持ちのよいところです。
 寒江カンコウ山一帯の稜線西側の乾燥した装置は,7月上旬になりますとミヤマウスユキ
ソウが群生します。ガスに包まれた日は銀白色のミヤマウスユキソウが草地に浮き出て,
一層印象的です。この時期にはムシトリスミレも登山道の脇に花を開き,三方池や百畝
ヒャクネ畑の湿地にはヒナザクラが見られます。
 6月中旬〜7月上旬の西朝日岳の風衝地には,乾燥したところに咲く花が多いです。
イワウメ,ミヤマキンバイ,ミヤマウスユキソウ,イワカガミなどが相模山の雄姿を背
景にして群生します。山頂を越えた下りはハクサンイチゲのお花畑が広がっています。
8月上旬になりますと,ハクサンイチゲに替わってハクサンシャジンとトウゲブキが咲
きます。西朝日岳を過ぎて中岳を越えます。次のお花畑は金玉水のある根子川源流です。
7月上旬はイワカガミ,中旬〜下旬はコバイケイソウやニッコウキスゲ,ミヤマリンド
ウ,8月上旬〜中旬にはハクサンフウロやシラネニンジン,キンコウカ,イワショウブ
が咲き,雪渓の消える8月下旬になりますとウサギギクも黄色の花を開きます。此処を
過ぎますと大朝日岳はもう直ぐです。
 大朝日小屋のある台地も花の多いところです。7月下旬〜8月上旬にタカネマツムシ
ソウ,ウメバチソウ,タカネナデシコ,コガネギクなど,色とりどりの花が咲きます。
 大朝日小屋から小朝日岳へ向かいます。此処を越えればもう高山植物の花旅も終わり
に近付きます。鳥原山の山頂を少し下ったところには湿原があり,ミツガシワ,ミズバ
ショウ,キンコウカなど,湿原の花が咲きます。フィナーレは朝日鉱泉です。ブナの原
生林に抱かれた温泉で山旅の疲れを洗い流してしまいましょう。花旅には7月上旬〜中
旬が最適ですが,このシーズンは小屋は無人で,登山道もまだ残雪に覆われているとこ
ろがあり,ハードな山旅を強いられますが,それだけ花旅の成果は大きい筈です。縦走
に要する日程は三泊四日です。花をじっくり楽しむには,四泊はしたいものです。
 
〈飯豊山地〉
 飯豊山地は新潟,福島,山形の県境に位置する花崗岩の山塊です。飯豊山,大日岳,
北股岳など,標高2000m前後の山々が緩やかな起伏で連なります。残雪も多く,中生や湿
生のお花畑が随所に広がります。また,飯豊山付近には砂礫の多い風衝地があり乾生の
花も見られます。中腹から稜線にかけては,トチ,ミズナラ,ブナ,ダケカンバなどに
覆われ,針葉樹林帯を欠いています。冬の季節風とドカ雪は此処でも植生に大きな影響
を与えています。
 稜線で花が咲き始めるのは6月中旬頃です。門内岳や北股岳の西側稜線では,雪が解
ける側ソバからハクサンイチゲやミヤマキンバイが群落を作ります。梅花皮カイラギ小屋付
近では,これらの花に混じってミヤマクロユリも咲いています。ミヤマクロユリは東北
地方では珍しく,自生しているのは此処と月山だけです。6月下旬〜7月上旬は天候に
も比較的恵まれ,残雪と新緑に輝く山の花旅が楽しめます。
 飯豊山や北股岳の草地にはミヤマウスユキソウが花を開き,砂礫地にはオヤマノエン
ドウやミヤマキンバイが小さな塊カタマリを作って咲きます。チシマザサを切り開いた登山
道の脇にはヒメサユリやシラネアオイが見られます。切合キリアワセ小屋から地蔵岳にかけて
の稜線のヒメサユリは特に凄スゴいです。
 7月中旬になりますと梅雨空が広がり,雨や曇天の肌寒い日が多いです。この頃ニッ
コウキスゲやコバイケイソウが咲き始めます。
 夏空が広がるのは7月下旬です。特産のイイデリンドウを始め,色とりどりの花が山
上を彩ります。門内岳から飯豊山までの稜線で見られるイイデリンドウは,ミヤマリン
ドウと似ていますが,花冠の裂片と裂片の間にある副片が立ち上がっているので区別で
きます。マルバコゴメグサも特産しますが,コゴメグサの仲間の区別は難しいです。
 初夏から盛夏にかけて,飯豊山地と朝日山地の花旅をしてみますと,サクラソウの仲
間の分布で面白いことに気付きます。飯豊山地では洗濯平や御手洗ミタラシ池付近などの湿
ったところにハクサンコザクラが咲いていますが,朝日山地にはなく,逆に朝日山地で
大群落を作っている白いヒナザクラは,飯豊山地にはありません。同じ花崗岩で似たよ
うな山塊にも拘わらず,高山植物の中でも特に美しい2種類が棲み分けをしているので
す。
 夏の主稜線を彩るお花畑を幾つか挙げてみましょう。ギルダ原の草原に咲くタカネマ
ツムシソウの群落は圧巻です。梅花皮岳から烏帽子岳にかけての稜線には,ハクサンシ
ャジン,イブキトラノオ,ニッコウキスゲなどが咲き乱れています。石転び沢の源頭も
花が多く,雪渓を登ってきた登山者の目を楽しませてくれます。御西岳付近の御鏡沢源
頭部は,チングルマやコバイケイソウのお花畑が広がり,弘法清水付近にはイイデリン
ドウが多いです。飯豊山地の縦走コースで最もポピュラーなのは,飯豊温泉から入山し
て飯豊鉱泉へ下山するコースで,三泊四日は必要でしょう。
[次へ進んで下さい]