51c 虫を詠める和歌
［蝉ｾﾐ］
空蝉ｳﾂｾﾐの 命ををしみ 浪にぬれ いらごの島の 玉藻苅り食ｦす（萬葉集 一雑歌）
うつ蝉の身をかへてげるこのもとに なを人がらのなつかしき哉
うつせみのはにをく露のこがくれて しのびしのびにぬるゝ袖かな
（源氏物語 三空蝉）
是をみよ人もすさめぬ恋すとて 音をなく虫のなれるすがたを
（後撰和歌集 十一恋 源重光朝臣）
いまはとてこずゑにかゝる空蝉の からをみんとはおもはざりしを
（平ながきがむすめ）
返し
わすらるゝ身をうつせみのから衣 かへすはつらき心なりけり（源巨城）
（後撰和歌集 十二恋）
いづれをかのどけきかたにたのまゝし 蓮の露と空蝉のよと
返し
蓮葉にうかぶ露こそたのまれる 何空せみのよをなげくらん（前大納言公任卿集）
女郎花なまめきたてるすがたをや うつくしよしと蝉の鳴らん（散木葉謌集 二夏）
我宿のつまはねよくや思ふらん うつくしといふむしのなくなる
（夫木和歌抄 九蝉 俊頼朝臣）
［茅蜩ﾋｸﾞﾗｼ］
隠ｺﾓﾘのみ 居れは鬱ｲﾌﾞｾみ なぐさむと 出で立ち聞けば 来鳴く日晩ﾋｸﾞﾗｼ
（萬葉集 八 夏雑歌）
黙然ﾓﾀﾞも有らん 時も鳴かなむ 日晩の 物念ふ時に 鳴きつゝもとな
（萬葉集 十夏雑歌）
暮ﾕふ影に 来鳴く日晩し 幾許ｺｺﾀﾞｸも 毎日ﾋｺﾞﾄに聞けど あかぬ音ｺｴかも
（萬葉集 十秋雑歌）
なきかへるこゑぞきほひて聞ゆなる まちやしつらんせきのひぐらし
（蜻蛉日記 中ノ上）
［衣魚ｼﾐ］
おのづからうちおくふみの月日へて あくればしみのすみかとぞなる（拾遺愚草 下）
［われから］
恋わびぬあまのかるもにやどるてふ われから身をもくだきつる哉（伊勢物語 下）
蜑ｱﾏのかるもに住虫の我からと ねをこそなかめ世をばうらみじ
（古今和歌集 十五恋 曲侍藤原直子朝臣）
君を猶うらみつるかなあまのかる もにすむ虫の名を忘つゝ
（拾遺和歌集 十五恋 閑院大君）
［蜘蛛ｸﾓ･ｻｻｶﾆ］
わがせこが くべきよひなり さゝがにの くものおこなひ こよひしるしも
さゝらがた にしきのひもを ときさけて あまたはねずと たたひとよのみ
（日本書紀 十三允恭）
わかれにし人はくべくもあらなくに いかにふるまふさゝがにぞこは
御返し
きみくべきふるまひならぬさゝがには かきのみたゆるこゝちこそすれ
（栄花物語 三十五蛛のふるまひ）
ゆふざれのもやのつまづまながむれば てづからのみぞくもゝかきぬる
くものかくいとぞあやしき風吹ば そらにみだるゝものとしるしる
つゆにてもいのちかけたるくものいに あらきかぜをばたれかふかせん
（蜻蛉日記 下ノ中）
つねならぬ身はさゝがにの糸なれや 天つ空なるたのみかくらん
（古今和歌六帖 六 ふんのあさやす）
さゝがにのくものはたてのうごく哉 かぜを命におもふなるべし（重之集 下）
さゝがにのもろてにいそぐ七夕の くもの衣はかぜやふくらん（実方朝臣集）
我宿のあるじも今はなげくまじ くものやへがきひくもなくみゆ（赤染衛門集）
さゝがにのくもでにかけて引くいとや けふ七夕にかさゝぎのはし（山家集 上）
［蝸牛ｶﾀﾂﾌﾘ］
牛の子にふまるな庭のかたつぶり 角のあればとて身をなたのみそ（寂蓮法師）
家は捨ずなにかなにはのかたつぶり つのくにありと身をたのむらん（藤原為顕）
（夫木和歌抄 二十七蝸牛）
［蚯蚓ﾐﾐｽﾞ］
ちからなきかへる 力なきかへる ほねなきみゝず ほねなきみゝず（催馬楽）
［蛭ﾋﾙ］
世中にあやしき物は雨ふれど 大原川のひるにぞありける
（拾遺和歌集 九雑 恵慶法師）
△虫雑載
うつまさは かみともかみと きこえくる とこよのかみを うちきたますも
（日本書紀 二十四皇極）
草づゝみ 身疾ﾔﾏﾋ有らせず 急ｽﾑﾔけく かへし賜はね 本之国ﾓﾄﾂｸﾆべに
（萬葉集 六雑歌）
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