45a 植物の世界「植物染料のいろいろ」
〈実用性のあるコガネバナ〉
ところで,これらの植物染料によって染めた黄色は何れも日光に弱く,実用品として
は不十分なものばかりでした。そこで筆者(高橋誠一郎氏)等が多くの植物を調査し,
見出したのがコガネバナの根です。実用性に耐え得る堅牢性を持ち,10年程前から,黄
色染料として多用されるようになりました。
赤系の色を染められる植物は,色素自体は黄色から橙色又は茶色をしていて,錫やア
ルミニウムなどの金属によって媒染しますと赤系に発色するものが多い。色素自体が赤
いものは,染料として染められないか,染まっても金属によって媒染しますと青色から
紫色に発色する場合が多く,そのまま赤色に染められるものは,ベニバナなど極僅かで
す。
〈赤染めのアカネ,ベニバナ〉
根を赤色染め染料とするものには,アカネ科のアカネや,「マダー」と云う名で輸入
されるアカネ属の数種の植物があります。発色は橙色ですが,同じアカネ科のカワラマ
ツバやアリドオシなどの根も染料になります。これらの植物は何れもアントラキノン系
の色素を含んでおり,媒染することによって堅牢な赤が染められます。アカネは本州以
南に普通に自生し,古代から赤色染料として用いられて来ました。根は,掘り出した直
後は橙黄色ですが,放置して置きますと次第に赤くなります。マダーは,多くの文献に
おいてはムツバアカネ(セイヨウアカネ)とされていて,イラン産のものがその種だと
思われます。一方,インド産のものは,根の形態も発色も異なり,明らかに別種と考え
られます。更にパキスタン産のものは,根の形態はインド産に似ていますが,発色はイ
ラン産と同じです。実際には,全て「マダー」の名で取引されているため,正確な種名
を調べるのは難しい。
材を赤色染料とするものに,スオウ(ジャケツイバラ科)があります。熱帯産の高木
で,わが国には古くから染料として入っていました。媒染する金属の種類によって赤色
から紫色に発色しますが,日光によって褪色しやすいため実用品の染色には適しません。
花を赤色染料とするものに,ベニバナがあります。花冠を水洗いして水溶性の黄色色
素を除いた後,アルカリ性にしますと赤色色素が抽出されます。日光やアルカリには弱
いが,青味のある鮮明な赤色が染められます。色素を精製して,口紅としても用いられ
ました。
〈ムラサキはタンク内培養も〉
わが国に自生するムラサキは,その名の通り,紫色を染めるのに根が古くから用いら
れて来ました。色素は暗赤色で,水には溶けず,アルミニウムで媒染することによって
紫色に発色します。ただ現在,ムラサキの根は入手が難しく,主に中国産の「軟紫根」
(ムラサキ科のアルネビア・エウクロマ)が用いられています。一方,バイオテクノロジ
ーの技術を利用して,タンク内において培養されたムラサキの色素液も商品化それてい
ます。
〈数少ない青染めの藍〉
青色を染める植物は少なく,藍を採るもの以外では,クサギ(クマツヅラ科)の果実やア
ントシアニン類を含むツユクサの花弁,ナスの果皮位です。クサギは秋に熟して青くな
った果実を染料にして,媒染剤なしで青緑色が染められます。一方,アントシアニン類
の場合は,アルミニウムや銅の媒染によって青色から青緑色が染められます。藍の色素
成分であるインジゴを含む植物は種類が多く,所属する科も10以上に上ります。マメ科
のコマツナギ属のものは一括して「インド藍」と呼ばれ,ヨーロッパにおいては「ウォ
ード」と呼ばれるアブラナ科のタイセイ属植物が用いられていました。わが国において
は,タデ科のアイの葉を発酵させた「染(草冠+染)スクモ」が用いられ,九州南部から琉
球諸島に分布するリュウキュウアオイ(キツネノマゴ科)の色素成分を抽出,沈殿させ
たものは,「泥藍ドロアイ」と呼ばれました。何れの植物藍も合成のインジゴが出現したこ
とによって急速に衰退し,現在は工芸分野においてのみ用いられているに過ぎません。
因みにラン科のエビネ属には藍を含むものが多い。染料としての価値はありませんが,
淡い青色なら十分に染めることが出来ます。
最も植物らしい色である緑色はどうでしょうか。クロロフィル(葉緑素)は,全ての
緑葉に含まれている最も有り触れた色素ですが,分解しやすく水にも溶けないため,そ
のままでは染料としては使えません。ソーダ灰などの弱アルカリによって抽出し,黄色
から茶色系の色素を除いた後,強アルカリによって抽出しますと,水溶性になって染め
ることが出来ます。
〈正体不明の緑色染料〉
クロロフィル以外で確実に緑色が染められる染料に,「ロカオ(緑膏)」があります。
文献に拠りますと,中国において製造され,ヨーロッパにも輸出されていたようですが,
現在はその正体が不明で,ロカオ自体もロカオで染めた布も見付かっていません。原料
植物として,クロウメモドキ科のシーボルトノギクやクロツバラなどが考えられますが,
文献通りの方法では,ロカオを作ることは出来ませんでした。
茶色を染めるには,タンニンを含む植物が適しています。実際には,木本の樹皮や材
にはタンニンが含まれていて,殆どが染料として使えます。草や葉にも使えるものが多
い。アルカリを加えて煮沸シャフツしますと抽出されやすく,色も濃く変化します。鹿児島
県の「大島紬ツムギ」は,シャリンバイ(バラ科)の材に含まれるタンニンを利用した染
色で,消石灰ショウセッカイと共に泥に含まれている鉄分によって媒染し,茶色味のある黒色に
発色させたものです。
ところで,赤 − 紫 − 青系まで,花や果実の幅広い色を発現しているものがアント
シアニン類で,勿論染色にも用いられます。アントシアニン類は,アルカリ性から中性
では分解しやすいため,酸性によって抽出します。酸性液では紫や青の色素も全て赤色
に変わり,布も赤く染まります。ただし,そのままでは不安定なので媒染します。アン
トシアニン類のみを含む場合は,媒染しますと紫 − 青 − 青緑系に発色するものが大
部分で,更にフラボノイド系の色素やタンニンが含まれる場合は,それらが混合した色
になります。アントシアニン類には,金属によって発色が変わらないものもあり,それ
らはピンクから赤色を染めることが出来ます。
〈新しい価値〉
植物に含まれる色素成分を利用することによって発展して来た染色も,現在において
は合成染料が中心になり,植物染料は染料としての価値を失ってしまいました。しかし,
最近になって,抗菌効果や皮膚に優しい点などが注目され,工業的にも見直されつつあ
ります。一方,趣味の世界においても,合成品を含まない「安心して使える」染料とし
て,愛好者が増えています。古代から用いられて来た植物染料は,こう云った新しい価
値を与えられ,滅びることなく受け継がれて行くことでしょう。
関連リンク 古来の染色植物「草木染」
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