40a 植物の世界「受粉の合理化を極めた花たち」
〈開放花と閉鎖花の使い分け〉
閉鎖花だけを付ける植物は極稀で,普通スミレ属のように開放花も付けます。自家受
精による確実な種子生産を行う閉鎖花に対し,開放花の目的は他家受精による質の異な
る種子を得ることにあると考えられます。開放花には比較的大きく目立つ花冠カカンがあ
り,蜜や香りを十分に出し,葯と柱頭は空間的に離れているのが普通だからです。裏返
して云いますと,閉鎖花と云う完璧な自家受精の装置は,開放花により他家受精の可能
性を残すことを条件に発達したと考えられます。
閉鎖花と開放花のバランスは種によって異なり,閉鎖花の役割は単純ではありません。
それぞれの種がどのような生活条件下において,どのような繁殖戦略を採用しているか
を具体的に検討することなしには,明らかにならないでしょう。
開放花と閉鎖花の違いのうち意外に重要なのは,種子生産に必要なコストの大きさで
す。前述したように,花の大きさや花弁,蜜腺の有無のほか,花粉数も異なり,閉鎖花
のコストは低い。例えば,ナガハシスミレの花粉数を比べて見ますと,閉鎖花において
は1花当たり1000個弱であり,開放花の3万~5万個に比べて著しく少ない。受精効率
が良いので,僅かな花粉で十分なのでしょう。
コストがかからないと云うことは,条件が悪く十分な生産活動が出来ない場合や未熟
な幼植物でも,閉鎖花をつけるのが可能なことを意味します。実際,ナガハシスミレや
センボンヤリにおいて調べられたケースでは,春に開放花を付けなかった小個体が閉鎖
花を付け,また林内の暗い場所においては開放花が激減し,閉鎖花の比重が増すことが
観察されています。
開放花と閉鎖花の間には,花の交配様式の違いだけでなく,種子の散布力や芽生えの
出現時期などの様々な相違が結び付き,一種のシンドローム(症候群)を形成している
ことが多い。ヤブマメの場合を見てみましょう。
〈ペシミスティックな戦略〉
マメ科の一年草のヤブマメは特異なことに,花を3種類付けることです。つまり,地
上に開放花と地上閉鎖花,地下に地下閉鎖花が付きます。地下閉鎖花は地下茎に付くほ
か,匍匐ホフク茎や地上の蔓からクモの糸のような細い枝を下ろしてその先に付きます。地
上閉鎖花は長さ5㎜程で,開放花の3分の1程度ですが,地下閉鎖花は更に小さく,長
さ約0.5㎜です。構造や受精の方法は,基本的にスミレの閉鎖花と変わりません。
ヤブマメの奇妙な点はもう一つあります。それは種子にも全く異なる二つのタイプの
あることです。地上の2種類の花からは,マメ科に普通に見られるような莢サヤが生じ,
中に3個の小さい種子が出来ます。一方,地下閉鎖花の果実は丸く,ときに直径1㎝を
超す大きな種子が1個入っています。この2種類の種子は全く似ていませんので,同じ
植物のものとはとても想えません。
種子の大きさの違いは,含まれる貯蔵物質の差を意味しており,予想されますように,
生じる芽生えの大きさや生長速度も明らかに異なります。勿論,葉も茎も地下種子の芽
生えが倍近く大きい。実生ミショウが大きく,初期生長も速いと云うことは,地下種子由来
の個体が強い競争力を持つことを示しており,実際,生存率は地上種子由来の個体より
遥かに高い。
地上と地下の種子には,大きさの違いのほかにも重要な違いがあります。まず,耐乾
性で,地上種子は水分を失って硬く,乾燥に強いが,地下種子は柔らかく,地上に置き
ますと直ぐにひからびてしまいます。また,散布方法も散布力も異なります。地上の莢
は弾けて自力散布し,最大4m程飛びます。地下の果実は特に散布のメカニズムを持た
ず,種子は果実の生じた場所において発芽します。地下種子は競争力を,地上種子は生
育地を拡大する役割を担っていると思われます。
ヤブマメは何故このような手の混んだことをするのでしょうか。光条件を変えて栽培
しますと,開放花は明るい条件において大きな現存量に達した個体のみが付くこと,地
上閉鎖花は明るい条件においては多数作られますが,暗くなるに従って急激に減少する
こと,地下閉鎖花は暗い条件においても僅かながら付けることが分かりました。つまり,
光条件が悪くなるとまず開放花を,次いで地上閉鎖花を切り捨てますが,地下閉鎖花だ
けはなんとか確保しようとしているように観えます。このような習性は「ペシミスティ
ックな戦略」と呼ばれることがあります。ヤブマメは,明るい開放的な場所と閉鎖的な
場所が混在する林縁を主要な生活の場とする植物です。そのようなモザイク状の,しか
もそれが植物の生長に連れて変化し続ける空間において,開放花と地上閉鎖花により開
放的な場所を,地下閉鎖花により閉鎖的な場所を利用すると云う具合に,巧みに使い分
けているのでしょう。
〈花でなくなりつつある花〉
最後に,「花であることを止めた花」とも云うべき,無性生殖の器官に変わってしま
った花を紹介しましょう。
生活形の提唱者として知られるデンマークの植物生態学者ラウンケル(1860~1938)
は,セイヨウタンポポの蕾を剃刀によって約半分に切り,柱頭を取り除いても種子が出
来ることを確かめました。つまり,受精することなく無性的に種子を作ることを確認し
たのです。これは一種の単為タンイ生殖ですが,植物の場合は無融合生殖と呼びます。キク
科のタンポポ,ニガナ,ヒメジョオン,バラ科のキイチゴなどにおいて知られています。
普通の花においては,受精の完了後に初めて種子形成が始まるのは云うまでもありま
せん。ですが,無融合生殖の花の場合は,胚ハイや胚乳ハイニュウの発生は花が開く前に始まっ
ています。例えばセイヨウタンポポは,開花1日前の蕾で,既に30細胞の胚と4細胞の
胚乳,開花日には108細胞の胚と159細胞の胚乳が観察されています。
カントウタンポポのように有性生殖を行うタンポポの頭花トウカは,3~4日咲き続けま
すが,セイヨウタンポポは1日咲くと閉じてしまいます。咲く必要もないのでしょう。
花粉は役に立たないのですから,そのうち退化してなくなってしまってもよさそうです
が,実際,東京近郊のセイヨウタンポポには,花粉を全く作らないものが増えています。
無融合生殖の花は,同花受粉花を付けるものと同様,1個体だけで繁殖出来ます。セイ
ヨウタンポポが都市の荒れ地において爆発的に増殖出来る秘密の一つは,こうした繁殖
方法を採ることにあります。
ところで,無融合生殖によって出来る種子は,「母親」と同じ遺伝子を持つクローン
の筈です。無融合生殖を行うシロバナタンポポを調べた結果,驚くべきことが分かりま
した。これまで調べられた100個体以上が全て同一クローン,つまり1株であったので
す。日本中のシロバナタンポポが統一クローンの可能性もあります。
花の無性化には,もう一つのやり方があります。それはノビル,ムカゴトラノオなど
のように,種子を作るのを止め,花が零余子ムカゴ化することです。この現象は「ビビパ
リィ(胎生の意)」と呼ばれます。
無融合生殖やビビパリィなど花の無性化は,自家受精から更に一歩進化した結果では
なく,全く別の原理によるものと考えられています。それは「不稔フネン性の解決」です。
花の無性化を行った植物は全て倍数体であり,筆者は花の無性化は多分3倍体において
生じたものと考えています。3倍体は,花粉や胚珠ハイシュが不稔になりますので,種子を
作れません。花の無性化が伴って起きた場合にのみ,生じた3倍体は生き残り得たので
しょう。
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