34a 植物の世界「虫瘤コブの話」
〈虫えいと真社会性の発現〉
エゴノキ科の樹木にも様々なアブラムシの虫えいが形成されます。例えばハクウンボ
クハナフシアブラムシは,ハクウンボクの芽に2年越しの大きな虫えいを形成します。
この虫えいの中の全ての個体は,その虫えいを創設した1個体が単為生殖によって産ん
だ子孫であり,全て遺伝的に全く均一なクローンです。そしてこのクローンの中に,繁
殖力を持たない不妊カスト(階級)の兵隊アブラムシが出現します。この兵隊は外敵か
らの防御だけでなく,糞を外に捨てるなど虫えい内の掃除もします。
親と子の世代が共に暮らし,群れが共同で育仔イクジに携わり,子の間に繁殖階級と非
繁殖(労働)階級の分化が生じている状態を真社会性と云います。従来ハチ目とシロア
リ目だけで見付かっていた真社会性が,カメムシ目のアブラムシにおいても発見された
ことは注目されます。
アザミウマ目(総翅ソウシ目)のアザミウマは,ハチ目のように半倍数性の性決定様式(
倍数体が雌,半数体が雄になる)を持つ昆虫ですが,最近オーストラリアの虫えい形成
性のアザミウマにおいても真社会性が発見されました。アカシアタマクダアザミウマの
有翅雌成虫は,春にネムノキ科アカシア属の1種であるアカキア・メルウィレイの仮葉カ
ヨウを吸汁し,虫えい形成を誘導します。虫えいは1個体の雌成虫によって形成されます
が,虫えい内のその子孫には長翅チョウシ型と短翅タンシ型の2型があります。短翅型は大きく
頑丈な前脚を持ち,長翅型より早く羽化します。彼等は他の虫えいを攻撃して奪う虫え
い略奪性アザミウマなどの外敵に対して反撃し,虫えいを防御します。短翅型の殆どは
雌であり産卵可能ではありますが,交尾出来ないため,産卵したとしても半数体の個体,
つまり雄しか産むことが出来ず,兵隊カスト(非繁殖階級)であると見なすことが出来
ます。後から羽化する長翅型は雌雄が揃っており,繁殖階級です。
この真社会性アザミウマの発見は,虫えい形成性のアブラムシにおいても兵隊アブラ
ムシが出現しているように,虫えい中の血縁個体の集団生活が真社会性を導いた可能性
があり,興味深い。しかし一方において,ハチ目において真社会性が何度も出現してい
ますように,半倍数性の性決定様式が真社会性を導いた可能性も考えられ,断定は出来
ません。
〈農作物への大被害〉
ハチ目(膜翅マクシ目)においてはタマバチ科が虫えい形成昆虫となっており,その宿主
植物はブナ科とバラ科バラ属に集中しています。インク製造にタンニンが利用される没
食子は,ナラ類に形成されるタマバチの虫えいです。ブナ科のコナラやミズナラの芽に
形成されるリンゴのような色と形の虫えいは,ナラリンゴタマバチによるものであり,
これも没食子の一種です。古くからコナラノス(『万葉集』)とかナラノキダンゴと呼
ばれて来たものは,この虫えいらしい。これらのタマバチは有性世代と無性世代の間の
世代交代を行いますが,虫えいの形態や部位,成虫のサイズなどは両世代間において大
きな違いが見られます。
クリタマバチはブナ科のクリの芽に虫えいを形成する重要害虫です。1941年に岡山県
において起こったクリタマバチの大発生は瞬く間に全国に波及し,各地のクリ園に大き
な被害をもたらしました。この被害を免れたクリの幾つかの抵抗性品種がその後各地の
クリ園に改植されましたが,クリタマバチの新系統が次々に生まれて来ては同じような
大発生を繰り返しています。
本来この虫えいにはクリマモリオナガコバチと云う在来の寄生バチがおり,和名から
も分かるように自然状態においての虫えい発生の密度を低く抑えていました。長い産卵
管を虫えいに突き刺して,中に居るクリタマバチの幼虫に産卵・寄生するのです。しか
し単一品種の画一栽培と農薬の散布が,天敵による害虫発生の制御システムを崩してし
まったようです。最近,中国からクリタマバチの天敵チュウゴクオナガコバチがわが国
に導入され,場所によってはクリマモリオナガコバチと置き換わりつつあります。
植物寄生性のウイルス,細菌,菌類,線虫などによって引き起こされる様々な症状は
「病気」として扱われることが多いが,組織の肥圧を伴う病微は矢張り「えい」と呼ば
れます。水辺に生えるイネ科のマコモの芽にはタケノコのような「えい」が出来,菰角
コモヅノと呼ばれました。このえいは担子菌タンシキン亜門クロボキン科のマコモノズミの寄生
によって出来たものです。この若い菌えいは柔らかく,中華料理に用いられ,台湾にお
いて盛んに栽培されています。この菌えいが熟しますと,その中に黒穂菌の黒い胞子が
充満しますが,わが国においてはこれを乾燥させて眉墨マユズミやお歯黒に用いたと云いま
す。同属の別種トウモロコシノオバケはトウモロコシの若い種子を異常に肥大させ,昔
の人を驚かせました。
微生物の作るえいの中には,根粒菌コンリュウキンのように窒素チッソ固定をして植物と相利共
生ソウリキョウセイ的な関係にあるものもありますが,ネコブセンチュウのように植物の生長を
著しく阻害するものもあります。植物寄生性の線虫による作物の被害は莫大なものです
が,その大半はネコブセンチュウによるものです。
〈虫えい形成のメカニズム〉
ネコブセンチュウは経済的に最も重要な虫えい形成生物であり,虫えいの形成メカニ
ズムに関して最もよく研究されている生物の一つです。ネコブセンチュウは約2000種も
の植物の根に虫えい形成を誘導し,その中に寄生をする線虫です。土壌中の第2期幼虫
が宿主植物の根に侵入し,食道腺の分泌物を根の原生ゲンセイ篩管細胞に注入します。この
物質がどのようなものかは未だ明らかにされていませんが,細胞の遺伝子の発現パター
ンを大きく変えてしまいます。この細胞は細胞分裂を伴わない急速な核分裂によって,
多核の巨大な細胞に変化して行きます。この巨大細胞は栄養物質の集積場所となり,ま
た同時にネコブセンチュウの恒久的な摂食場所となります。そしてこの巨大細胞の周り
の細胞にも異常肥大が起こり,線虫えいが形成されます。この過程においてネコブセン
チュウは移動能力を失い,洋ナシ状の雌成虫になり,数百の卵を産むのです。
虫えい形成のメカニズムは,分子生物学の分野においても大きな関心を集めているテ
ーマです。昔から自然界の怪異の象徴であった虫えいは,現在においても新たな謎を秘
めて其処此処の植物の上に出没しています。
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