28 植物の世界「果樹品種の誕生と発達」
 
           植物の世界「果樹品種の誕生と発達」
 
                      参考:朝日新聞社発行「植物の世界」
 
 果樹,即ち果物のなる木は,太古の昔から人々な親しまれて来ました。野生の果実を
利用することから始まり,長い間の改良を経て,沢山の品種が出現し,今日のように美
しくて美味しい果物が年中出回り,私共の生活を豊かにしてくれるようになりました。
これらの果樹がどのように誕生し,改良され,品種として発達したか,幾つかの事例を
挙げて紹介しましょう。
 果樹の仲間は種類が多く,生まれ育った場所も多様です。まず初めに,果樹の種類と
生まれ育った場所を示します。
 果樹の分類には,植物分類学の立場から系統立てて分類する自然分類法と,人間が果
実を利用する立場から分類する人為分類法とがあります。自然分類法によって分類しま
すと,よく知られているものだけでも約30科に亘っています。特にバラ科とミカン科の
種類が多く,クワ,バンレイシ,ウルシ,ムクロジ,マタタビ,ツツジの各科に属する
ものがそれに続きます。
 果実を利用する立場から人為分類する場合は,リンゴ,ナシ,ビワなどの仁果ジンカ類,
モモ,スモモ,ウメ,オウトウ(セイヨウミザクラ)などの核果カクカ類,カキ,ブドウ,
柑橘類などの液果エキカ類,クリ,クルミなどの堅果ケンカ類の4群に分けることが広く行わ
れています。このほか,常緑果樹と落葉果樹に分けたり,気候適応性によって温帯果樹,
亜熱帯果樹,熱帯果樹に分類することもあります。
 これら非常に多岐に亘る果樹を改良する場合,植物学的な類縁関係を知っておくこと
は勿論のこと,何処において生まれ,何処において育ったかを追求することは大変に重
要です。
 
〈五つの生まれ故郷〉
 ロシアの農学者ニコライ・バビロフは,栽培植物は起源地において最も遺伝的変異が多
く,近縁の植物も豊富になると云う原生中心説を唱え,この考えに基づいて栽培植物の
起源地8地域を設定しています。
 筆者はこのバビロフの説を基に,果樹の起源地を@東アジア,A東南アジア,B中央
アジアからヨーロッパ,C中央・南アメリカ,D北アメリカの5地域に大別してみまし
た。これらの地域には,それぞれ現在広く栽培されている果樹の野生種や数多くの栽培
種が生育しています。
 
 @中国,日本など東アジアには,モンスーン気候に適応した,雨や病気に強い果樹が
生まれました。モモ,ウメ,スモモ,ニホンナシ,ニホングリ,カキ,ビワ,キウイフ
ルーツ,ヤマモモ,オニグルミなどです。
 A東南アジア,ヒマラヤの南部,南アジアには,高温多雨に適応した常緑の熱帯果樹
や亜熱帯果樹が生まれました。ミカン類,ブンタン,レモン,マンゴー,レイシ,マン
ゴスチン,バナナ,リュウガン,ドリアンなどです。
 B中央アジア,小アジア,ヨーロッパには,乾燥や寒さに強いリンゴ,セイヨウナシ,
クルミなどと,雨が少なく暖かい気候に適するヨーロッパスモモ,ブドウ,イチジク,
ザクロ,アーモンドなどがあります。
 Cペルー,コロンビア,ブラジルなどの中央・南アメリカには,熱帯,亜熱帯に適す
るパイナップル,パパイア,アボカド,チェリモヤ,フェイジョア,パッションフルー
ツ,アセロラ,カシューナッツなど珍しい果樹が生まれました。
 D北アメリカにはペカン,ブルーベリー,ポポー,クランベリーなど,栽培の歴史が
浅く,あまり知られていない果樹が多いが,果樹の基となった環境適応性に富む野生種
が現在も豊富にあります。
 
 以上の5地域から生まれた果樹から,現在の多様な品種が生まれましたが,勿論直ぐ
に美味しい果物が食べられるようになった訳ではありません。果樹は,果実がなるまで
にある程度の年数を要します。また,仮令タトエ果実がなっても,その土地の気候風土に適
応するまでに何世代か要することもあります。普通,木は大きくなりますので,広い土
地も必要です。
 果樹には雑種のものが多く,種子繁殖しますといろいろな形質のものが出てくるので,
それだけ多様なものを選抜することが出来ます。それによって一度優良な個体が得られ
ますと,接ぎ木,挿し木,取り木などによって繁殖させますので,大量に同じ形質のも
のを養成することも出来ます。
 また,果樹は環境適応性のある野生種を台木に利用して栽培しますので,種子繁殖し
か出来ない植物よりも条件の厳しい土地において,高度に発達した品種を栽培すること
も可能です。
 それでは,果樹の品種を改良する方法を紹介してみましょう。
 
〈野生種を利用〉
 果樹の品種改良は,野生種の利用から始まりました。最も初歩的な方法ですが,現在
においても目覚ましい成果を挙げています。食料としてカロリーのあるもの,飲料とし
て水分の多いもの,薬用効果のあるもの,などが選ばれました。その中において味の良
いもの,外観の美しいもの,珍しいものなどが改良されて行きました。ヤマモモ,アケ
ビ,サルナシ,キイチゴ,スグリ,オニグルミは,現在においても自生している植物の
中から経済価値の高いものが選抜されています。特に,近年注目に値する発展を遂げた
のが,ブルーベリーとキウイフルーツです。
 
 ブルーベリーは,ツツジ科スノキ属の植物のうち,果樹として利用されているものの
総称です。わが国に自生しているコケモモ,シャシャンボ,クロマメノキなどと同じ仲
間で,北アメリカにはハイブッシュ・ブルーベリー,ローブッシュ・ブルーベリーなど沢
山の種類があります。
 20世紀初頭,米国農務省(コヴィル等)において,ハイブッシュ・ブルーベリーの野生
株の中から優良株の選抜を開始し,交配を繰り返して多数の品種を育成し,今日のブル
ーベリー栽培へと発展させました。彼らの育成した品種[コビル]は,1930年に交配さ
れて,実生ミショウが育成され,1949年に発表されました。その後,[ホームベル][ブル
ークロップ]など,寒さに強く,大果で美しい青紫色の品種が次々に誕生しています。
僅か100年の間に,野生果樹から新しい果樹へと発展した好例です。
 
 キウイフルーツは,マタタビ科マタタビ属に属する中国原産の果樹のチュウゴクサル
ナシが改良されたものです。
 チュウゴクサルナシは,中国からイギリスを初めとして世界中に伝えられましたが,
果実は小さくて酸っぱく,品質不良の果樹でした。英名の「チャイニーズ・グーズベリー
」も「中国のスグリ」と云う意味であり,スグリのように小さく,酸っぱい果実を付け
ることから名付けられました。
 このチュウゴクサルナシが,20世紀初めにニュージーランドにも渡り,キウイフルー
ツへと変身しました。ヘイワード等によって,大果で食味の良いものが選抜されて新し
い栽培品種が生まれたのです。[ヘイワード][ブルーノ]などの品種は1920年代に発
見され,1930年代に偶発実生として発表されました。経済栽培が開始されたのは1934年
なので,果樹として評価されてから未だ60年程です。あるとき,ある場所において,野
生種が突然,栽培品種に変身することを示した見本です。
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