26 植物の世界「マメ科栽培植物の起源」
植物の世界「マメ科栽培植物の起源」
参考:朝日新聞社発行「植物の世界」
世界の6地域に集中しているマメ科栽培植物約30種の野生祖先種と起源地は,最近の
研究によって可成り明らかになって来ました。野生種には見られない,栽培種に共通す
る特徴の多くは,人間の意志とは関わりのない「非意識的選択」によって作られたもの
です。
さて,世界において栽培されているマメ科植物(約30種)には,塊根カイコン(芋)を利
用するものもありますが,多くは豆果トウカ(莢サヤ)や種子を利用します。それらの野生祖
先種の多くは一年草で,繊細かつ華奢キャシャで,莢は小さく,種子も小さい上に硬い。莢
は,熟すと弾け,種子を撒き散らしてしまう。
これに対して栽培種は,大柄かつ立派で,軟らかい大きな種子や裂けない莢を付けま
す。食用や収穫には都合が良いが,自然条件の下において子孫を維持することは難しい。
栽培種は人類による長い利用の歴史を経て,野生種から栽培植物化する過程において,
自然にはない特徴を持つようになったのです。このようなマメ科の栽培植物は,何処に
おいて,どのように作られたのでしょうか。この答えは難しいが,近年になって,幾つ
かの解答が得られています。
〈成果の6地域に集中〉
一般に,ある栽培種の野生祖先種や多くの品種が分布する場所は,その故郷と考えら
れます。この場所は一定の地域に集中しており,マメ科栽培植物の場合は,中国を中心
とした東アジア,インド,地中海地域,アフリカ,中央アメリカ,アンデスと云う六つ
の地域に,穀物用のイネ科栽培植物と共に分布しています。近世までに世界的に広がっ
た種が少ないことや,毒抜きや消化されやすくするために複雑な調理技術が必要である
ことなどから,イネ科穀物に遅れて栽培され,それに不足している必須アミノ酸や蛋白
質を補う役割を果たして来たと考えられます。
野生祖先種については,これまで様々なな説がありましたが,酸素や種子蛋白質,葉
緑体DNAの変異の解析によって,可成り高い確度によって推定されるようになりまし
た。
主な食用マメ科栽培植物とその野生祖先種の分布
栽培植物 利用部位 自生地や原産地
ダイズ 種子 中国南部
アズキ 種子 日本,中国雲南
ツルアズキ 種子 中国南部,インドシナ
ヤエナリ 種子 インド
ケツルアズキ 種子 インド
モスビーン 種子 インド
キマメ 種子,莢 インド
ホースグラム 種子 インド南部
エンドウ 種子,莢 西南アジア(三日月地帯)
ガラスマメ 種子 西南・中央アジア
ソラマメ 種子 西南アジア
ヒラマメ 種子 トルコ〜ウズベク
ヒヨコマメ 種子 トルコ・アナトリア
シロバナルーピン 種子 地中海地域
キバナハウチワマメ 種子 地中海西部
アオバナルーピン 種子 地中海地域
ササゲ 種子,莢 東アフリカ
バンバラマメ 種子(地下結実) 中部アフリカ
ゼオカルパマメ 種子(地下結実) カメルーン
シカクマメ 種子,根茎,莢,葉,花 東アフリカ→ニューギニア
フジマメ 種子,莢 東アフリカ
ナタマメ 種子,莢 アフリカ→東南アジア
クラスタマメ 種子 アフリカ→インド
アフリカクズイモ 種子,塊根 東アフリカ
ベニバナインゲン 種子,莢 中央アメリカ
イヤーマメ 種子 中央アメリカ・グアテマラ
テパリーマメ 種子 中央アメリカ
インゲンマメ 種子,莢 中央アメリカ
ライマメ 種子 中央アメリカ
タチナタマメ 種子,莢 南アメリカ・アンデス
ラッカセイ 種子(地下結実) 南アメリカ・アルゼンチン
クズイモ 塊根 南アメリカ
インゲンマメ 種子,莢 南アメリカ
ライマメ 種子 南アメリカ
このように,中国を中心とした東アジアにおいて栽培されているアズキ,ツルアズキ,
ダイズの野生種は,それぞれヤブツルアズキ,蔓性の野生ツルアズキ,ツルマメです。
ダイズとアズキの起源地を中国北部とする説は,分が悪くなったものの,これらの野生
種は広い範囲に分布するため,起源地が中国南部か東アジアの数ケ所の広い範囲かは,
未だ分かっていません。
インドには,栽培種のヤエナリ(リョクトウ),ケツルアズキ,モスビーン,ホース
グラム,キマメと,その野生種があります。ヒマヤラ周辺からインドシナ山岳部におけ
るササゲ属の実態がよく分からないため,ヤエナリやケツルアズキの詳しい起源地は特
定されていません。
地中海沿岸から西南アジアには,栽培種のエンドウ,ガラスマメ,ヒヨコマメ,ヒラ
マメと,その野生種があります。エンドウの直接の祖先野生種は,やや湿った場所にお
いて低木に巻き付いて生える変種ピムス・サティウム・エラティウスではなく,より乾燥
した処や畑に生える変種ピムス・サティウム・プミリオと推定されています。ソラマメの
原産地も西南アジアですが,野生祖先種は見付かっていません。更に,栽培歴は新しい
が,この地域にはルーピン類(ハウチワマメ属の栽培種)も分布しています。
アフリカには,世界的に広がったササゲが起源したほか,栽培種のフジマメ,シカク
マメ,ナタマメ,更に地下結実性のバンバラマメ,ゼオカルパマメと,その野生種があ
ります。ササゲの直接の野生祖先種は,東アフリカに分布する亜種ウィグナ・ウングイク
ラタ・メンセンシスです。またクラスタマメや,塊根と種子を利用するアフリカクズイモ
も,栽培化が進んでいます。
アメリカ大陸においては,メキシコ南部や中央アメリカにおいて小粒系のインゲンマ
メとライマメ,ベニバナインゲン,イヤーマメ,テパリーマメが栽培化されています。
一方,アンデスにおいては,大粒系のインゲンマメとライマメ,ラッカセイと,塊根を
利用するクズイモ,莢や種子を利用するタチナタマメが栽培化されています。インゲン
マメとライマメにおいては,中央アメリカに分布する小粒系とアンデスに分布する大粒
系は,それぞれ同じ種の異なる野生系統から栽培化されたと考えられています。
これらのうち,ダイズ,ササゲ,インゲンマメ,ラッカセイ,エンドウ,ソラマメは,
世界の各地において大量に栽培されていますが,そのほかのものは特定の地域において
栽培されるか,局所的な利用に止まっています。殆どの栽培種は,野生種が分布する地
域において栽培化されたと観られますが,シカクマメ,ナタマメ,クラスタマメなどは,
何らかの方法で野生祖先種が本来の育成地と離れた処に伝わり,其処において栽培化が
進んだと考えられ,特にトランスドメスティケーション(導入栽培化)と呼ばれていま
す。
栽培種は,栽培化によって生育条件の一部や全てを人間に委ねるようになったため,
種子の自然散布能力や種子休眠性などの性質を失ってしまっています。更に,植物体全
体の巨大化,根や花の変形を伴う利用器官の巨大化,生産される繁殖体数の減少,苦味
や有毒成分の消失,棘や硬い皮など保護機構の喪失,器官の同調成熟,生育期間の変更
など,野生祖先種にはあまり見られない特徴を持つようになっています。マメ科の栽培
植物においては,特に次のような変化が著しい。
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