22 植物の世界「植物の様々な種子散布」
 
           植物の世界「植物の様々な種子散布」
 
                      参考:朝日新聞社発行「植物の世界」
 
 植物が,子孫を繁栄させる大きな手立ての一つが種子散布です。新たな生活場所を獲
得するため,種子や果実には,風や水流,動物を巧みに利用する様々な術スベと仕組みが
編み出されています。
 
 熱帯のマングローブの海岸や砂浜を歩きますと,塵や木切れに混じって,植物の種子
や果実が沢山見付かります。その多くは,熱帯の海岸域を住処スミカとする植物のもので
す。熱帯に限らず,海岸域を専ら住処とする植物の殆どは,海流を利用して種子を散布
しています。陸地の最前線とも云うべき海岸線での生活を始めた植物のうちのあるもの
が,海流と云う巨大な水の流れを種子散布に利用する術を開発し,其処を住処とするよ
うになって行ったのでしょう。
 海流による活発な種子散布を示す一例として,ジャワ島から40q程離れたクラカタウ
島の植物相(フロラ)調査の結果が挙げられます。この島は1883年の大噴火により島の
植物は一掃されてしまいましたが,それから36年目の1919年には,144種の顕花植物が住
み着いていました。そのうち60種(40%以上)が海流散布植物であったと云います。
 
 マングローブに生えるヒルギ科植物の分布も,海流散布の実態を示す好例と云えます。
このグループは,海流の連続している太平洋の西部海岸からアフリカ東海岸に多数の種
属がありますが,アフリカ大陸において隔てられたアフリカ西岸,アメリカ大陸東岸の
大西洋沿岸域には1属が分布するだけであり,太平洋・インド洋地域とは異なった種を
分化しています。
 
〈植物も動いている〉
 大地に固着した生活を送る植物にとっても,新たな生活場所を獲得するためには,動
くと云うことは欠かすことが出来ません。
 植物の周りの環境は常に変化しています。例えば,大木の倒壊や土砂崩れ,河川の氾
濫などの変動は頻繁に起こっています。このような変動によって生じた新しい環境も,
やがて植物によって覆われます。
 其処においては,植物自身がその存在や生活を通して環境を変化させ,更にその変化
に応じて種類相も変わって行きます。先程の海岸植物はその好例でしょう。それらによ
って,土はその根元に留められ,周囲は次第に陸化して行きます。やがて,其処はより
内陸的な植物の生育に適した処となります。その頃海岸植物は,新たな陸と海のせめぎ
合いの場において,新たな生活を始めているでしょう。
 植物も移動すると云う事実を,最も分かりやすい形で示してくれるのが種子散布の過
程です。種子や果実には,子孫を効率よく新しい生育地へ移動させるための様々な工夫
がなされています。一つの大きな科の植物の中に,外界の多様な動く力に適応した様々
な形の果実や種子が見られ,逆に,同じ力を利用する異なったグループの植物が,驚く
程似た果実を付けることもあります。形の上から,植物の種子や果実が如何に動くと云
うことに適応しているか,それを如実に示す幾つかの例を見てみましょう。
 外界の動く力として,主要なものが三つあります。風と水の流れと動物です。種子や
果実には,それぞれの力をうまく利用するような様々な仕組みが見られます。
 
〈風による散布〉
 陸上植物にとって,風は最も普遍的な動く力です。あらゆる種子の散布に風は力を貸
しているとも云えます。種子や果実そのものに働きかけることもあれば,植物体を揺す
ることにより種子を適当に散らばらせると云う場合もあります。
 果実や種子が風を利用するための形態として最も顕著なものに,翼ヨクと綿毛がありま
す。しかし,この二つの適応形態には,生態的に可成り異なった性格があるように思わ
れます。翼は比較的大型の種子や果実と結び付いており,綿毛は比較的小型の種子と結
び付いています。わが国において見られる風散布をする木本植物のうち,綿毛を持つも
のは,ヤナギの仲間とテイカズラ位のもので,殆どの木本性の風散布植物は,翼のある
果実や種子を付けます。
 
 植物の果実や種子は自ら羽ばたくことは出来ません。グライダーのように滑空するも
の,回転しながらゆっくり落ちるものと,専ら滞空時間を延ばすことが主目的です。そ
のためにはうまく風に乗ることと同時に,十分な初速と高度を得ることが必要です。そ
の意味において,背の高い木本植物は,翼を利用するのに適していますし,強い風に吹
かれて親植物から離れることにより,十分な初速を得ることが出来るのでしょう。
 カエデ類の分果やトネリコ類の果実のように一方の側に翼が発達しているものは,種
子の入っている部分を中心にしてクルクル回転しながらゆっくりと落下します。因みに,分
果に分かれず,二つの翼を付けたままの状態でカエデ科の果実を落下させますと,殆ど
一直線に落下します。回転型の果実は,強い風を受けて親木から離れ,落下中に横風を
受けて,更に不規則に散らされると云うことで,風による散布を成し遂げています。こ
のような回転型の翼は,比較的丈夫に出来ており,地面に落ちてからも二次的に風によ
り運ばれることがあります。
 
 滑空型の翼は,左右対称の形態を採ります。左右のバランスがよくないと旋回し,結
局は親の真下に着地すると云うこともあります。東南アジアにハネフクベと云うウリ科
の植物が知られています。高木にまつわりつく蔓植物で,数十mの高い処に球形で人間の
頭程の巨大な果実を着けます。果実は熟すと蓋がとれ,下向きにぶら下がって風に揺れ
ています。大きく揺れる度に,両翼合わせると長さ15pにもなる大きな繊細な翼を持っ
た種子が四方に放出されます。種子は,ゆっくりとグライダーのように滑空しながら落
ちて来ます。グライダーの翼の設計にこの種子の形態が一役買ったのではと云われてい
ます。リドリーに拠りますと,海を行く船の甲板によってこの植物の種子が拾われたと
云うことです。
 
 綿毛は比較的弱い風も有効に利用出来ます。しかも,綿毛の多くは,湿気に敏感に反
応し,乾燥状態のとき開き,湿った状態のときは閉じています。つまり,乾いた空気の
下でのみ飛び立つ仕組みになっているのです。こうして,綿毛は水による損傷を避け,
風を効果的に受け,種子を遠く広い範囲に散らすことが出来ます。綿毛は,草本植物と
強く結び付いているように思われます。
 
〈水による散布〉
 水も植物に一般的に働く力です。大雨や急流により運ばれるものは,水による散布に
適応した種子や果実ばかりではありません。
 水を有効に利用して種子を散布するためには,水に浮く仕組みと吸水をコントロール
する仕組みを発達させる必要があります。風散布型の種子や果実は大抵水に浮きます。
しかし,長期間の浮遊には耐えず,直ぐに吸水して沈んでしまったり,発芽能力を失っ
てしまったりします。
 水散布型のものは,表面にコルク組織が発達していたり,水を弾くような構造があっ
たりして,長期間の浮遊に耐えるようになっています。水辺に生える植物の種子や果実
には,このような明瞭な浮遊適応形態を持ったものが多い。コルク質になった豆の莢が
横方向に分裂し,中に1個の種子を包む分果となるクサネム,冠毛を失い果皮がコルク
質になったタカサブロウ,種皮がコルク質になるアヤメの仲間,ジュズダマの壷状にな
った苞鞘ホウショウ,コルク質の子房壁が一つ一つの種子を包むように分解するチョウジタデ
など,それぞれの種がそれぞれのやり方によって,水に一定期間漂うと云うことを成し
遂げているのです。これらの植物は,水に漂った後,岸辺に打ち上げられたり淀みに沈
んだりして,其処を生活の場として行きます。
 一方,水中において発芽する水草にとっては,沈んで種子を固定させることが重要な
意味を持って来ます。水草の種子や果実には奇妙な突起が発達したものが多いが,水鳥
などへの付着器官としてと同時に,錨イカリとしての役割も果たしているのでしょう。
 最初に紹介した海流散布も,水による散布の一つです。海流散布型の植物の種子もコ
ルク層など水に浮く仕組みを持ち,海流と云う巨大な水の流れに乗って散布されます。
 
 種子散布の方法と種子の形態,そしてその生育地が見事に対応しているユニークな例
を紹介しましょう。ノウゼンカズラ科の植物の殆どは,風による種子散布への見事な適
応を示しています。種子はよく発達した翼を持ち,果実内に極めて多数作られます。典
型的な生育地は,林内のギャップ(空き地)や林縁です。このノウゼンカズラ科植物に,
海岸の後背湿地の周辺を生育地として東南アジアの熱帯に広く分布するドリカンドロネ・
スパタケアと云う種があります。この植物の種子の翼は,厚くてコルク質で,風の乗っ
て散らされるよりは,水に運ばれるのに適した形になっています。翼と云う風散布のた
めの形態に少し手を加え,水散布に適した形態に変化させた例と見ることが出来るでし
ょう。ドリカンドロネ属は,アフリカ,インドからマレーシア,オーストラリアに9種
が知られていますが,ドリカンドロネ・スパタケア以外は内陸生で,薄い翼を持ち,それ
ぞれの種の分布域は限られています。この種だけが,インドからニューカレドニアまで
の,海岸の後背湿地のような環境に広く分布しています。
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