13a 植物の世界「植物とウイルス」
 
〈ウイルスの多様な構造〉
 ウイルスは寄主生物の種類に関わらず,基本的構造は全て同じであり,遺伝子,つま
り核酸とこれを覆う蛋白質からなります。ウイルスによっては,更に被膜を持ちます。
ウイルス粒子は,球状,紐状,桿菌状,双球状など形態は非常に多様です。
 遺伝子は塩基が連なったものですが,今日においてはこれを明らかにすることで遺伝
子の構造や配列,機能が広く解明されつつあります。
 この研究が進みますと,ウイルスの変異,進化,分子レベルにおいての系統樹,起源
も明らかになって行くでしょう。また,ウイルスの遺伝子操作や改変も近い将来,可能
になるでしょう。ウイルスは今後,分子生物学の最先端分野に大きな貢献をして行くこ
とは間違いありません。
 ウイルスは細胞の核内又は細胞質内において増殖します。通常,ウイルス粒子は細胞
質,核,液胞内に散在,集塊シュウカイ或いは結晶として存在します。隣接細胞への移動は細
胞と細胞の間に存在する連絡通路であるプラズモデスマータを通じて行われます。遠隔
距離への移動は通道組織の篩部に侵入することによっても行われ,これにより全身感染
します。
 
〈感染,増殖の防除と応用〉
 植物ウイルスは他の生物ウイルスと同様,感染や増殖を制御することが非常に難しい。
防除の方法には,耕種的,生物的,化学的,物理的手法があります。耕種的防除には,
抵抗性品種の利用,圃場ホジョウ衛生,節足動物など媒介する生物の防除などがあります。
抵抗性のある品種の開発においては,TMVに対して抵抗性のあるトマトの品種の開発
などが成果を上げており,その他も多くの植物において開発されています。
 生物手法による防除としては,健全種苗,ウイルスフリー化(茎頂ケイチョウ培養,熱処理
),弱毒ウイルス,形質転換体植物の利用などがあります。
 ウイルスフリー化は今日既に確立した植物バイオテクノロジーの技術です。例えばジ
ャガイモ,サツマイモ,イチゴ,ラン,果樹など栄養繁殖植物においては,一旦ウイル
スに感染しますと次代にはほぼ100%伝染します。これに媒介者が存在しますと,直ぐに
周囲の殆どの個体にウイルスが伝染してしまいます。
 
 ところが,ウイルスの植物体内分布を調べてみますと,生長点の極一部の部位にはウ
イルスが存在しません。従って,この部位を切り取って人工培地において培養しますと,
ウイルスを含まない植物を作ることが出来ます。この方法はモーレルが1952年に先鞭を
付け,その後世界各国において利用されています。わが国においても,先に挙げました
ような植物を始めとして多くの植物において,量,質共有効な成果が得られています。
 近縁の2種のウイルスが重複感染しますと,一方のウイルスが片方のウイルスの増殖
を抑制する性質があります(これを干渉と云う)。これを応用したのが弱毒ウイルスで
す。病原性が弱く,あまり植物に影響を与えないウイルス(弱毒ウイルス)を作出或い
は選抜し,これを予め健全植物に接種して置きますと,後から感染する野生の(通常の
)ウイルスの増殖或いは発病を抑えてしまいます。つまり,植物に対する種痘シュトウなの
です。弱毒ウイルスの利用が実用化した例も,トマト,ピーマン,柑橘カンキツ類など数多
い。
 
 近年,遺伝子工学の進展は,植物の分野においても目覚ましい。ある生物にその生物
にない遺伝子を導入して,形質を変化させたものを形質転換体と云います。植物ウイル
スの防除にこれを利用することが,今日世界各国において検討されています。導入する
遺伝子はいろいろありますが,主なものはウイルス粒子を構成している蛋白質(コート
タンパク質)の遺伝子です。何故,ウイルスが制御されるのかは未だ研究中ですが,効
果は広く認められています。
 わが国においては,トマトに感染するTMV,イネに感染するイネ縞葉枯ウイルスな
どについては,既に実用化レベルにあります。ただ,遺伝子組み換え体の野外放出に繋
がりますので,実用化には今後幾つかの法的規制を解決しなければなりません。現在,
それに対する取り組みが急ピッチで進められています。
 
 化学的防除としては,ウイルスの感染を防ぐため,抗ウイルス剤を植物に投与するこ
とが行われています。植物においてはこれまでに代謝拮抗キッコウ物質,植物成長調節物質,
微生物・植物由来物質などが抗ウイルス剤として用いられています。通常これらを植物の
地上部に散布することが行われています。しかし,ウイルスの感染や増殖を的確に抑え
る抗ウイルス剤は開発されていません。そう云った事情は,ヒトを含めた他の生物ウイ
ルスと同様であり,将来有効な予防薬や治療薬を開発することが夢でもあります。
 
〈植物ウイルスの利用〉
 ウイルスは人類に残された「最後の敵」とも云われ,私共は細菌や菌類など,殆どの
伝染性病原を制御して来ましたが,ウイルスにおいては未だ為し得ていません。このよ
うに,非常に厄介な植物ウイルスですが,前述の弱毒ウイルスなど,逆に積極的に利用
して行こうと云う試みも行われています。
 例えば,弱毒ウイルスに有用な物質や機能を生じる遺伝子を導入し,これを植物に感
染・増殖させることで,その遺伝子を植物においても発現させることも検討されていま
す。つまり,ウイルスを異種遺伝子の運び屋(ベクター)として利用するのです。この
試みは現在,非常に期待を集めています。
 また,ウイルスの構成素材の一部が,部品として遺伝子工学に利用されています。今
日,遺伝子操作により異なった種類の生物の遺伝子を導入し,植物の形質転換体を作り
出すことが,世界中において競って行われています。その異種遺伝子が,導入された生
物において発現するには,特殊な核酸配列(プロモーターと云う)を異種遺伝子に連結
しなければなりません。このプロモーターとして,カリフラワーモザイクウイルスの構
成要素の一つ(35Sプロモーター)が多くの場合利用されています。このように,植物ウイル
スの研究は植物病理学上のみならず,分子植物学,分子遺伝学にも将来大いに貢献する
ことでしょう。毒も薬になると云う一例です。
 
 以上,植物とウイルスについての概要を紹介しました。植物ウイルスは病原として非
常に厄介であるため,その防除策の確立が強く望まれるだけでなく,学術上も興味深い
点が数多い。今後,その両面において飛躍的な発展を期待したいものです。

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