02 植物の世界「植物界」
植物の世界「植物界」
参考:朝日新聞社発行「植物の世界」
本稿シリーズは,朝日新聞社発行「植物の
世界」を参考にさせていただきました。本書
のトピックス,コラムの中から,SYSOPの興味
を引いた記事を収録しました。執筆者の氏名
は,転記の過程において,省略したものもあ
りますので,ご了承下さい。植物が幼苗から
成苗になることを「生長」とするか,「成長
」とするか,大いに迷いました。 SYSOP
植物の進化には,未だ解けない謎が沢山あります。その起源も,陸上植物誕生のプロ
セスでさえも,はっきりとはしていません。私共の前において色とりどりに咲き競って
いる花の一つ一つが,未知なる来歴を秘めているのです。
一口に花と云っても,様々な花があります。形を見ても,ヤマザクラのように萼片,
花弁,雄蘂オシベ,雌蘂メシベの区別がある花ばかりではありません。ヤマユリでは萼片と
花弁の区別が付きません。ガクアジサイには二通りの花があります。ミズバショウでは
花弁がありません。タンポポは沢山の花の集合体です。このようにいろいろな植物の花
を比べてみますと,実に様々です。
花には性別があり,その受精によって種子ができます。花を持つ植物は種子によって
殖えるのです。食卓でお馴染みのキュウリには未熟な種子があります。リンゴやカキの
種子は食べずに捨てられます。これら身の回りの植物の種子は,果実の中に入っていま
す。
花,種子,そして果実。これらこそ,海の中から進化して来た陸上植物が,上陸後様
々な改良を積み重ねて生み出して来た構造なのです。そこには,10億年を超える植物誕
生の長い物語があるのです。
潮が引いた後の海岸の潮溜まりには,岩の割れ目や窪みに海藻がくっ付いています。
海の中において誕生した植物は,やがて上陸に成功し,陸上において新たな展開を始め
ました。環境が全く違う海から陸へ進出することが出来た秘密が,潮が引いてもしっか
りと岩に固着している潮溜まりの海藻に隠されています。何物かに固着することから,
上陸は始まったのです。
〈陸上において繁栄するために〉
上陸に成功した最初の植物は,緑藻リョクソウ類のコレオケーテに似ていました。陸上と云
っても,体の半ばは水中において生活出来るような環境でした。
大気は未だ二酸化炭素の濃度が高く,そのため地球は高温多湿でした。この環境が植
物を乾燥から守り,上陸を助けました。植物の上陸は,原始地球の環境下においてのみ
可能であり,その後の再上陸の可能性は閉ざされてしまいました。現在の花咲く植物は,
この上陸に成功した植物の末裔なのです。
植物も動物も,初めは体の一部を分裂させて新しい個体を作る無性生殖によって殖え
ていました。しかし,雄と雌の合体による有性生殖と云う繁殖方法を編み出しました。
これは海の中においての出来事です。別個体の細胞合体である有性生殖には,遺伝子の
交換と云う生物にとって重要な利点があります。
有性生殖と云っても,初めは雄と雌の差が殆どありませんでした。それが,鞭毛ベンモウ
を持って動ける精子と,母胎に寄生したままの卵に分化し,雌雄の性がはっきりしまし
た。
植物においては,機能の異なる二つの多細胞体が出来ました。精子と卵を作る配偶体
と,配偶体の基となる胞子を作る胞子体です。それぞれは独立する方向に進化し,配偶
体と胞子体と云う二つの世代を過ごす植物の一生が,海の中において確立しました。
植物は海の中において進化し,いろいろな体制を整えましたが,その中には陸上にお
いて生活するには障害となるものもありました。特に精子は,水中を泳ぐには都合の良
い構造ですが,水が何処にでもある訳ではない陸上において,植物が広がって行くには
足枷アシカセになりました。水が無ければ泳ぐことが出来ず,従って受精が出来ず,殖えて
行く上で大きな障害になったのです。
そこで,水が殆ど無い処においても有性生殖を可能にする改造が行われました。分布
の最前線において直面する新たな環境条件を克服するには,遺伝子の交換を伴う有性生
殖が重要な意味を持っていたのです。
この改造に成功した植物が,種子を持つ植物,即ち種子植物です。種子を持ち,更に
花を持つ植物が登場しなかったら,陸上には広大な不毛の地が広がっていたかも知れま
せん。有性生殖に関わる構造そのものを改良した植物が,海辺から内陸へと進出を続け
たのです。
〈被子植物の誕生まで〉
東京の小石川植物園には,精子が発見されたイチョウが生育しています。これは雌株
メカブで,銀杏が成ります。1896年この雌株から雄の生食細胞である精子が,種子植物に
おいては世界で最初に発見されたのです。
イチョウには雌株と雄株オカブがありますが,五月になりますと,風が花粉を雌の生殖
器官である胚珠ハイシュの先端に出来た水滴に運びます。やがて水滴と共に花粉は雌の胚珠
に宿り,其処において配偶体を形成して精子を作ります。そして,全ての準備が完了し
た九月になって受精します。
これは雌の配偶体を母体に寄生させて,栄養供給を受けさせ,雄の配偶体を取り込ん
で発芽させる方法でした。これならば,何時でも安全に受精が行われます。海の中にお
いて配偶体と胞子体を別個に発達させた植物は,雌の配偶体を胞子体に寄生されると云
う,全く新たな手法を陸上において開拓したのです。
しかし,新たな問題が生じました。母体に誕生した幼植物をどのように母体から遠ざ
けるか,でした。母体に寄生したまま生長しても,繁殖したことにはなりません。そこ
で,配偶体は受精後,母体から切り離されることになりました。また,環境条件が悪い
時期は休眠して過ごすことも出来るようになりました。こうして雌の配偶体を中核にし
て出来たのが種子なのです。種子の登場によって,植物の多くは種子でもって散布され
るようになりました。
やがて葉が変形して,受精して種子となる胚珠を包む器を作りました。この器が雌蘂
です。雌蘂を持つ生殖器官,これが花です。雌蘂を持つ植物が被子植物であり,真の花
の登場は,恐竜が地上を闊歩していた,今から1億数千万年前と推定されます。被子植
物の誕生まで,陸上植物の出現から3億年が経過しています。
被子植物においては,受精に成功すると,雌蘂は新たな生長を行って果実となります。
こうして雌蘂は,受精した胚珠,即ち種子を安全かつ有効に散布させるために変身しま
す。
雄の胞子は進化を遂げて,花粉と呼ばれるものになります。花粉を持つ雄性の生殖器
官を雄蘂と呼びます。真の花においては,雄蘂と雌蘂の両方を備えた両性花と,雄蘂だ
けの雄花オバナ,雌蘂だけの雌花メバナがあります。受精後,雌蘂は果実へと生長を再開し,
雄蘂は花粉を放出すれば役目は終わります。
〈動物との共生の道〉
イチョウのように,初めは風が花粉を運びました。やがて昆虫や小鳥などがその運び
屋の主流になりました。昆虫等は,餌になる密や花粉を目当てに花を訪れます。花はそ
の序でに花粉を運んでもらうのです。そして別の花から運ばれて来た花粉が雌蘂の先の
柱頭チュウトウに取り付きます。特に花冠は形や彩りを変え,昆虫等の誘引に努めています。
わが国にはハナバチ,ハナバエ,チョウ,ガ,カミキリムシの仲間を始め多数の訪花昆
虫が生息します。その多様な昆虫に呼応するように,花も多様です。
被子植物と昆虫は,受粉を介して相互に関連し合い,進化の速度を速めました。その
ため,他の生物に比べて種数が著しく多い。もし植物が,成熟して果実となる雌蘂を発
明しなかったら,多様な陸上動物が存在し得たか,疑問でさえあります。種子は食べら
れてしまえばお仕舞いですが,果実は食べられても種子は残ります。食べられることに
よって,種子は散布されるのです。雌蘂の登場によって,植物は動物との共生の道を歩
み始めたのです。
現在,植物は雨の殆ど降らない砂漠にさえ進出しています。奇っ怪に見えるサボテン
やバオバブも,体内に水を蓄え,葉から水の蒸発を抑える改良が生み出した産物なので
す。熱帯多雨林の木の幹には,数多くの着生シダやランなどが生活を営みます。その葉
の上に生きるコケ植物さえ存在します。茎がアリの巣となった「アリ植物」もあります。
植物には足はありませんが,もう余地のない程に隈無く地球上のあらゆる空間を埋め尽
くしてしまっているように見えます。
進化の頂点に位置する植物の代表は,ラン科とキク科です。ラン科植物は,特定の昆
虫によってしか受粉出来ない程,相互の関連が密接になっています。キク科植物におい
ては,多数の花が集合して花としての機能を分担し合っています。
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