07c 気候と植物
 
〈頑固な植物の習性に挑む〉
 今までみてきたように,熱帯から寒帯に亘って,植物はそれぞれ非常に特殊な気候条
件を必要とし,従って植物はある地域の限られた範囲にのみ生育することが分かります。
しかし,それでは植物は異なった気候には適応できないものでしょうか。我々人間の力
で,植物を新しい風土に順化できないものでしょうか。
 こうした疑問に対する答えは容易に得られそうにもありません。というのは,植物に
は適応性はあるのだが,それは植物の中に根深く滲み込んでいるもので,変化すること
はないからです。冬になれば,毛皮のある動物が長い毛を生やして厚いコートに身を包
むように,落葉樹はその脆モロい葉を落としてしまいます。もしこの落葉樹を気候の暖か
い処に移したとしても,今までと変わりなく周期的に葉を落とすに違いありません。逆
に,全然落葉をしない熱帯植物は,温帯に植え替えられても,決して落葉性になること
はありません。植物の習性は,我々人間がどんなに長い期間を費やして,何回変えよう
と試みても成功したことがありませんでした。環境によって植物の反応の機構が変えら
れると言っても,それは極めて限られた範囲に過ぎず,全く異なった気候で育つことが
できる程には変えられません。
 植物の適応性がこのように限られているために,原産地以外の処でうまく植物を栽培
するのは困難です。しかし,人間は植物の反応のこのような頑固さに全く手が出ない訳
ではありません。気候と植物の反応には限界があるとは言え,我々は科学と技術の進歩
によって獲得した新しい手段で,植物の気候に対する特殊性を打ち破る多くの方法を発
見したのです。例えば前述の,ゴムノキを原産地から持ち出して,他の広い地域に広げ
ることに成功しています。コロンブスの新大陸発見を契機として,トウモロコシ,ジャ
ガイモ,タバコなどの数多くの植物が,アメリカ大陸からヨーロッパ,アジア,アフリ
カに拡がり,逆に,コムギやエンドウは大西洋を越えてアメリカに渡っています。しか
し,これらの例は単に古くからあった植物を似たような気候の新しい土地に適合させた
に過ぎず,それ程困難なことではありませんでした。
 現在では,人々の希望どおりに,また必要に応じて植物を育てる可能性が,より大き
くなりつつあります。ある処の気候が特定の植物に適していなければ,我々は局所的ば
かりでなく広範囲に適当な気候に変えることすらできるのです。また,植物を慎重に選
択し育種することによって,気候に対する反応を変えることを試みており,これは可成
り成功しています。ある特定の処における最適の生育温度に植物の生育期間を調節して
合わせる方法もあるし,その植物の原産地の温度やその他の気候的特徴が似ている別の
地域を見つける方法もあります。
 
〈気候を変えるか植物を変えるか〉
 これらの可能性の中の一つである局部的に気候を変える方法は,人間が農業を始めた
ときから実行しています。つまり,雨量が不足すれば用水で補い,風が強過ぎれば風除
けで防ぐといった手段を執りました。昼間に温度が低過ぎて害を受けないように,南向
きの斜面に植物を育てる配慮もなされました。もっと手の込んだ工夫は温室でした。17
世紀に広く用いられた温室は,植物をストーブのある室に入れて枯れないようにしたも
のだったが,間もなく太陽光線と太陽熱を利用するガラス屋根のものに改良されました。
現在の園芸家は空気調節によって,温室内の気候をどんな状態にでもすることができま
す。
 空気調節の温室が初めて成功したのは1933年でした。それまでは,温室の中の太陽熱
を取り除くのに膨大な量の空気が必要であることが分からなかったのです。今日では,
研究用の温室ばかりでなく,多くの営業用の温室が空気調節装置を備えています。例え
ばセントルイスのショーガーデンにあるクライマトロンでは,ドームの形をしたプレキ
シガラスの屋根の中で,数種の違った熱帯性気候が作り出されています。
 植物の生活にとって最も重要な気象条件である温度,湿度,風などを,それぞれ自由
に調節して,植物の生育に関係する要因を分析しようという試みは古くからありました。
しかしエアコンディションによる環境調節温室(ファイトトロンと呼ばれる)が造られ
るまでは,詳しい研究はできませんでした。1943年に,カリフォルニア工科大学で,本
稿の解説者ウェント博士は,世界で初めてファイトトロンを造り,1949年には更に大規
模のものを造って,其処でトマト,トウガラシ,タバコ,サトウダイコンなど,いろい
ろな草花や野生植物の生長,開花,結実に及ぼす温度と光の影響が研究された。またノ
コギリソウやイチゴツナギの生態,品種の生長反応,種子の発芽と環境との関係,環境
条件下における植物の生理なども探求された。
 その後の10年間に,フランス,オランダ,カナダ,オーストラリアでも,大規模なフ
ァイトトロンが建設されました。前述のクライマトロンは,今までの研究の成果の粋を
集めて造られたものです。日本でも,1952年以来,国立遺伝研究所,東京大学,京都大
学,東北大学,九州大学など各地に立派なファイトトロンができあがり,いろいろな方
面の研究に活発に使われています。
 ところで,温室内の空気調節は普通花やある種の果物,野菜と言った比較的高価な作
物を育てるときに,その効果が十分発揮されます。しかし,我々が主食にする植物を栽
培する場合は,とても気候を変える訳にはいきませんので,寧ろ植物の方を変えるべき
です。実際,その努力はトマト,トウモロコシ,コムギその他多くの作物の交雑種を作
り出すことに成功しました。
 
〈地球以外の環境を考える〉
 我々はこの地球上で,植物をこの上どのように発展させることができるでしょうか。
この問いは逆に,地球以外の天体に生物が生存するかどうかと言う疑問と,ある繋がり
を持つものです。10年以上前までは,植物や動物は単に地球と言う環境だけに結び付け
られて考えられていました。しかし今日では,科学小説だけでなく真面目な研究課題と
して,人間の住む環境から遥か離れた処に,地球上にあるのと同じような植物の生活が
何処かの天体にあるのではないかと考えられています。
 この謎を解くためには,まずこの地球上で知り得る限りの植物が生存できるための,
ぎりぎりの限界を考慮する必要があります。温度に関しては,宇宙に存在する零下数百
度の低温から数百万度の高温に至る温度の範囲のうち,生物が生存できる範囲は,およ
そ1℃から50℃の間だけです。それより温度が僅か低くなるだけで,人間は人工的な方
法で暖房しなければ生きて行けないし,植物は休眠すればどうやら生き延びられること
になります。高温の限界近くでは,極僅かの細菌や原始的な藻類のみが,82℃を越えな
い温泉の中で生きています。このように,植物が生存し得る温度が限られていることか
ら,これより内部が熱かったり,外部が凍結するような天体は,植物の生活の場として
成り立たないものと考えられます。
 空気に関しては,人間は遊離した窒素無しでも生きては行けるが,酸素の濃度が1/
2以下になると,人間も動物も命が危なくなります。植物にとって,酸素の含有量の限
界は正常の場合の約1/4です。しかし空気中に炭酸ガスが無ければ,植物は生存する
ことができません。地球以外の天体は殆ど,大気の大部分が水素とメタンからなってい
ると考えられること,また光を必要とする緑色植物は,光が普通の太陽光線の1/100以
下になると生き続けられないこと,以上の事柄は地球以外の天体に植物が生存しないと
いう理由の一部となっています。
 従って,宇宙探検によって,我々が現在この地球上で知っている以上に植物について
新しい知識が得られると期待するのは無理でしょう。しかしながら,次章で述べるよう
に,比較的限られているとは言え地球上で生物が適応している大生活圏の中に,植物そ
れ自体の可能性や特殊性について,まだまだ学ぶべきものがあると考えられるのです。

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