06d 生長の謎
 
〈植物の一生〉
 植物の生長で,花粉管の発達ほど素晴らしいものはありません。これは高等植物で,
雌の卵細胞が雄の精子を受精するのに必要なものです。植物の精子は,花粉で作られま
す。植物の細胞によって違うが,花粉は風や虫や鳥によって,雄花から雌花へ運ばれま
す。そして,花の雌の部分から伸びている花柱の,ねばねばした表面に付着します。そ
して直ぐ,糸のような管を作り始めます。それが花柱の中を通り,その根元の胚珠に入
っている卵細胞の方へ伸びて行きます。そして,雄核がこの管を下りて行き,卵細胞を
受胎させます。花粉の大きさを考えるならば,それからできる花粉管の長さは驚く程長
い。トウモロコシでは,花粉管はシルク(毛)と穂を通り抜け,卵細胞に達します。そ
の距離は約30pもあります。ところが,この管を作る花粉の大きさは,直径僅か0.03o
にもなりません。
 これまでは速く成長する植物を研究し,これに対するホルモンやジベレリンや,水や
養分の役割を観察してきました。此処で一つ,ゆっくり生長する植物を観察し,生長の
姿をもっとはっきり捉えることはできないか試してみましょう。もし,光や水や養分が
不足すると,植物の生育が止まることはよく知られています。これは特に砂丘に生えて
いる植物に顕著にみられます。そこで水分も養分も不足がちなので,植物は屡々矮小に
なります。
 植物が必要とするものを徐々に奪って行くと,植物は一体どうなるでしょうか。これ
が盆栽,即ち矮小な木を育てる日本独特の芸術です。サクラ,スギ,カエデのような木
の生育を抑えるために,あらゆる手段が執られます。自然のままではこれらの木は何れ
も何mもの高さに生長します。しかし,その栄養分を注意深く奪い,一番早く伸びている
枝や芽を切り取り,小さな鉢に植えて根の発達を抑えると,植物は本来の姿を小作りし
たものになり,小さな葉と,小さな捩れた幹を持つようになります。そしてその生長は
完全ではないまでも,殆ど停止します。木が小さく,幹が節くれ立ち,枝が曲がりくね
ったもの程,年を経た貴重なものとして高価に売買されます。盆栽の中には100年以上経
ったものもあります。これらは,実のところ,植物として最低限度の生活を強いられた
ものにほかなりません。
 植物における時間の問題のもう一つの面は,その寿命の長短です。短いものでは砂漠
の一年生植物のように2,3週間の生命しかないものがあります。しかし,普通はそれ
より長く,多くの一年生植物では約半年,ニンジンやサトウダイコンやジギタリスのよ
うな越年生植物では2年です。また,ショウブやシャクヤクや木のような多年生植物で
は,生きる年数に限度はありません。地衣類のように極地の岩について非常にゆっくり
生長するものや,カリフォルニア山地のトゲカサマツの場合などは恐らく数千年に及ぶ
でしょう。
 一年生と多年生の違いは,言うまでもなく一年生植物は1年の終わりに死に,植物全
体が永久に枯れてしまいます。植物はそれまでに課された仕事を成し終えます。即ち種
子を作り,それを辺りに散らばすのです。種族の保存は,他の処で種子が芽を出し,新
しい仲間を作ることで果たされています。萎れた古い植物の茎は,何の役にも立ちませ
ん。それは枯れ,やがて分解して行きます。これに反して多年生植物は,前の年に生長
した部分を利用します。木の大部分は,コルクや幹や枝の中心部のように死んでしまっ
ています。しかしそれはそれなりに役立ちます。年毎に新しい生長が起こり,幹をより
強くより太くし,枝を毎年毎年より広く,より高く広げて行きます。しかし,このよう
な生長は木の極一部分,つまり生長点と形成層の働きによるものです。このように,絶
えず細胞分裂している分裂組織は何時までも生きており,時節が来る度に生長します。
 そして毎年春を迎えると,新しい枝や若々しい葉や花を付け,幹や樹皮を増やして行
きます。たった2,3カ月の寿命しかない弱々しいスミレも,また数千年の寿命を持つ
カリフォルニアのセコイヤも生長を続けて行かねばなりません。その生長が止まると残
された生命は幾ばくもないのです。
 このことは,植物と動物の大きな違いの一つです。動物は成熟すると成長が止まりま
す。骨や神経細胞は,成長も分裂も止めてしまいます。ある種の細胞は自分達の取り替
えを行うが,体の大きさは変わりません。動物は,一旦大人の大きさになると,それ以
上成長せず,そのままの形で長く生きています。これは骨や脳や神経の細胞は取り替え
がきかないが,その代わり,長い寿命を持っているからです。つまり動物の体では同じ
部品が何時までも使えるのです。しかし,部品が擦り減ってくると動物は死んでしまい
ます。これに反して植物の細胞は寿命が短く,絶えず取り替える必要があります。カエ
デやイチジクの葉は4月に作られ,10月にはもう死んで,枝から落ちてしまいます。カ
シでは,春に作られた葉が,その翌年新しい葉が出てくると同時に落ちてしまいます。
南方産のモクレンやモチノキに見られるように,落葉は寒い冬のない処でも起こります。
これは葉の細胞の寿命によるものです。落葉を引き起こすのは温度でなく,木自身に備
わった取り替えのリズムです。
 針葉樹では,その針状の葉は寿命が長い。多くの種では2年以上あります。ゆっくり
成長し,いつまでも寿命があるようにみえるトゲカサマツは,アメリカ西部の高い山地
に生えているが,その針葉は20年以上も生きています。理論的には,植物は不死です。
例えば,イタリアポプラを挿木の方法で永久に殖やし,それから絶えず新しい木に育て
ることを不可能とする理由は,今までのところ一つもありません。にも拘わらず,個々
の細胞は,はっきりした寿命を持っています。トゲカサマツの場合でも,その寿命は大
体4600年であることが知られています。しかし本当の不死は,無限に分裂を続ける未分
化の細胞や単細胞生物の場合にはあり得ます。この点,バクテリアの年齢は5億という
ことができましょう。しかし人間や植物は,分化と特殊化のコースを辿らなければなり
ません。そして両者とも,その複雑な体制の代価を死を以て償わなければならないので
す。

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