21a アニマル・トラッキング入門〈動物の足跡〉
 
 同じ動物でも糞の形や大きさは季節によって変化します。これは主に,食べ物の種類
や性質が変わることが原因となっています。例としてテンの糞を挙げますと,秋にはサ
ルナシやアケビの種子が大量に入っていて幾分不定形をしていますが,冬場になります
とネズミやノウサギの毛や骨片でできた細長くねじれたものになります。
 また,まったく種類の異なる動物であるのによく似た糞をするものがいることにも,
注意しなければなりません。冬季にはニホンザルとイノシシの糞がよく似ていて,外見
から区別するのが難しいことがあのます。ただし,イノシシの糞には独特の獣臭さのあ
る場合が多いです。テンとイタチの糞はその大きさの違いで区別できますが,中間的な
ものは判定が難しいです。
 キツネの典型的な糞は判定に苦労しませんが,時にはイヌの糞との区別が困難なこと
があります。しかし,キツネは糞をした場所や少し離れた場所に臭いづけの「尿」をす
ることがあり,この臭いがする糞はイヌを含む他の食肉類の糞と誤認することはありま
せん。タヌキとアナグマの糞は単独ではキツネの糞によく似ていますが,ともに「ため
糞」を形成することからキツネの糞との区別ができます。
 糞を見つけた場合には直接手で触れずに,落ちている枯れ枝などでほぐしてみるとよ
いでしょう。食肉類の糞には,餌として食べた小動物の骨片・歯・毛・羽毛や昆虫のク
チクラなど消化されなかったものが含まれています。ノウサギ・ニホンジカ・カモシカ
といった草食性の動物の糞は,独特の形をしている上,その内部には裁断された植物の
繊維がぎっしり詰まっていますので,他の動物の糞と区別するのは難しくありません。
 イノシシの足跡は大抵の場合,副蹄がつくことで他の偶蹄類と区別できますが,区別
の困難なことがあります。また,ニホンジカとカモシカの区別は,足跡のみではほとん
ど不可能でしょう。このような場合でも,足跡に沿って糞が見つかればその動物の名前
が分かります。
 イノシシとカモシカの糞の形はよく似ているものの,慣れれば区別することはそれほ
ど難しくありません(ニホンジカの糞はカモシカの糞より不定形)。
 糞による動物の食性の解析を糞分析と呼びますが,その際には衛生上の注意を十分に
払う必要があります。北海道のキツネの糞では,エキノコックス症をもたらす寄生虫に
感染する危険がありますので,特に注意しなければなりません。
                                                                              
〈けもの道〉
 動物がいつも通路に使っている場所には「けもの道」と呼ばれる通り道ができます。
この道には,カモシカのつくるカモシカ道のように山の斜面にできた顕著なものもあれ
ば,登山道や普通の道を通るテンの場合のように目立たないものまでさまざまなものが
あります。
 一般に野生哺乳類は人との遭遇を避けるように生活していますが,人のつくった道を
敬遠している訳ではありません。登山道などは歩きやすい場所として積極的に利用して
いる,と考えた方がよいかもしれません。
 けもの道のできることは,動物の通る道が大抵は決まっていることの反映でもありま
す。野生動物の生活場所はあらかじめ決まっていますので,その習性をよく知れば,け
もの道を見つけるのも容易になります。ただし,けもの道の形だけから利用している動
物の種類を判定するのは,大抵の場合は難しいでしょう。
 けもの道では,そこを通る動物の足跡や糞・食痕などのフィールドサインが効率よく
見つかりますので,こうしたサインから,その道を利用している動物の種類を判定しま
す。
 水辺で見られる代表的なけもの道はヌートリアやマスクラットがつくる通路です。巣
穴から水中に向かう通路の途中には特徴的な糞が残されていますし,通路に沿った場所
に生えている植物の茎が食いちぎられている場合も多いです。カワウソもよく似たけも
の道をつくることがありますが,カワウソの食物は魚などの動物性のものですので,水
生植物の茎を次々に食いちぎった跡が見つかることはありません。
                                                                              
〈食痕〉
 食痕には,ニホンジカ・カモシカ・ノウサギなどの草食獣が植物の葉や茎を食べた跡
のほかにも,リスやネズミなど(ケイ歯類)の食べ残した堅果(クルミなど)の殻や松ぽ
っくりの芯,あるいは樹皮の摂食跡などがあります。ノウサギやユキウサギには上下の
顎に鋭い切歯があって,木本の茎を噛み切った場合の切断面は,斜めに鋭い面が残りま
す。一方,シカ科に属するニホンジカとウシ科に属するカモシカには,上顎に切歯がな
く,引きちぎるように食べた跡が植物の茎や葉の切断面に残ります。
 一般にニホンジカとカモシカの区別は,食痕だけからでは困難であり,他のフィール
ドサインや周囲の環境から判断する必要があります(例えば,一般にニホンジカはカモ
シカよりも開けた明るい場所を好みます)。
 食肉類は,餌となった動物の体の一部分を食べ残すことがあり,これは「食べ残し」
と呼ばれています。キツネがノウサギを捕らえた場合には,後足のかかとから下を残す
ことが多いです。こうした食べ残しの周囲には,足跡のほかにも糞や臭いづけの跡(臭
い塚)が残っていることが多いので,それらから犠牲となった動物を捕食した動物を推
定することができます。
 アニマル・トラッキングの際に,トガリネズミやヒミズなどの食虫類の死体が道路脇
に見つかることも珍しくありません。これらの動物の首筋をよく見ますと,歯の跡がつ
いていたり,皮下に出血が見られることがあります。食虫類には独特の臭いのあるもの
が多く,捕食獣が捕まえても食べないで捨ててしまうのでしょう。このような死体も広
い意味での「食べ残し」です。
 野外で鳥類の羽毛が散乱していたり,体の一部が食べられた跡のある死体が見つかる
こともあります。これらの鳥類がタカなどの猛禽類に襲われたものなのか,あるいはキ
ツネやテンなどの哺乳類によるものなのかを判定するには,残された鳥の羽毛の状態を
調べるとよいでしょう。哺乳類に襲われた鳥の羽毛の根元には歯で噛み切られた跡が残
っているのに対して,猛禽類に襲われた鳥の羽毛はそのままの状態のものが散乱してい
ます。
 猛禽類の巣の近くや,休息する木の周りにはペリットと呼ばれる未消化物の塊が落ち
ています。ペリットには,餌となった小哺乳類の頭骨・下顎骨・歯などが含まれていま
すので,その種類を調べますと,付近にどんな小哺乳類が生息しているかを知ることが
できます。
 また,モズやアカモズのはやにえとしてヒズミ,トガリネズミ,アブラコウモリ,ハ
タネズミなどが木の枝にぶら下がっていることがあります。こうした死体によっても,
その付近にどんな動物がいるかを知ることができるのです。
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