19d 森林よ永遠に〈森林生態の意義〉
 
森林よ永遠に〈森林と物質生産〉
                                        
〈物質生産とはなにか〉
 農業や林業は,植物のある部分を収穫目的としています。例えば農業では,イネやム
ギはその種子(タネ)を,ナスやキュウリはその果実を,ハクサイやキャベツはその葉
を,ダンコンやニンジンはその根を,イグサはその茎を収穫目的とし,林業では樹木の
幹を収穫の主目的としています。しかし幹を目的とする林業では,葉や枝,根をも含め
て生長し生産していることに留意する必要があります。
 植物の葉の光合成で生産された有機物の量全体を総生産量と呼んでいます。総生産量
から,植物の生長による呼吸によって消費される量を差し引きますと,残りが光合成生
産物のうちで植物体として固定された量ということになります。この量のことを純生産
量と呼びます。
  総生産量 = 純生産量 + 呼吸消費量
  純生産量 = ある期間に新生した生体量
 これらの量は,森林の場合は1年間の絶乾重量で示します。
 なお,あるときにあるところに存在している生物体総量を,現存量あるいは生物量と
呼んでいます。
                                        
〈森林の現存量〉
 △森林の葉の量
 上空から森林を眺めたとき,ぎっしりと樹木の葉で埋め尽くされているような状態を
「閉鎖している」といいます。このときの葉量は,その種としての最大量に近いもので
す。すなわち「よく閉鎖した林での葉量は,樹種によってほぼ一定の値をもつ」といえ
ます。
                                        
        わが国での森林タイプごとの閉鎖林の葉量
                                        
  森林タイプ       葉乾重t/ha 葉面積(片面)ha/ha 資料度(林分)
                                        
  落葉広葉樹林         2.9±1.5    3  〜6                97
  落葉針葉樹林(カラマツ)   2.9±1.0    2.5〜4.5              26
  マツ林*         6.8±1.8   (3.5〜6)               59
  常緑広葉樹林         8.6±2.6    5.5〜9                44
  常緑針葉樹林**      16.0±4.5    5  〜10               47
  スギ林***           19.4±4.9    4.5〜8.5              96
                                        
  ※ * ハイマツ林を除く ** マツ林・スギ林以外 *** 緑軸を含む緑色部
                                        
 落葉樹林の葉量はha当たり平均3t前後ですので,この量は閉鎖している森林の葉量
としては最小単位で,基本葉量といえます。暖温帯から常緑樹林にかけては,毎年基本
葉量(3t)だけ葉量が新生し,基本葉量だけ落葉していると考えられます。とすれば
常緑樹林のもつ葉量は,葉の平均的な寿命によることになります。例えばマツ類の葉の
寿命は2年ですので,その林は基本葉量の2倍の葉量をもち,モミ類の葉の寿命は5年
ですので,モミ類の林の葉量は基本葉量の5倍ということになります。なおスギの場合
は緑色をした部分を葉として測定します。
 △森林の葉量と土地条件
 光合成生産物の量は,葉量と葉の光合成能率の二つの因子で決まりますので,もし森
林の葉量が光の量に規制されて一定量を保つとすれば,葉の光合成能率は光以外の生長
要因で上昇させることができます。
 例えば植林後間もない造林地や,抜き伐りなどで閉鎖が破れた林などでは,施肥など
で葉を十分な量にまで急速に増加させる効果があります。しかしよく閉鎖した林に施肥
をしても,その効果はずっと劣ることになるでしょう。
 一方,はげ山やせき悪地,砂漠など土地条件がよくないところでは,水分の不足を解
消させることにより光合成能率が上昇します。
 △森林のもつ物質量
 幼壮齢林では現存量は増加しますが,極相の天然林などでは現存量増加と,落葉落枝,
枯損による現存量減少が等しくなり,現存量が平衡状態を保ちます。そして森林の生育
段階(林齢)がすすむにつれて,葉や枝はあまり増えませんが,幹の量は増加し,年々
の生産物が幹として蓄積され,その蓄積量が現存量の大部分を占めます。
 森林生態系の現存量にはこのほか,下層低木類,草類,菌類,土壌微生物,土壌中の
小動物,その他の動物なども含めなければなりません。
                                        
〈森林の物質生産〉
 △純生産量の推定
 純生産量とは,ある期間の初めと終わりの現存量差,つまり現存量の増加量と,その
期間内に枯れ落ちた量及び動物に食べられた量の合計です。
 △枯死量・被食糧
 ここでいう枯死とは,個体自体の枯死のほか,落葉,落枝,枯れ根,樹皮,花,果実
などです。
 個体の枯死には,生物害や気象害,個体間の優劣による劣性個体の枯死があります。
 落葉は,生産器官の新陳代謝として必然的に起こります。落葉量と新生葉量はほぼ同
じで,年間ha当たり3tです。
 落枝は森林が成熟するに従って増加します。葉以外の落下物(枝・皮・花・その他)
の量は落葉量の1/2〜1/3程度ですが,極相の森林では1/1に近づきます。枯れ
落ちる根の量は実測が難しいです。
 昆虫幼虫に食害された葉は新葉を再生する場合があるなど,動物による被食量を知る
ことは困難は現状にあります。
 △わが国の森林純生産量
                                                                              
  落葉広葉樹林            8.7±3.0 t/ha・年
  落葉針葉樹林(カラマツ林)         10.1±4.4 t/ha・年
  常緑針葉樹林(マツ林,スギ林以外)13.5±4.2 t/ha・年
  マツ林(ハイマツ林除く)      14.8±4.1 t/ha・年
  スギ林                  18.1±5.6 t/ha・年
  常緑広葉樹林(アカシア林除く)     18.1±4.9 t/ha・年
                                                                              
 落葉樹林の純生産量は,常緑樹林の半分です。これは冬期の数ケ月間は葉が無いため
とか,下層植生の生産量もあるためとも考えられますが,詳しいことは分かっていませ
ん。
 △総生産量
 熊本のコジイ林の例(年間ha当たり)では,純生産量22.7t 呼吸量29.0t 総生産量
51.7t と推定されます。
 △太陽エネルギーの利用度
 光合成によって一定期間内に固定された太陽エネルギー量と,その期間中に,その植
物群に投下された太陽エネルギーの総量との比率を,植物による物質生産のエネルギー
といいます。これは,地球上のいろいろなところの植物群落の生産能率を比較するのに
用いられます。
 光合成の際の化学式から算定しますと,1sの平均的な植物有機物を合成するために
は,4176カロリーの太陽エネルギーを必要とします。したがってその群落の乾物生産量
から,その生産によって固定されたエネルギー量が計算でき,その期間内にその群落へ
投下された太陽エネルギー量が分かれば,エネルギー効率が求められます。
 わが国の森林での総生産量のエネルギー効率は,植物の生育期間内に投下されたエネ
ルギー量に対して,2〜3%程度,年間エネルギー量に対しては1〜2%程度です。水
稲1.1%,トウモロコシ畑1.6%,サツマイモ畑1.1%に比べますと,森林生産が優位と
いうことが分かります。
                                        
                         参考 「森の生態」共立出版

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