32c 身近な植物群落〈植物群落のいろいろ〉
 
〈動物や人間と植物群落の関係〉
 植物の生育は,気候や土壌のような無機的環境に規制されるだけでなく,ほかの植物
あるいは動物からの干渉に制約されるところも大きいです。シカのような大型哺乳動物
が高密度で棲息するところや,ウシ,ウマのような草食家畜の放牧地では,ススキやシ
バのようなイネ科植物を主とする草地が成立します。
 人間の伐採による半自然的な二次林,耕作地や路傍,都市空間などの植物など独特な
植物群落が成立します。
 
〈草地〉
 宮城県金華山は959haの島で,約600頭のシカが棲息しています。島の大部分はブナ,
イヌシデ,モミなどを主とする冷温帯から中間温帯の森林で覆われています。低木類や
草本類は,ほとんどがシカに捕食されて林内は遠くまで見通しがききます。林床には,
シカが食わないエゾウラジロハナヒリノキが目だちます。またシカがあまり食わないも
のとして,サンショウ,メギなども残っています。不嗜好植物として,このほかにセン
トウソウ,キンカアザミ,ハエドクソウ,ワラビ,フタリシズカ,レモンエゴマなどが
あり,シバとともに生育しています。
 
〈二次林〉
 二次林は半自然的経過をたどって,自然林から派生したものです。日本の気候では,
伐採跡地や牧野などが放置されますと,いずれは森林となって,やがて極相林になりま
す。神社仏閣の境内に見られる極相林も,このようにして成立したものです。
 二次林の典型はコナラ林にみることができます。コナラは実生では生育せず,すべて
萌芽ボウガによって再生します。コナラ林が伐採されますと,一時的にヌルデ,タラノ
キ,ツクシハギ,ニガイチゴ,クマイチゴ,モミジイチゴ,ナワシロイチゴなどが現れ
ますが,次第にコナラ林に再生され,コナラの二次林が成立します。
 
〈耕地雑草群落と人里植物群落〉
 雑草は,農作物栽培のための耕作による土地撹乱など,春・秋を交代期とする生活史
をもち,また作物と同様に窒素に反応して旺盛な生長をします。耕作が休止して他の植
物が生育してきますと,雑草は急激に減退します。
 人里植物は,人間の生活域において,表土が撹乱されたところに生育する植物で,大
多数は帰化植物です。耕地雑草も,多くは農業の伝来の時代にさかのぼる古い帰化植物
に由来するといわれ,史前帰化植物と呼ばれます。
 
〈日本における植生変遷〉
 植物は莫大な量の花粉を放出し,そのほとんどは授精にあずかることなく地表に落下
します。しかも花粉の外膜は化学的変化にもまた物理的変化にも強く,分解しにくいた
め,水中や湿地など酸素の少ない環境では古い時代の花粉がそのまま残されています。
 花粉の形態は様々な変化に富んでいるため,樹木では属レベルまで,草本では科レベ
ルくらいまで同定可能です。こうして花粉を調べ過去の植生や環境の歴史を明らかにす
る花粉分析という手法が確率されています。
 第四紀後半約100万年前ころからの,計4回の氷期の,最後の氷期であるヴェルム氷
期時代には,日本の植生帯は現在よりも1000〜1500m下降しており,年平均気温も6〜
9℃低温だったとされています。
 八甲田山田代湿原の例では,最下部520p以下の泥炭に含まれるカバノキ属,モミ属,
トウヒ属などの花粉はこの時代の終末期に堆積したものと考えられています。その頃は
このような樹木から構成される亜高山帯(亜寒帯)針葉樹林が,この湿原を取り囲んで
いたものと推定されます。海抜550mのこの湿原は現在は冷温帯落葉樹林帯の中にあり,
当時の植生帯は400mくらい下降していたことになります。
 この植生はその後急激に衰退し,カバノキ属が代わって優勢になります。さらに時代
を追っていきますとコナラ属が優勢になり,次いでブナ属が優勢になってしばらく経過
したあと,ブナ属がやや衰退して現在に至りました。最後の時期にはスギ属,マツ属と
ともにモミ属の花粉が再び増加するのが注目されます。
 スギは氷期の植物群には含まれず,間氷期の温暖な時期には顕著な植物です。出現率
の増減の経緯は地域により一定ではありません。おそらく寒冷な氷期に,比較的生育に
適した各地に隔離分布していたものが,気候の温暖化に従ってまず南から北へと順にそ
れぞれの地で回復し生活域を広げていったものと推定されています。
 イネの花粉分析によれば,福岡県板付遺跡では3500年前から栽培され,千葉市加曽利
では1600年前と推定され,青森県津軽平野では約770年前の花粉が検出されています。
 人の生活の現実は,原生的自然に囲まれて営まれているわけではありません。人と既
にかかわり合いを持った自然と,さらにかかわり合いながら生活域を形成して生きてい
るのです。その形成と変遷を知るための,ひいては生活域の仕組みを知るための一助と
して,人為とかかわる植生の変遷を跡づけることは,今後の大きな課題となりましょう。
 
             参考 「植物群落とその生活」東海大学出版会  THE END
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