田中一村の絵


 田中一村(本名は孝)は明治41年栃木で生まれました。はじめ南画,その後日本画を描きはじめ,50歳の時奄美に渡り,沢山の代表作を遺し,69歳で死去しました。  一村のほとんどの絵に共通するのは,絵の端から端まで,植物が細かく生き生きと描いてあることです。このため,見る人は,絵に描かれている鳥,蝶,亜熱帯植物が本当に浮かび上がって動こうとするように感じられます。  もう一つの特徴は,絵の中心近くに,山や海の岩などの遠景が描かれ,絵に奥行きができ,絵の中に入り込んで,そこで,生きた植物を観賞しているような気にさせられるところです。この描き方は奄美の頃の絵にとくに見られます。  その奄美の絵の中でも,とくに気に入ったのは,「クワズイモとソテツ(奄美の杜6),「ビロウとブーゲンビレア(奄美の杜8)」と呼ばれる二つの絵です。 「クワズイモとソテツ」の絵は,ほぼ全面にソテツとクワズイモが大胆に描かれ,その中に葉や花が生き生きと描かれています。遠景に,立神と呼ばれる海に高く聳える岩が目につきます。  「ビロウとブーゲンビレア」は,前者に比べて静止した感じがします。絵の左手にはビロウがうっそうと繁り,ブーゲンビレア等の花が咲いているところにツマベニチョウが止まっており,遠景には海の向こうに緑の山が聳えて,ともに印象的です。その間の茅葺きの高倉の屋根は人工のものですが,全く違和感なく絵に溶け込んでいます。  奄美の植物が虫の鮮やかな特徴が,とくに表れているようにも思うし,又何よりも,絵の中に小さく見える山や岩などは,奄美でよく見られる風景そのもので,とても身近に感じられるからです。  一村の奄美の絵は,実際の写生やデッサンをもとに,作者がイメージしてつなぎ合わせているようですが,そんな中で,生き生きとした絵や幻想的な不思議なところや,植物の描き方はアンリ・ルッソーにどこか似ているように思います。   日本風の落ち着いた絵で,こんなに装飾的に描き表せるのはすごいことだと思います。

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