ジャングル・ウォーズ
星野梨香 作
グリーンとイエローが連れ立ってフジの新しい住居を訪ねる途中、カントーを抜けて密林地帯が続く地域の小さな町に立ち寄った二人にエリカからの通信が入った。
「化け物?」
『最近その近辺のジャングルで巨大な影が頻繁に目撃されているんです。ジャングルに入った住人が襲われてもいますから気をつけてください。』
グリーンは嫌な予感がした。レッドなら「俺が調べてやる!」とでも言い出しそうだ。そしてここにも、もう一人・・・
「分かりました!ボクたちが調べてみます!!」
しっかりグリーンも行く計算になっている。
『そうですか。こちらでも調査隊を派遣しますから、彼らが現地に入るまで先行調査をお願いしますわ。』
グリーンとしても調査自体には異存はないが、単独ならばまだしも、イエローと一緒では乗り気になれなかった。
『巨大な影が出現するのは日が暮れてからだそうです。気をつけてください。』
「はい!」
イエローに気付かれないようにグリーンはため息をついた。
その夜住人たちが見守る中二人はジャングルの中に入って行った。
暗く静まり返った夜のジャングルには月の光もほとんど届かない。生まれてはじめてジャングルに足を踏み入れたイエローにとって、そこはまるで未知の世界だった。お互いの影しか見えない状態で、イエローはグリーンについて行くのがやっとだった。
突然視界が開ける。大きな川が二人の前に長く横たわり行く手を遮っていた。その水面に月の光が映り、二人の影が揺らいでいる。
「空から行くしかないな。」
空を仰いでグリーンは呟いた。
リザードンに乗って上空からジャングルを見渡す。川を越えてしばらく飛んで行くと、静寂を破ってジャングルの中から何かが飛び出してくる。それも1つではない。
「上昇しろ、リザードン!」
グリーンの指示でリザードンが急上昇する。だがその“何か”は更に速く急上昇し、リザードンを強打する。その衝撃で二人は空中に投げ出された。
「うわぁぁ!!」
イエローの悲鳴が響く。加速しながら地上へ落下してゆく中、グリーンはイエローの体を捕らえると共に巨大な影の正体が異常なまでに大きく育ったフシギバナであることを見分けていた。
フシギバナのつるのムチが二人に襲いかかる。体制を立て直したリザードンが寸前で二人をすくい上げた。
見知らぬ地でのこれ以上の戦いは不利だ。一度ジャングルを出た方が良いと判断したグリーンはリザードンに指示を出したが、八方からつるのムチが襲いかかってくる。ここからの脱出も困難のようだった。このフシギバナは二人を追い払おうとしているのではなく、明らかに殺気を持って二人に攻撃をしてきている。
グリーンはリザードンをジャングルの中に降下させ、リザードンをボールに戻して代わりにゴルダックを出した。
ゴルダックの「ねんりき」で脱出口を探り、足音を忍ばせてジャングルの中を進む。一体何があのフシギバナをあそこまで巨大に育てたのだろうか。そして何故侵入者に対してあそこまで激しく容赦のない攻撃をしてくるのか。人間とポケモンの共生が成り立つまでにはまだまだ長い時間を要するのかもしれない。そんなことを考えながらグリーンはイエローの手を引いて歩いて行った。
獣道に沿って進んで行くと次第に木がまばらになり、ジャングルの中に聳え立つ鉄塔の影が目に入った。その下には何かの作業場のような建物が点在している。近づいてみるとそれは何かの地下資源採掘場の廃坑だった。
「放置されて久しいようだな。これが原因か。」
おそらく、この廃坑が使用されていた頃から人間は大地を汚し、ポケモンたちに有害となる活動をしてきたのだろう。一見しただけでは自然が豊かに見えるこのジャングルも人間が気付かないところで死にかけているのかもしれない。
あのフシギバナはそれに気付いているのだろう。そしてあの巨大な姿もこの廃坑から流出した何かが原因なのではないだろうかとグリーンは思った。そして、その姿はおそらく仲間のポケモンたちにも脅威となってしまったのだろう。たった一人となってしまった孤独がフシギバナに人間への嫌悪感を覚えさせ、そして時と共にそれは憎しみへと変化していったのだろう。
「仕方ない。朝を待って町に戻る。あのフシギバナは夜にしか現れないようだからな。」
「はい。」
イエローは月の光を冷たく映す鉄塔を見上げた。このジャングルには不似合いなその姿にイエローは死の影を重ねていた。
翌朝ジャングルを飛び立った二人は念のためジャングルを大きく迂回して正午過ぎに街へと戻ってきた。
「あのポケモン、どうなっちゃうんでしょう・・」
「さぁな。ただ一つ確かなことは、あれと人間が共存するのは無理だということだ。」
「そうですね・・」
それからエリカの調査隊が現地に入るまでの間二人は再び動こうとはしなかった。
グリーンの通信で化け物の正体を知ったエリカは急遽自分で指揮を取ることにし、二人を加えた調査隊はグリーンの提案によって昼間にジャングルの調査を開始した。
「まぁ・・なんてひどい・・」
川を隔てたジャングルの奥深くは緑豊かな楽園ではなかった。周縁部からは想像もつかないほどに悲惨な状態になっている。白昼の陽光の中にどこまでも立ち枯れた樹木が立ち並んでいる。かろうじて生きているものも、ひどい病気に冒されているものが少なくなかった。
「木だけじゃない。草もやられているな。この前に来た時は夜だったから気付かなかったが・・」
「もうこのジャングルは息絶えようとしています。あなた方が見た廃坑がここまで大地を汚したことは間違いないでしょう。今までにもこうした例は数多く報告されていますし。この事件は私たちだけの手には余るものですわね。」
エリカのその声が終わるか終わらぬかのうちにジャングルの奥から隊員の声が響いてきた。
「どうやら見つけたようですわね。」
あの日グリーンとイエローが一夜を過ごした廃坑にそれはいた。
「命尽きたか・・」
鉄塔をなぎ倒し、押し潰そうとするかのように覆いかぶさっているフシギバナの巨体はその命が尽きた今もイエローたちを圧倒していた。
イエローの瞳に涙が溢れる。心の奥底から突き上げられるようにイエローは大粒の涙を流していた。グリーンはそっと包みこむように、涙を流すイエローの肩に腕を回した。おそらくイエローの胸の痛みを理解してやることはできないだろう。それでも傍にいることで何かはできるのではないか。ポケモンと思いを通い合わせ、回復させる力を持つイエロー。彼女はグリーンには思いも及ばぬ世界を持つトレーナーなのかもしれない。そんなイエローを大切にしたいとグリーンは思った。自分なりのやり方で、イエローの世界を妨げないように。
「もう戻りましょう。」
いつのまにか空は茜色に染まり、影が長く伸びていた。
翌朝早く彼らは町を出た。グリーンとイエローはフジの家を目指し、エリカたちはタマムシシティへと。
その後エリカの働きかけで政府もようやく重すぎるくらい重い腰を上げた。それから長い年月が流れた末にようやくこのジャングルの再生への道は開けることになる。
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