笑顔の花
星野梨香 作
カントーの北東部に位置するシオンタウン。ポケモンの霊が集うといわれているこの町に大きな麦藁帽子をかぶったポケモントレーナーが訪れた。
イエロー・デ・トキワグローブ。第9回ポケモンリーグの優勝者であるマサラタウンのトレーナー、レッドを尊敬するトレーナーだ。
「あれがポケモンタワーか。高いなぁ。」
イエローがここシオンタウンにやってきたのはグリーンに聞いた話がきっかけだった。この町にドードーを可愛がっていたフジという老人が住んでいることを聞いてイエローはシオンタウンまでやってきたのだ。
「フジさんの家はどこだろう。」
町の人に教えられてイエローはフジ老人宅に辿り着いた。だがそこにはフジ老人の姿はなく、家の中にはここ最近人が住んでいた気配はなかった。
「あの、ここに住んでいたフジさんというおじいさんは・・」
イエローは通りかかった町の人に尋ねた。
「フジ老人なら去年遠い親戚の家に移って行ったよ。可愛がってたドードーが死んでからこっちがっくり来てたからな。それですっかり体も弱ってしまって一人暮らしは無理だって言うんで引き取られたんだよ。」
「そうですか・・」
「可哀相になぁ。ドードーの墓があるこの町を離れたくないって言ってたんだけどな。」
可愛がっていたドードーが眠るこの町を離れたくないというフジ老人の気持ちがイエローは分かるような気がした。もし自分がドドすけと離れなければならなくなったらイエローだって辛い。生きていても死んでいても自分のポケモンと離れたくないという気持ちに変わりはないだろう。
フジ老人の事を教えてくれた町の人と別れると、イエローはポケモンタワーに向かった。どうしてもこのままシオンタウンを去ることは出来なかった。せめてそのドードーの墓前に花だけでも供えようと思い、途中で花を摘んだ。
「えーと、どんな花がいいのかなぁ。」
しばし夢中になって花を摘んでいたイエローが顔を上げると、道を歩いてきたグリーンの姿が目に飛び込んできた。
「グリーンさん!」
まさかこんなところであおうとは思ってもみなかったイエローは大いに驚いたが、グリーンはイエローがシオンタウンに来る事を予想していたのだろう。何も言わずにイエローの髪についていた一葉の葉を取ると、そのままポケモンタワーに向かって歩き出した。
再び歩き出したグリーンの背中をイエローは反射的に追いかけていた。
「あ・・グリーンさんも、このドードーのお墓に?」
グリーンの目的地もイエローと同じだった。イエローが摘んできた花を墓前に供える。その姿をグリーンはただじっと見守っていた。
「おやが遠くに行っちゃったんじゃお前も淋しいだろうね。」
一時期レッドのピカチュウを預かっていた事があるイエローとしては、フジ老人とこのドードーのことも他人事とは思えないのだった。自分もドードーを持っているとなればなおの事気にかかる。
全てのポケモンと人間が幸せであって欲しい。イエローはそう願っているが、現実はそう上手くはいかない。
「いくら同情したところで状況は変わらない。人間もポケモンも全てが思い通りにいくわけがない。それが世の常だ。」
「何もそんな言い方しなくても・・!」
イエローの視線とグリーンの視線がぶつかり合う。しばらくの間二人は睨み合ったまま動かなかったが、やがてイエローから視線をそらすとタワーを降りて行った。
「あんな言い方・・」
初めてグリーンと出会って以来、イエローは様々な経験をし、多くのバトルをくぐり抜けてきた。そうしてそれなりに成長してきたつもりだ。それはグリーンを始めイエローを取り囲む人々もそう思ってくれているものと思っていた。
だが、グリーンはそうではなかったのかもしれない。そう思うとイエローはたまらなく悔しかった。
(どうすればボクはあの人に認めてもらえるんだろう・・)
イエローの目尻に涙がにじんだ。
イエローがポケモンタワーを出たのは翌日の明け方になってからだった。悔しさのあまりにじむ涙をこらえて、ドードーの墓前にうずくまっているうちに眠ってしまい、目が覚めた時にはもう空がにじみ始めていたのだ。
タワーを降りたイエローが外に出ると、入り口からやや離れた木にもたれるグリーンの姿があった。
「遅かったな。」
「グリーンさん・・まさか、ずっとここで?」
「それほど暇じゃない。」
そう言ってグリーンは折りたたまれた紙切れをイエローに渡した。その手が冷たい。口ではああ言っていても、夜通しここでイエローが出てくるのを待っていたのだろう。
イエローがグリーンから渡された紙を開くと、そこにはイエローがまだ見たことのない町の名が書かれていた。
「これ・・もしかしてフジさんの・・」
「同情して落ち込んでいる時間があるなら何かしら行動を起こせ。」
(そうだったのか・・)
この時になってイエローは初めてグリーンが何を言いたかったのか理解した。グリーンはイエローを認めていないわけではなかった。むしろその反対だったのだ。人の助けを借りずとも十分に行動できるとみなしていた。言い方がきつかったのはただ生来の性格のため。
グリーンとしても言い方がややきつすぎたと思ったのだろう。それだから再びタワーに昇ることはせずにイエローが落ち着いて降りてくるのを待っていた。
少し不器用なその優しさがイエローの胸に染みこんでゆく。イエローの顔に大輪の笑顔の花が咲いた。
二人の影が並んで町を出て行く。イエローは横目でそっとグリーンの横顔を見上げた。その顔は表情に乏しく、ともすれば冷たささえも感じられる。だがその瞳はイエローに向けられる時、その奥に秘められた厳しさが和らぐ。そして他の誰へ向けるものとも違う表情が顔を覗かせるのだ。そんな時イエローの鼓動は心なしか早まり、今までに感じたことがない不思議な喜びを感じる。
その気持ちが何なのか、イエローはまだ知らない。
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