「続・お気に入りの場所 〜イエローの場合〜」
「ママー! はやくはやくー!」
明るい日差しに照らされた並木道を、黄色いオーバーオールの小さな子が、とことこと駆けて行く。
「イエロー! そんなに走ったら、またころぶわよ! 気をつけなさーい!」
浅緑の葉をゆらすそよ風に、白い帽子を押さえながら、その子のお母さんらしい薄緑のワンピースの若い女性が、にこにこしながらその後を歩いて行く。
ここはシラカバ通り。 トキワシティの中でも、森にほど近い、静かな住宅街だ。
「・・・わーい! ボク1とう! ママ2とうね!」
植木の手入れをしていたアオキ老人は、その声を聞いて、ふと顔をあげた。
「おやおや、もうイエローちゃんが来る時間かい。 どれ、一休みするとしようかな。」
生け垣のむこうに、ぱたぱたぱた、と小さな足音がひびいたかと思うと、ばたん、と木戸をあけて、黒目がちの瞳を輝かせながら、、柔らかそうな金髪の子どもが飛びこんできた。
「ちゅーたん! ちゅーたんは?」
「いらっしゃい、イエローちゃん。 チュウ助なら小屋におるよ。」
庭の片隅の、柵にかこまれた小屋の中に、ずいぶんと年をとっているのか、毛並みの乱れた、尻尾が半分しかないラッタがうつらうつらと昼寝をしていたが、にぎやかな気配を感じたのか、ゆっくりと目を開いた。
「わーい! ちゅーたぁん!」 イエローは、大喜びで柵をあけて中にとびこんでいく。
「イエロー! まずアオキさんに、こんにちは、でしょ!」
「いやいや、かまいませんよ。 チュウ助も、イエローちゃんには、だいぶなついとるようだし、遊んでもらってありがたいくらいですわい。 ・・・しかしイエローちゃんや、ちょいと静かにの。 ここにチュウ助がおるのは、一応、ないしょじゃからの。」
「いつも、イエローがおじゃましてしまって、本当にすみません。 ・・・あ、このお菓子、とてもおいしいんですよ。 お茶に上がってくださいな。」
「や、こりゃ、トキワグローブさん。 すみませんね。 では、お持たせで申し訳無いが、お茶の時間といたしますか。」
浅緑の葉がそよ風にゆれる中、イエローは小屋のラッタに抱き着いて、ほおずりをしている。 ラッタも嬉しいのか、ひげをひくつかせ、半分しかない尻尾をふるふると動かしている。
「こうやって見ると、なかなかかわいいものですね。・・・」
そこで彼女は、少し声をひそめて・・・
「・・・ところで、このラッタ、もともと、食料を荒らしてつかまったのを、アオキさんがひきとった、って聞きましたけど・・・?」
「やれやれ。 内緒のはずが、どこから漏れたやら。 そのとおりです。 何年か前のことですが・・・」
アオキ老人は、老ラッタが捕らえられたいきさつを語り出した。
歳を取って、森ではうまくエサがとれなくなったらしく、人間の食料をあさりに、町の倉庫にもぐり込んでいたのだ、と。 大捕り物の末、なんとか捕まえたものの、どう処分したものかが決まらず、大揉めになったことも・・・。
「どうも、森に遊びに行った子どもが食べ散らかした残りをあさって、味をしめたらしいんですわい。
自分が飼うから、と言い出した子どもも、おったようですが・・・。 子どもには危険すぎる、ということになりましてな。 今はずいぶんおとなしくなりましたが、その時は、ものすごい大暴れだったそうですから。
野生のポケモンに、不用意にちょっかいを出しちゃいかん、ということをわからせるべきだ、という意見も出まして、厳しく処分する、と公表はしたんですが、・・・結局、好き好んでポケモンに危害を加えたい人間など、誰もおらんかったのですよ。」
「そうだったんですか・・・。
・・・・それにしても、ずいぶん慣れたものですね。」
「おかげさんで、最近やっと噛まれなくなりましてな。」
「え?!」
「はっはっは。 冗談ですわい。 ・・・ま、この歳まで野生で生きぬいてきたヤツですから、そうは慣れませんがね。 まだまだ、知らない人間には、歯をむきだして威しにかかりますわ。
しかしまぁ、イエローちゃんが、こいつの腹をまくらに昼寝していたのを見つけたときには、びっくりしましたわい。」
「本当にすみません・・。 この子ってばもう、ちょっと目をはなすと、ポケモンにくっついて、どこかへ行っちゃうし、とんでもないところで寝てるし・・・。 おかげで、さがしまわるのが大変で・・・、あら。」
「おやおや。」 小屋に目をやったアオキ老人は、思わず目を細めた。 さっきまで、ラッタと仲良く遊んでいたはずのイエローが、いつのまにか、そのわき腹をまくら代わりに、すやすやと眠ってしまっていたのだった。
「本当に、チュウ助のお腹の上は、イエローちゃんの、お気に入りの場所じゃねえ・・・。」
・・・その日から、8年の歳月が流れ去った。
幼い日の友達のことを、イエローは覚えていない。 それからまもなく、アオキ老人は遠くの町に引越し、チュウ助も共に去っていったのだ。
あの日の思い出は、降り積もった記憶の奥底におぼろになり、今も残るのは、ラッちゃんの毛皮にほほずりしたときに、どこからともなくわきあがってくる、甘やかな懐かしさだけ・・・。
・・・それでも、イエローのお気に入りの場所は、今もそこにある。
ドドすけと草原を駆け抜けるとき、ピーすけとお花畑を散歩するとき、ラッちゃんとトキワの森の水辺で静かな一時を過ごすとき・・・
イエローのお気に入りの場所は、今もそこ、ポケモンたちの傍らに。
今も、そして、これからも、ずっと。
「続・お気に入りの場所 −イエローの場合」 完
---あとがき&うらばなし---
まず初めに。 「イエローのお気に入りの場所は、○○のそばじゃーっ!!」という苦情は、一切受け付けいたしませんので、あしからず。(笑)
本編(ワタル編)の方でも書いていますが、この物語は、本編の悲しさ、やりきれなさを補うような形で書かれました。 ワタルのせりふの中にちらりと出てくるラッタの話がありますが、あれがこの続編を書き出したときのある種、核になっています。
ワタルが見たのが、人間とポケモンのかかわりの暗い面、陰の面だとするなら、イエローが見たのは明るい面だった。 それがその後の2人を別方向に歩ませてしまったのかもしれません。
しかしこれは、同一のものの裏表でもあります。 もしも、実は、トキワのポケモンセンターは、ワタル編で泉を削り、森を切り開いて作られたものであったのだとしたら? ・・・皮肉ですよね?
この物語は、一応書き上げてからずいぶん寝かせていましたが、これ以上寝かせても質が上がりそうもないので(^^;)、このたび発表させていただきました。