演出・羽田野真男が解説!
『火焚』とは何ぞや?
『カッコーの巣の上で』という映画を御存知でしょうか。アカデミー賞を総嘗めにした三十年程前の名作ですが、タイトルの「カッコー」は、もちろん「郭公」という鳥のことです。
カッコウは英名も「cuckoo」で、その特徴的な鳴き声が名前の由来であると思われますが、この鳥のもう一つの特徴として、巣を持たず、他の鳥の巣に卵を産み、ヒナをその鳥に育てさせる「托卵」の習性が知られています。
『カッコーの巣の上で』は、罪を逃れるために詐病で精神病院に入院した男の物語で、衝撃のラストシーンが話題となりましたが、巣を持たないはずのカッコウの「巣」の上で繰り広げられる狂気を予感させる、アンチノミックなタイトルが秀逸であると思います。
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さて、今回の『火焚ノ娘』ですが、タイトルの「火焚」は、スズメ目ヒタキ科の「オオルリ」をイメージしています。「大瑠璃」という名前の通り、オスは美しい瑠璃色で、目がクリッとしていて、大変可愛らしい鳥です。
ヒタキは、一般的には「鶲」と書きますが、地声が「カッ、カッ」という火打石の音に似ているため、「火焚」という名前が付いたとも言われています。
オオルリは、カッコウの仲間の「ジュウイチ」に托卵され、自分の三倍の大きさにもなるジュウイチのヒナを育てるのですが、ジュウイチの托卵システムはとても巧妙に出来ています。
まず、ジュウイチは、オオルリの卵を一つだけ巣外へ落としてから、そこへ一つだけオオルリの卵と色と大きさの似た自分の卵を産みます。
オオルリの卵を巣外へ落としてから産卵するのは、自分の卵を誤って落とす危険を無くすためです。
巣内の卵の数が変わらないようにするのは、自分の侵入をオオルリに悟られないためです。
卵の色が似ているのはカモフラージュとして当然ですが、ジュウイチの卵はオオルリの卵よりも少し大きめです。これは、仮にオオルリが異変に気付いたとしても、より大きな卵はオオルリに受け入れられ易いことから来ています。
そして、ジュウイチの卵はオオルリの卵よりも早く孵化します。
ジュウイチのヒナは、巣内の他の卵を全て巣外に落とすように行動がプログラミングされており、背中には卵を載せて巣外に押し出すための窪みまで備わっています。
さらに、最近の研究では、ジュウイチのヒナは、翼の裏側に、羽根が生えず、クチバシと同色の皮膚が裸出している部分を持っていることが分かりました。これは、オオルリが給餌にやってきた際、翼を持ち上げ、この部分を誇示することで、巣内にヒナが複数いるようにオオルリを錯覚させ、餌を多く運ばせるためです。
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こうして、オオルリは自分のヒナを殺された上、ヒナ殺しの張本人を育てることになるのですが、ジュウイチの悪魔のような所業には理由があるのです。
実は、カッコウの仲間は、進化が遅れており、体温調節が出来ないため、仮に営巣して卵を産んだとしても、それを孵化させることができないと言われています。
また、当然のことではありますが、他の鳥の生息状況に依拠した繁殖形態をとることから、ジュウイチがオオルリ以上に繁栄することはありませんし、巧妙な托卵も、若いオオルリの親は騙せても、ベテランの親鳥には見破られてしまうことが多いのです。
そして何より、種の維持のために托卵という手段を選択した結果、自分の手で子を育てるという動物としての本能的な喜びを奪われていると言うことも出来るのではないでしょうか。
そんなジュウイチの生態を知ってか知らずか、昔人が付けたこの鳥の別名が「慈悲心鳥」というのも、何とも皮肉なことです。
2006年8月 演出家
(『火焚ノ娘』パンフレット掲載)
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