ネットジャーナル「Q」

http://www2u.biglobe.ne.jp/~akiyama/

 

 ネットジャーナル「Q」を始めて200回になった。始めたきっかけはマスコミを目指す学生を意識して、その時々の世相をテーマにジャーナリズムの在り方に批判を込めて書くつもりだった。改めて読み返すと、テーマの選択が恣意的で、しかも論旨が甘い。「汗顔の至り」とはこういう時の言葉かと思い知らされた。

 ただ、望外の喜びもあった。ネットジャーナル「Q」の一部が法科大学院の入試問題に採用されたり、地方の学校で教材に使われたりしたし、いまでもこのページを読んだ人から講演の依頼を受けることもある。

 ネット上とは言え、200回にわたって文章を書き続けることが出来たのは、ひたすら活字の世界に憧れて青春を過ごした者の意地だったのかもしれない。あと何回続けられるか、可能な限り、これまで通り、思いつくままを記して行こうと思う。

本文を引用される方、ご意見のある方はご一報ください。  aki@kve.biglobe.ne.jp

 

最 新    第241回 18、19歳の投票行動は安定志向か(2016・6・23記)

再 掲    第240回 戦争放棄など5項目,再掲(2016・5・5記)

「戦争放棄」と天皇制

       第17回 第9条「戦争放棄」の起源を辿る(1999.10.20記)

       第214回 再考!終戦時の天皇免責工作(2013・9・16記)

 沖縄返還と「密約」

       第119回 沖縄返還「密約」記事は正しかった(2006・2・18記)

       第191回 2011年秋、「沖縄密約判決」など3つの怪(2011・10・6記)

 北朝鮮と核 第197回 ロケット発射か、瀬戸際外交か(2012・4・1記)

       第130回 北朝鮮報道を読む(2007・1・31記)

 水俣病60年 第22回 水俣病報道で“8年余りの空白”(2000.3.20記)

 

 米大統領と広島訪問

       第180回 サンデル教授に問う〜原爆は正義なのか〜(2010・10・17記)

       第191回 2011年秋、「沖縄密約判決」など3つの怪(2011・10・6記)

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『戦争と放送』

第224回  シリーズ9『終戦と放送』【25】〜【26】(2014・9・3記)

第223回 シリーズ8『終戦と放送』【22】〜【24】(2014・7・23記)

第181回 シリーズ7『終戦と放送』【19】〜【21】(2010・11・1記)

第179回 シリーズ6『終戦と放送』【16】〜【18】(2010・9.30記)

第178回 シリーズ5『終戦と放送』【13】〜【15】(2010・9・30記)

第175回 シリーズ4『終戦と放送』【10】〜【12】(2010・7・31記)

第173回 シリーズ3『終戦と放送』【7】〜【9】(2010・6・10記)

第172回 シリーズ2『終戦と放送』【4】〜【6】(2010・6・10記)

第171回 シリーズ1『終戦と放送』【1】〜【3】(2010・6・1記)

 

             

 

秋山久

(略歴) 

1935年東京生まれ。早稲田大学卒業 NHK(放送記者)入局 報道局社会部所属

警視庁警察回りを振り出しに鹿児島 福岡 山口 東京 大阪 東京で勤務。その間、

テレビ・ラジオのニュースデスク、ニュースキャスターを経験。

東京経済大学非常勤講師(1996・4〜2006・3)

明星大学非常勤講師(2001・4〜2006・3)

JASS「秋山教室」講師 30回終了(2010・7〜2014・8)

現在、フリージャーナリスト。

 ・「原彪日記〜日本社会党結党前夜」『エコノミスト』毎日新聞                 

  (93・10・12〜93・11・2)4回連載。

 ・「テレビ時評」『エコノミスト』毎日新聞 (93・10・12〜94.12.6)60回連載。

 ・「ミニTV史」『朝日クロニクル週刊20世紀』社会面(朝日新聞)に48回連載。

 ・『20世紀放送史』(NHK)一部執筆。

 ・「放送の歩みと暮らし」『くらしと産業』(くらしのリサーチセンター1995)

 ・「テレビとの付き合い方」『定年後世代の生き方 暮らし方』(平凡社2001)

 ・相手を納得させる文章を書く」『大学で教える小論文の書き方(オーエス出版 2003)

 ・『近現代日本人物史料情報辞典』(吉川弘文館2004・7)「原彪」の項担当

  ジャーナリストの志「児玉隆也38年の軌跡」(「早稲田学報」08・10)

  『帰えって来たSL〜山口線の旅〜』(日本放送出版協会1979)共著

 

第1回 謎の多い“玉音放送”の舞台裏 (1998.8.15記)

第2回 CNNは“サリン報道”で検証番組を (1998.9.11記)

第3回 浅沼委員長刺殺事件と報道 (1998.9.20記)

第4回 インターネットの正と負(1998.10.20記)

第5回 東京・府中の3億円強奪事件

番外 3億円事件の犯人よ!そろそろ名乗り出たら(1998.11.3記)

第6回「ラジオ深夜便」と映画「学校V」(1998.11.25記)

第7回 インタビューのこわさと難しさ1998.12.20記)

第8回 始まったマスコミの地殻変動(1999.1.20記)

第9回 「機密文書処分」はいまも昔も同じ(1999.2.20記)

第10回 北朝鮮の「核疑惑」報道(1999.3.20記)

第11回 報道倫理を裁くのは視聴者(1999・4・20記)

第12回 21世紀の医療とマスコミ(1999・5・20記)

第13回「死後の世界」、3人に1人は「ある」(1999・6・20記)

第14回 菅生事件とジャーナリストの死  (1999・7・20記)

第15回 再び玉音放送の謎について1999.8.1記

第16回 ドレフュス事件無罪で西欧の20世紀開幕(1999.9.20

第17回 第9条「戦争放棄」の起源を辿る(1999.10.20記)

第18回 世界の軍事費再び1兆ドル時代へ(1999・11・20記)

第19回 ダイエー中内会長の“資本主義と戦争”観(1999・12・20記)

第20回 メディア・リテラシーの必要な時代(2000.1.20記)

第21回 武力紛争に動員される少年兵士(2000.2.20記)

第22回 水俣病報道で“8年余りの空白”(2000.3.20記)

第23回 どうなるBSデジタル元年(2000・4・20記)

第24回 児玉隆也と田中角栄(2000.4.22記)

第25回 60年安保と樺美智子さんの死(2000.5.18記)

第26回 当世、宰相と記者の会話に危惧(2000.5.20記)

第27回 「ハゲワシと少女」のカメラマン自殺(2000・6・6記)

第28回 過熱した昭和史報道(2000・6・18記)

第29回 「一寸先は闇」の政界(2000・6・20記)

第30回 日米関係と日米報道関係(2000.7.7転記)

第31回 日米比較「原爆投下」「真珠湾攻撃」の是非(2000.7.7転記)

第32回 少年犯罪を招く周囲の無関心(2000.7.20記)

第33回 200年前の「奴隷広告」を謝罪した米紙(2000.8.20転記)

第34回 『ヒトラー独裁下のジャーナリストたち』を読んで(2000.8.20転記)

第35回 米国で始まったテレビニュース離れ(2000.9.20記)

第36回 再び懸念される「バターから大砲」(2000・10・20記)

第37回「戦後50年特集」放送余話(2,000・10・20記)

第38回 遺書が語る太平洋戦争(2,000・11・20記)

第39回 評伝 新聞記者時代の鈴木茂三郎2000・11・20記)

第40回 太平洋戦争開戦時のラジオ放送(2000.11.20記)   

第41回「戦後の3大誤報」「平成3大誤報」(2000・12・20記)

第42回 1960年代の放送中止事件(2000・12・20記)

第43回 あさま山荘事件(2000・12・20記)

第44回 善枝さん殺人事件と別件逮捕(2000・12・25記)

第45回 「やらせ」番組考(2,000・12・25記) 

第46回  豊田商事会長刺殺事件(2,000・12・25記)

第47回 歌謡曲「サヨンの鐘」の謎(2000・12・25記)

第48回 テレビ報道の40年(2000・12・25記)

第49回  オリンピックとテレビ放送 (2000・12・25記)

第50回 徳川義寛さんと“玉音放送"  (2000・12・25記)  

第51回 吉展ちゃん事件(2001.1.31記)

第52回 モラルハザードを憂える(2001・2・20記)

第53回 10年前の湾岸戦争報道(2001.2.20記) 

第54回 3っの数字で見る日本(2001.3.20記)

第55回 戦時下のラジオ放送(2001・4・20記)

第56回「知る権利」「取材源の秘匿」 (2001・5・20転記)

第57回 講義ノート「マスコミ論」から(2001・6・20記

第58回 日米講和・安保調印50年(2001・7・20記

第59回 放送記者の誕生(2001・8・20記)

第60回  断ち切れぬ報復の連鎖 (2001・9・22記)

第61回 湾岸戦争報道の轍を踏むな(2001・10・20記)

第62回 新聞コラムを書く人たち(2001・10・23記)

第63回 学生の2001年十大ニュース2001・12・20記)

第64回 「9・11テロとマスコミ報道」考(2002・1・29記)

第65回  2・26事件とラジオ放送(2002.2.10記)

第66回 日本語の乱れと揺れ(2002・3・10記)

第67回 「本土空襲」メモ (2002.3.10記)

第68回 「地下鉄サリン事件」の証言 (2002・3・20記)

第69回 有事法制審議と「ザカライアス放送」(2002・4・27記)

第70回 ロス暴動、市民ビデオ、メディア規制(2002.5.7記

第71回 「光文」元号誤報事件の雪辱(2002・6・23記)

第72回 失敗した8・15クーデター計画(2002・7・25記)

第73回「挙って国防、揃ってラジオ」の時代(2002・8・20記)

第74回 休日閑話〜本の始末〜(2002・8・20記)

第75回 拉致事件報道の最初は22年前(2002・9・20記)

第76回 内部告発と日本人(2002・11・1記)

第77回 映画『ショア−』の語るもの(2002・11・20記)

第78回 政治家に愛想を尽かした国民(2002・12・26記)

第79回 テレビ報道の「負の部分」(2003・2・7記)

第80回 トイレットペーパー騒動のころ(2003・2・20記)

第81回 あさま山荘事件〜さしかえ〜(2003・2・20転記)

第82回 イラク戦争の戦場取材に注目(2003・3・24記)

第83回 堀江忠男先生の思い出(2003・3・31記)

第84回 女優北林谷栄のメッセージ(2003・4・20記)

第85回 イラク戦争でも負けたメディア(2003・6・15記)

第86回 「沖縄新報」の悲劇 (2003・6・23転記)

第87回 自称「馬鹿八」外相の上奏文(2003・7・20記)

第88回「迫水内閣書記官長証言」に見る敗戦前夜(2003・8・15記) 

第89回 阪神優勝 18年前と今年(2003・9・21記)

第90回 新米高騰と10年前のこめ騒動(2003・10・25記)  

第91回 TV50年の視聴率「買収」(2003・11・23記)

第92回  再び戦争の世紀に向かうのか(2003・12・24記)

第93回  報道自粛要請と「戦時報道」(2004・1・22記)

第94回 2004年の世界と日本の行方(2004・2・14記)

第95回 米メディアの愛国報道2004・3・22記)

第96回 久米さんとクロンカイト氏2004・3・31記 

第97回 学生野球の父安部磯雄の反戦思想(2004・4・30記)

第98回 ソンミ村虐殺事件のことなど(2004・5・23記)

第99回 犯人視報道の構図(2004・6・27記)

第100回 8・15の「放送史」を変えた3人の証言(2004・7・29記)

第101回 59回目の8月15日を前に(2004・8・9記)

第102回 映画「華氏911」を観て(2004・8・30記)

第103回 最近、不可解なこと3題(2004・9・27記)

第104回 チェーホフ没後100年(2004・10・30記)

第105回 転換点に立つ「戦後60年」(2004・12・6記)

第106回  NHK放送史に新たな「負の遺産」(2005・1・27記)

第107回 米メディアの起死回生に期待2005・2・20

第108回 既存メディアに堀江ショック(2005・3・18記)

第109回 ラジオ放送開始から敗戦まで(2005・3・26記)

第110回 マスコミ入社試験考(2005・4・30記)  

第111回 個人情報保護と匿名発表(05.05.31記)

第112回 「ディープスロート」名乗りの波紋(2005・6・30記)

第113回 鹿地亘(かじわたる)事件と「国鉄3大怪事件」(2005・7・28記)

第114回 ピーター・ジェニングス氏 逝く(2005・8・26記)

第115回 朝日新聞の「ねつ造記事」考(2005・9・25記)

第116回「米公民権運動の母」の死(2005・11・3記)

第117回 ニューヨーク・タイムス紙の日本報道(05・12・6記)

第118回「日本語表現」の授業(2006・1・23記)

第119回 沖縄返還「密約」記事は正しかった(2006・2・18記)

第120回 人が真実を語るとき(2006・3・31記)

第121回 「三池」の映画を観て(2006・4・30記)

第122回 長州に8人目の宰相誕生か(2006・5・31記)

第123回 凶悪犯に死刑判決、相次ぐ(2006・6・30記)

第124回 1億円以上と生活保護水準以下(2006・7・31記)

第125回 マスコミを受験するK君へ(2006・8・31記)

第126回 おじいちゃん子、安倍首相への注文(2006・9・30記)

第127回「新聞休刊日」を考える(2006・10・30記)

第128回 命令放送の憂鬱(2006・11・30記)

第129回 気になるマスコミの劣化(2006・12・26記)

第130回 北朝鮮報道を読む(2007・1・31記)

第131回 絵本『空気がなくなる日』のこと(2007・2・24記)

第132回 小倉侍従の見た皇居の空襲(2007・3・31記)

第133回 10年前のロシアの断面(2007・4・28記

第134回『終戦と放送』【1】軍部、放送を強要(2007・5・31記)

第135回『終戦と放送』【2】短波で和平交渉(2007・6・20記)

第136回『終戦と放送』【3】軍部批判はタブー(2007・6・30記)

第137回『終戦と放送』【4】2・26事件の亡霊(2007・7・20記)

第138回『終戦と放送』【5】(番外)皇居占拠事件と茶釜(2007・8・15記)

第139回『終戦と放送』【6】(番外)柳沢恭雄さんの無念

(2007.9.20記)

第140回 評伝「ジャーナリスト柳沢恭雄さんの死」(2007・10・31記)

第141回 『終戦と放送』【7】信時潔と「海行かば」(2007・11・30記)

第142回「政権益」と世論の乖離(かいり)(07・12・23記)

第143 『終戦と放送』【8】「九軍神」と「捕虜第1号」(08・1・31記)

第144回「第五福竜丸」事件はどこへ (2008・2・29記)

第145回 児玉隆也、没後33年(2008・3・31記)

第146回 えん罪事件の土壌はないか(08・4・30記)

第147回『終戦と放送』【9】8・15事件と陸軍(08・5・31記)

第148回『終戦と放送』【10】川口放送所占拠事件(08・6・30記)

第149回『終戦と放送』【11】8・15めぐる貴重な異説(08・7・31記)

第150回『終戦と放送』【12】記述に日米の違い(08・8・31記)

第151回 麻生首相誕生で思う「バカヤロー解散」(08・9・30記)

第152回(番外)消え行く定時制高校と公教育(08・10・31記)

第153回 再考「ハゲワシと少女」の写真(08・11・30記)

第154回 吉田内閣終焉のとき(08・12・31〜09・1・4記)

第155回 夕刊廃止に見る新聞の苦悩(09・2・1記)

第156回  2009年2月の雑観(09・2・28記)

第157回「西松解散」か、甦る「黒い霧解散」(09・3・31〜4・1記)

第158回『落日燃ゆ』にみる広田の「痛烈な冗談」(09・4・30〜5・1記)

第159回「足利事件」受刑者、えん罪の可能性も (2009・5・31記)

第160回「足利事件」、報道はどうだったのか(2009・6・30記)

第161回 映画『嗚呼 満蒙開拓団』とその時代のラジオ(2009・8・2記)

第162回 鳩山“新首相”は細川政権の轍を踏むな(09・8・31記)

第163回「政権交代」とマスコミのスタンス   (09・9・30記)

第164回 日米の新聞が危ない (2009・10・31記)

第165回『終戦と放送』【13】「海軍反省会」の衝撃(09・12・4記)

第166回 番外「信頼醸成」とは見果てぬ夢か(2010・1・6記)

第167回 1年前のマスコミ予想は「小沢首相誕生」だった(2010・2・4記)

第168回 『坂の上の雲』の映像化をめぐって(10・3・1記)

第169回 米テレビ局ニュース部門閉鎖の衝撃(10・4・2記)

第170回『終戦と放送』【14】50d爆弾に耐える防空壕(10・5・1記)

第171回 シリーズ1『終戦と放送』【1】〜【3】(2010・6・1記)

第172回 シリーズ2『終戦と放送』【4】〜【6】(2010・6・10記)

第173回 シリーズ3『終戦と放送』【7】〜【9】(2010・6・10記)

第174回(番外)岡田監督と恩師堀江監督との交流(2010・6・30記)

第175回 シリーズ4『終戦と放送』【10】〜【12】(2010・7・31記)

第176回 「玉音放送」の音源の謎(2010・8・5記)

第177回 平時に聞く少国民の歌「お山の杉の子」(2010・9・1記)

第178回 シリーズ5『終戦と放送』【13】〜【15】(2010・9・30記)

第179回 シリーズ6『終戦と放送』【16】〜【18】(2010・9.30記)

第180回 サンデル教授に問う〜原爆は正義なのか〜(2010・10・17記)

第181回 シリーズ7『終戦と放送』【19】〜【21】(2010・11・1記)

第182回『坂の上の雲』に見る司馬遼太郎の新聞批判(2010・12・05記)

第183回 世論調査“政局”(2011・1・30記)

第184回 ブーメランに喘ぐ菅直人首相(2011・3・1記)

第185回 原発事故、「大津波」指摘を軽視が致命傷(2011・3・31記)

第186回 悪戦苦闘の大震災報道(2011・5・1記)

第187回 国内初の原発メルトダウン報道(2011・6・6記)

第188回 政界へのむなしい戯言(たわごと)(2011・7・2記)

第189回 広島原爆投下から2日間の動き(2011・8・5記)

第190回 原爆投下にみる情報操作(2011・9・6記)

第191回 2011年秋、「沖縄密約判決」など3つの怪 (2011・10・6記)

第192回 日米に「まさか」の広島原発建設構想(2011・11・5記

第193回 70年前の神国日本の精神主義(2011・12・2記)

第194回 世論の風向きは脱原発依存へ (2012・1・9記)

第195回 「おみくじ考」ほか    (2012・1・31記)

第196回「1月行く。2月逃げる。」  (2012・3・3記)

第197回 ロケット発射か、瀬戸際外交か(2012・4・1記)

第198回 66回目の憲法記念日に  (2012・5・3記)

第199回 原発再稼動に「異議あり」 (2012・6・5記)

第200回 原子力の軍事転用への道? (2012・7・2記)

第201回 下村海南著『終戦記』を電子版で読む (2012・8・1記)

第202回 玉音放送録音の玉虫一雄さん逝く(2012・8・31記)

第203回 休日閑話 米国映画「ネットワーク」回想(2012・10・4記)

第204回 砂漠に緑の村を甦らせた日本人医師  (2012・11・03記)

第205回 斎藤隆夫の「反軍演説」にいま何を学ぶか(2012・11・28記)

第206回 CM♪「大きいことはいいことだ」の末路(2013・1・7記

第207回 テレビ放送60年にみる報道 (2013・2・3記)

第208回 原発過酷事故での「現場撤退」考(2013・3・11記)

第209回 気がかりな北朝鮮の若者の未来 (2013.4.10記)

第210回 米映画監督の語る原爆投下と東京大空襲(2013・5・13記)

第211回 田中首相に『金脈』質した米人記者、死亡(2013・6・9記)

第212回 君は「終戦詔書」を読んだか(2013・7・15記)

第213回 映画「終戦のエンペラー」の「天皇発言」(2013・8・17記)

第214回 再考!終戦時の天皇免責工作(2013・9・16記)

第215回 与党大物OBの相次ぐ注目発言(2013・10・29記)

第216回 裏付けられた開戦時放送の暗号(2013・11・28記)

第217回 20代は自民党が好き?(2014・1・12記)

第218回 「騎虎の勢い」が怖い (2014・2・16記)

第219回 戦後70年を前にした潮流     (2014・3・22記)

第220回 中国「一人っ子政策」のその後 (2014・4・23記)

第221回 中国の海洋進出どこまで (2014・5・27記)

第222回 「集団的自衛権」閣議決定の日の雑観(2014・7・2記)

第223回 続シリーズ8『終戦と放送』【22】〜【24】(2014・7・23記)

第224回  続シリーズ9『終戦と放送』【25】〜【26】(2014・9・3記)

第225回 続シリーズ10『終戦と放送』【27】〜【28】(2014・9・30記)

第226回 続シリーズ11『終戦と放送』【29】〜【30】(2014・10・1記)

第227回 日米開戦〜天皇への親書と対米最後通告〜 (2014・11・18記)

第228回 三木トリローの消えた番組「ユーモア劇場」(2015・1・15記)

第229回 狭山事件の再審無罪を望む (2015・1・31記)

第230回 昭和天皇の“終戦決意”2か月間、宙に(2015・3・10記)

第231回『昭和天皇実録』に見る「玉音放送」(2015・4・18記)

第232回『昭和天皇実録』に見る8・15クーデター事件(2015・5・30記)

第233回『昭和天皇実録』に見る「沖縄メッセージ」(2015・6・28記)

第234回 70年前の玉音放送 再生 (2015・8・13記)

第235回 55年前の反安保デモのレポート(2015・9・13再録)

第236回 映画「日本のいちばん長い日」〜新と旧〜(2015・10・15記)

第237回 昭和天皇「退位」をめぐる動き(2015・12・8記)

第238回 テレビの報道番組はどこへ(2016・1・26記)

第239回 NHKの“やらせ番組”で政治介入(2016・3・9記)

第240回 戦争放棄など5項目,再掲(2016・5・5記)

第241回 18、19歳の投票行動は安定志向か(2016・6・23記)