1984年4月9日−1984年9月24日
「ガラスの仮面」は「花とゆめ」で1975年に連載がスタートし
幾度かの休載を挟みながらも未だ連載中という
少女漫画界で一番のロングセラー作品です。
その間に舞台にもなりましたし、テレビドラマもありました。
また1998年には再度OVAという形でアニメ化されています。
人気があり有名な漫画というのは
視聴率が手堅くとれますので、アニメ化される事がしばしばあります。
当然、ファンの間でも「「ガラスの仮面」がアニメ化されるといいな!」
という話が交わされるようになりました。
「アニメージュ」ではアニメ化の噂が広まりLPレコードが発売された頃に
「ガラスの仮面」誌上アニメ化という企画がありました。
そして「花の子ルンルン」「ベルサイユのばら」といった作品で女性らしい華麗なキャラクターを
描いた姫野 美智さんがイラストを描かれました。
(後日、荒木プロファンクラブの会誌のインタビューでわかったのですが
これはセル部分だけではなく背景も姫野さんが描かれたそうです)
またアニメ制作会社というのは各社それぞれのカラーというものがあり
東映動画=原作つき多し・まんがまつり・荒木・小松原
東京ムービー新社=オリジナル作品・東映より大人っぽい・杉野・出崎
日本アニメ=名作もの・森・関・桜井
サンライズ=ロボットもの・安彦・塩山・湖川
という非常におおまかで、それでくくる事はできないのですが
分かり易い目安があります(敬省略)
ですので「ガラスの仮面」アニメ化決定!を聞いた時には全国民の9割が
制作:東映動画
キャラデザイン・作画監督:姫野 美智
と信じて疑わなかったのです。
が・・・
制作:エイケン=代表作・・・サザエさん
キャラデザイン:国保 誠
総作画監督:進藤 満尾
ちょっと!なんでエイケンやねん!
ウチに断りもなく、そない事してええと思っとんのか!わ〜れ〜
と、一人バタバタしておりましたが
何事もなく放映は開始されました<そりゃそ〜だ
そして何故かオープニングだけが姫野さんの作画だったのです。
何故?
覚えておられる方もいらっしゃると思いますが
当時、映画の「フラッシュダンス」が流行っておりまして
このオープニングはそれからヒントを得たそうです。
(当時の花とゆめの読者の投稿コーナーには
「マヤはレオタード着て人前で踊らない」という
熱心なファンの声もあったことを書き添えておきます)
本編はがんばっていた奥田 万里さんの回などもありましたが
(5話「ふたりの美登利」の振り向きのシーンは上手いです)
やはり残念ながら思ったレベルの出来でしかありませんでした。
またエンディングは横浜のマリンタワーのイラストの右側を
ただスタッフリストが流れるというもので物足りませんでした。
「ベルサイユのばら」のように姫野さんにイラストを描いていただきたかったです。
こんなの |
おもちゃは殆ど発売されませんでした。
女の子向け作品ですが人形の発売はなく覚えているのはボードゲーム・・・。
「止まった所のセリフをいかに上手く読めるか」を競うようなゲームだったと思います。
放映中に1度だけアニメ誌の表紙になりました。
これまた姫野さん。
表紙はいいから本編描いて〜!お願い〜!
これはもうオープニングのセルが欲しい!
と思っていたところ、「アニメージュ」にセル即売会の情報が載っており
販売予定作品に「ガラスの仮面」がありました。
オープニングがあるかどうかは行ってみない事にはわかりません。
東京の国分寺かその周辺だったと思うのですが
会場では普通に同時代のアニメ作品のセルが販売されていました。
が・・・
あれ?「ガラスの仮面」は?
なんと!そこには何の作品が入っているかもわからない「セル福袋」というものが
ひと袋3000円販売されておりまして
(袋の厚みからいってひと袋にセルが10枚位は入っていたと思います)
「当たればガラスの仮面のオープニングが入っていますよ!」という・・・。
なんと言っていいのやら・・・。
今なら経済力にモノを言わせて(笑)
とりあえず10袋は買ったと思うのですが<えっ (^_^;)
1984年当時は1日アルバイトをして5000円ほどだったと思います。
中に何の作品が入っているかわからないセルの福袋なんて買えるわけもなく
すごすごと帰路についたのでした・・・。
ちょっと惨め〜。
大人なんてキ・ラ・イ〜 (>_<)
しばらくして本屋さんで表紙と内容はヘボヘボながら
それでも姫野さんの描かれたポスターとその裏側のオープニングフィルムの紹介だけが欲しくて
ムック本を購入しました。
これが表紙っすよ・・・ (^_^;) 画:国保 誠 |
これがポスターね |
それから16年<地球へ・・・かっつの
オークションでオープニングセル
ゲット〜〜〜。
おめでとう!自分!
あ、キライな大人になっていたのか・・・ガーン。
2000年8月13日作成