私は、2年前、パートナーシップのあり方を調査するため、イギリス・ロンドンを訪れた。NPOと行政の対等性を確保するためのツールとしてのコンパクトが機能するためには、コーディネーターの役割の確認と社会の底辺に位置するマイノリティの政策参加の可能性とその社会的矛盾を解決するために有効に働くことが可能なのか検証することであった。そういった意味でも、この著書は、トータルな視点でイギリスと日本の現状比較ができ、有意義な振り返りができた。
現地の聞き取り調査で気になったのが、地域戦略パートナーシップ (L SP) とローカルコンパクトの関係であった。 政府は 最も貧困な地方自治体を近隣地域再生資金補助対象に指定し、犯罪、雇用、教育、健康、住宅・物的( physical )環境の課題に対して、具体的な目標値を定め、この資金運用や戦略のために結成されたのが地域 戦略パートナーシップ である。 一方、ローカルコンパクトにより、地方自治体とNPOセクターとの協働が各地で打ち立てられている。コンパクトは1998年に締結されているが、政府はつぎつぎに新しいイニシアティブを打ち出しており、コンパクトのような初期の労働党のパートナーシップ戦略は、埋もれてしまう恐れが多分にあった。地域戦略パートナーシップは、分野別のパートナーシップ組織の母体となり、「パートナーシップのためのパートナーシップ」という上位に位置づけられるものである。
私は、ロンドン自治区ハクニーのローカルコンパクトの成立のプロセスを調査した。ハクニーは、 イギリスで3番目に少数民族が多い地域である。中でも 、 黒人と少数民族(BME)と呼ばれるマイノリティは、雇用率、教育達成度、住宅状況、健康被害、人種差別等で著しい社会的排除を受けている。ハクニーの ローカルコンパクトの成立は極端に遅れていた。地域戦略パートナーシップには、地域を代表する大きなNPOセクターのみが加入し、 黒人と少数民族ボランティアコミュニティグループが入る余地はなかった。黒人と少数民族 コミュニティのニーズに対して地域戦略パートナーシップや近隣地域再生資金(NRF)、単一地域再生予算(SRB)などからアプローチや明確な戦略がなく、 BME セクターは、発展するより生き延びることで精一杯な状態でもあった。 ハクニーでは、ブレア政権による衰退地域への社会的包括策の国家戦略である 地域戦略パートナーシップに取り込まれていたのである。
このような意味で、ハクニーにおいて新たに成立したローカルコンパクトと地域戦略パートナーシップの関係性、とりわけ私の調査では見いだしえなかったコミュニティエンパワメントネットワーク(CEN)でのマイノリティグループへの資金の有効性を解明していきたい。
二つ目はそれも含めての特定地域への資金の注入による地域の変遷とそれにともなうマイノリティの意識構造の変化である。巨大な資金の流れは、ややもすると、利権の構造、利害対立を引き起こし、住民自治機能の衰退や住民の自立を奪い去り依存性を誘発する危険性がある。
イングランドの近隣再生地域での国家投資は、アメリカ合衆国の60年代後半の「貧困との戦い」施策による「コミュニティ活動事業」や「モデル都市事業」での黒人地域での資金提供、日本の同和対策特別措置法下における特定地域(被差別部落)への特別予算投入と対比できる。この英米日のまちづくりにおけるマイノリティの参加のさまざまな手法は、今後の協働と参加のあり方を考慮する上で参考になるであろう。単純化していえば、イギリスのパートナーシップ型、アメリカ合衆国の住民参加型、日本のキャンペーン型の比較検討である。
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