4.フェアトレードのビジネスモデル
この映画が追求する「フェアトレード(公正貿易)」というものについて、解説をしておきたい。フェアトレードは開発途上国の貧しい(正確には貧しくさせられている)農家(生産者)の人々の自立を支援する活動であり、同時に対等な人間同士のビジネスである。フェアトレードのビジネスモデルとは次のようなものだ *** 。
*** 詳細は、今年(2008年)5月出版の 長坂寿久編著『日本のフェアトレード――世界を変える希望の貿易』(明石書店、2008年) をご参照下さい。
(1) 適正な価格での取引/最低取引価格の設定
生産者との取引価格は、基本的には人間的な生活の保障を前提に設定される。コーヒーなど国際相場で価格が決まる商品については最低価格を設定し、それ以下に国際価格が下がった場合でも、この設定した最低価格で引き取る(FLO
=フェアトレードの認証機関である「国際フェアトレードラベル機構」
の場合)。もちろん、国際価格が上がった場合には、その分の利益が生産者に分配される。また、借金地獄から脱却できるよう、前払い方式を奨励する。従って、通常の取引価格より高くなる。それには、中間業者の排除や、品質向上や環境対応などの付加価値で対応していく。このことは、次項以下でさらに説明する。
(2) 長期的・安定的契約関係
自立のためには長期的・安定的取引関係が前提となる。フェアトレードは短期的取引関係でなく、長期的 な契約 関係を前提と する 。
(3) 組合の設立/割増金の支払い/民主的運営
フェアトレードでは、先進国側の団体(NGO)は途上国側の農家(生産者)の人々に協同組合やNGOなどの団体を設立してもらい、その団体との関係でフェアトレードビジネスを進めていくことになる。その際、適正価格で引き取るだけでなく、現地側の団体に対して「割増金(ソーシャル・プレミアム)」を支払う。
割増金が一定の金額になると、皆で民主的に話し合って使途を決定する。学校・診療所・公民館(コミュニティセンター、図書館等)等の建設、井戸や水道、奨学金制度、インフラの整備等々が行なわれ、これによってコミュニティの向上が図られていくことになる。また、フェアトレードはこうしたことが組合員全員の参加で決定されることとしており、現地側の団体の運営が民主的であることが取引の前提条件となっている。
映画ラストシーン近くに、人々が集まって話し合う場面がある。協同組合に貯まったお金で何をしようか。学校を建ててはどうかという提案があるが、学校建設 には資金が足りないので皆で寄付を集めようと合意するシーンがある。このシーンでは胸が熱くなった。
1999年に設立されたオロミア州コーヒー農協連合会は、「すでに4つの学校を建て、教室を17増やし、4つのヘルスセンターを設立し、2つの浄水供給所を設置し、200万ドルを配当金として農家に還元することに成功している」と映画パンフレットで紹介されている。
(4) 中間業者の排除/国際産直/顔の見える生産者
コーヒーなどの農産品は中間・仲介業者が入り込む複雑な流通過程となっている。そこで、この中間業者を排除し、小売(または消費者)への直売をコンセプトとする。これは日本の農家を元気づけた「産直運動」と概念を共有する、いわば地球規模の産直運動である。これによって産地のブランド名が登録され知名度を上げていくことも、マーケティング戦略の上で重要となってくる。〔後述のスターバックスの「商標出願」妨害事件参照〕
(5) 環境対応/品質向上/技術指導/伝統文化の尊重
フェアトレードでは、環境対応(オーガニック、日陰農法、地域原産の原料の使用等)や品質向上に真剣に取り組んでいる。それによって商品価値が上がるので、高めの価格での引き取りも可能となる。また、そのための技術向上支援なども行う。この映画のオロミア州農協連合会のメスケラさんも品質向上の重要性を強調し、その実現に邁進している。また、伝統文化を大切にすることもフェアトレードの目的の一つとなっている。
(6) 農業の多角化
映画の中にはこのシーンは登場しないが、モノカルチャー(単品作物)が低価格と貧困へ直結しがちとなるため、フェアトレードでは作物の多角化を促進する。換金作物の多角化のみならず、自給作物の栽培にも特に力を注いでいる。
トークショウでも、「コーヒーだけのモノカルチャーに問題があるのではないか」という質問があった。
(7) 児童労働の禁止
フェアトレードは児童労働を拒否する。学校に行く権利を奪われて強制的に働かされ、搾取されることがないよう求める。(子どもの健康と育成が配慮された「仕事」を問題視しているわけではない。)
(8) 情報提供
取引や市場の状況について情報を持たない生産者は、先進国側企業の言いなりに取引をするしかない。情報から疎外されていることがアンフェア取引のベースになっている。そこでフェアトレードでは、こうした取引、市場、小売情報などを生産者に提供することを大切にしている。映画では、主人公のメスケラさんがフェアトレードに近づくにつれ、より多くの有益な情報を得ていく姿が描かれている。
以上がフェアトレードの基本的なビジネスモデルである。生産者に対して、
チャリティ
分を上乗せした価格で買い取るだけの活動ではないことを、理解していただけただろうか。チャリティに訴える時代はすでに終わり、今や「市場」での持続的活動を前提として成り立つビジネスモデルとして成長した。一方、そこに、経営の難しさ も 生まれてきているわけである。
現在、世界でフェアトレードの取引をしている途上国の生産者は、800〜1000万人程と思われる。また、開発されたフェアトレード商品は、クラフト類、衣料、食品など130品目(数え方によっては3000品目)程といわれている。
世界のフェアトレード市場の規模は、現在では2000億円程と推算できる。この内、日本のフェアトレード市場は70億円程、ほんの3.5%程度にすぎない。
ところで、この映画では、主人公であるエチオピアのオロミア州農協連合会のタゼッセ・メスケラさんが、フェアトレードを追求する旅をしていく 。 彼は農家の受け取り分を増やす協同組合システムについては、日本の農協に招かれて八王子で2カ月程研修したときに学び、帰国後の1999年にこの農協を設立したのだという。映画では紹介されていないが、この話を聞いて、日本に暮らす 一人 としていささか心が和み、彼の旅の成功を一層うれしく感じたことを付け加えておく。
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