2.「新しい教員評価制度」について
<1>背景
問われている「意識」の内容について括弧に入れて議論を進めていきたい。そのことよりも「意識改革」がどのように教育公務員の前に現れ、それがどのように受け止められ、何が起きているのかを見ていきたい。 1980 年代の臨時教育審議会まで遡る必要があるかもしれないが、ここでは数年の動きだけ捉えたい。私が教職に就いた18年前に受けた初任者研修のときに、すでにPDSサイクルについて講義を受けた記憶があるが、ここ10年の間に学校経営をPDCAサイクルで進めることが、学校評価制度、学校評議員制度の導入などで進められてきた。また情報公開制度が整備されたため、内申書の開示に備えて指導要録の様式も改正された。生徒の懲戒や進級・退学などの処分も、裁判になったときにも対応できるよう指導資料の作成や保存が求められるとともに、強引な生徒指導も姿を消した。ある意味で市民自治が発達したのに伴い、教員の意識と行動も変わったといえる。
教員の「意識改革」や「人材育成」「能力開発」の手段として現在、取り組まれているものが「新しい教員評価制度」である。「新たな教員評価」登場の背景については、これまでの「勤務評定」が、以下の点で形骸化していることに対するものと一般的には説明されている。
一つは、評定の客観性や評定制度への疑問、校長の観察内容により評定制度がとられており、それを補うものとして、自己申告や自己評価の制度がなかったり、教頭等を評定補助者としてその参考意見を聞く制度になっていない。
二つは、教員自身に対する指導育成、意欲向上等に充分活用されておらず、校長が個々の育成課題を把握しても、評定結果が教員本人に告知される制度になっていない。
三つは、評定者に対する研修も充分といえず、評定能力の一層の向上が求められる。
また現在学校が現状維持型の組織から、課題解決・プロジェクト型の組織への転換をはかるためには、教員の人材育成・能力開発のための教員評価が必要であるとされている。
<2>「新しい教員評価制度」の実際
愛知県の公立高等学校では平成18年度から実施されている。この制度について具体的に検討してみたい。
1年間の流れを概観すると、学校経営案が作成される5月頃に教職員に目標設定を「自己申告・評価シート」に記入させ教頭に提出させる。またそれに対して校長が全員と面談して目標と手だてについて検討することになっている。そして年度末に最終評価を「自己申告・評価シート」を用いて「目標への取組と達成状況」「来年度の課題」を申告させる。その後校長が全員と成果・反省・課題について面談することになっている。
「自己申告・評価シート」について、「<教諭・助教諭・講師>(高等学校)」版を例に参考に見てみよう。シートには、分掌・学年・学級経営・部活動経営・学習指導などの「目標区分」の中から二つ選ばせ、それぞれ「今年度の目標」を設定させ、それに対する「具体的な手だて」と「達成基準(ABCの3段階評価)」を当初に申告させる。
年度末には「目標への取組みと達成状況」を具体的に記入させるほか、「自己評価」をABCの3段階で記入させ、「本年度の研究・研修実績、講師実績、資格取得等」を記入させる。
そして、さらに「特性・能力発揮度」と「職務の状況」の2種類の自己評価をさせる。「特性・能力発揮度」の「評定要素」と「主な着眼点の自己チェック」は、愛知県教育委員会の手引きなどによれば例えば以下のようなものとなる。ローマ数字が「評定要素」、括弧内が「着眼点」である。
「T使命感(1.教育者としての愛情・2信念・熱意・責任、3自覚ある言動)、U協調性(4.意思の疎通・協力、5.周囲への支援・連携、6.相互間の問題解決に努める)、V行動力(7.臨機の措置、8.的確な判断と実行、9.新しい事への挑戦)、W説明・調整力( 10 .保護者等への説明、 11 .自分の考えを理解させる、 12 .意見の理解・整理・調整、 13 .多様な意見をまとめる)、X研究心( 14 .専門的知識・技能の向上、 15 .積極的な取組と創意工夫、 16 .情報収集と活用、 17 .反省と改善)。
またこれらについて、「顕著な取組及び成果等」があれば具体的に記入させている。
これは教頭が1次評価(ABC評価)として評価し、その後校長による評価(ABC評価)が行われる。
もう一つは「職務の状況」である。これも手引きの例を挙げると、例えば次のような評定要素と主な着眼点となる。
「T学校運営(1.役割の理解・目標の具現化、2報告・連絡・相談の実行、3.保護者等との連携、4.課題への取組、5.的確な対処)、U学習指導(1.学習指導目標の達成、7.学習意欲を高める指導、8.生徒全体の掌握、9.わかりやすい指導、 10 .習熟度に応じた指導、 11 .家庭学習の指導、 12 .評価と改善)、V生徒の指導( 13 .計画的実施、 14 .基本的生活習慣等の育成、 15 .生徒を理解した指導、 16 .健康安全指導、 17 .問題の早期発見と適切な対応、 18 .生徒会・ホームルーム活動・部活動、 19 .儀式・行事等の指導、 20 .家庭との連携、 21 .人権に配慮した指導、 22 .生徒との望ましい関係、 23 .反省と改善)、W校務の処理( 24 .校務の積極的処理、 25 .正確で間違いがない、 26 .仕事の計画の適切さ、 27 .諸表簿の記録と整理、 28 .施設・設備の整備・保全、 29 .規律・守秘義務を守る)。
そして一番最後に、「来年度の課題」について記入させられる。
目標管理の導入であるが、能力評価と業績評価をともに「顕著な取組及び成果等」と顕在的な行動を評価する成果主義を導入している。
<3>「新たな教員評価制度」の評価
まだ2年間のトライアル(試行)に過ぎず、統計的なデータもないが、「評価」を試みたい。
導入時に、制度の目的や意義について教職員に対する「説明」が少なかった。給与や処遇への反映させていいのかという批判に関心が集まったので、不安を鎮め不満を抑えるためであったかもしれないが、情報が少ない。ともかく指示されたまま教員は動いたに過ぎないといえる。また各自の目標について、年度当初に手だてに対する指導や助言はなかった。シートが丁寧に精読されていない可能性も否定できない。また授業観察など目標達成に取り組んでいる現場に管理職が足を運ぶ例はあまりなかったためか、最終評価についても、評価理由の説明も、人材育成となるような指導・助言もなかった。管理職からは数値目標にして(管理職が)評価しやすいようにして欲しいという要望が出たくらいだ。
このような実態を「勤務評定の形骸化」への改善という目的に照らして評価すれば、現在のところ、この新制度の目的は達成されていないと言わざるを得ない。
何が専門性なのか、どのように評価するのか解らないまま、教員は手探りで目標を作成したに過ぎない。また目標を立てただけで、PDCAサイクルによって運用されることもなかった。
評価される教員にしても、評価する側の管理職にしても、「改革疲れ」を生み出す事務量の増加と判断すれば、負担が重くならない程度に取組み方への意欲を落として簡略に済ませるのは当然といえよう。
また視点を変えれば、現職教員が高齢化しており、今さら人材育成に時間とお金を使おうという教員は半数を割っているのが実態かもしれない。
学校教育の仕事は農作業に似ていると言われる。文化祭や体育大会など年中行事など定型化された仕事が多い。多くの教員は現状の繰り返しあるいは現状の延長線上で仕事を考える。この枠を越えたビジョンや目標を創造し、実現させるためにマネジメント方法を発想する戦略思考は発達せず、前例踏襲や課題の解決を先延ばしをする傾向が強かった。
したがって、ごく普通の教員であれば、2001(平成13)年の公務員制度改革大綱による新給与制度や2005(平成17)年の人事院勧告の「年功的給与構造の見直し」「勤務実績の給与への反映」などは蚊帳の外であり、理由も解らないまま号俸急が細分化し、査定昇給制度が導入されたという感覚である。
いずれにせよ、生徒や保護者などへの教育サービスが改善されたとか、教職員集団内部が活性化したという声は聴かれない。この制度は、現場で理解されないまま導入され、すでに形骸化してしまっている。これが本格導入されると、結果的には管理主義的に使われ新しい発想や革新的行動は封殺され、内部評価への不信が生まれるかもしれない。 |