4 . 開発途上国の 実態―― 90年代は「絶望の10年」
〔人間開発報告書〕
読者には開発途上国の実態について理解をいただかねばならない。さもなくば、MDGsの意味、NGOの主張を含め、現代の世界を理解することはできないだろうからである。
現代の開発途上国の実態を報告しているものとしてはUNDPの『人間開発報告書』がある。MDGsについてはUNDPが中心的にモニターすることになっており、以下の統計的報告はこの『人間開発報告書』によっている。
とくに2003年版がMDGsについての基本解説報告書となっており、2005年版がMDGsのその後のモニター評価報告書となっている(注 1)。以下、途上国の実態について、UNDP『人間開発報告書』をベースに記述する。
私たちにとって世界の格差構造を示す図として最も有名なのが、世界所得を人口の5分割で示した「シャンパングラス」の図である(1992年版)。この表は開発教育協会が作成した『世界がもし100人の村だったら』のワークショップなどでも使用されていてよく知られている。〔以下の図は開発教育協会から引用〕
この図は、世界人口の20%の人々が世界の所得(富)の82.7%をとっていることを示す。次の20%の人々が11..7%と突然少なくなり、さらに次の20%は2.3%と小さくなる。その次の20%は1.9%、最後の20%の人々は1.4%とさらに小さくなる。つまり、世界人口の60%という多数の人々は世界所得の5.6%を得ているに過ぎず、世界人口80%の人々は世界所得の17.3%を取っているに過ぎない。この所得分配を左右対象の図にするとまさにシャンパングラスのように上部が膨らみ、突然細い軸になっている図となることから、「シャンパングラスの図」と呼ばれるようになった。
〔90年代の途上国の成果〕
UNDP報告によれば、90年代は開発途上国にとっては「絶望の10年」であったが、しかしマクロ数字では途上国の成果として以下の点がみられた。
@1990年以降、途上国の平均寿命は2年延びた。
A年間の乳幼児死亡数は300万人減少した。
B未就学児童数は3000万人減少した。
C1億3000万人以上の人々が極度の貧困から脱却した。
しかし、こうした一見したマクロ的改善は中国とインドでの経済発展によって達成されたものであって、他の開発途上国の実態は90年の頃より厳しいものに陥ってしまったのである。このことは3つのことを示している。
一つは「経済発展」は貧困を削減するということである。これは経験的(日本やアジアでのケースでも明らか)にも、理論的にも立証されている。第二は貧困の現実は依然厳しいということである。それについては以下にいくつかのデータを示すことにする。第三は、しかも格差が大きく発生しているということである。10年前に比べ一人当たり所得が減少してしまった国、貧困が増大してしまった国が増えている。UNDPが発表したシャンパングラス図は、10年後は一層軸の部分が痩せ細っていることになる。貧困と不平等という双子の厄害が、現代の世界の問題なのである。
〔途上国の実態〕
以下にUNDPの報告から少し整理して抜き出してみよう。
@貧困
・1日 1ドル未満で生活する極度の貧困状態(絶対的貧困)の人々は、10億人を超える。
・1日2ドル未満で生活する貧困層の人々は25億人を超える。これは世界人口の40%に相当する。
A乳幼児死亡率
・毎年1070万人の子どもたちが5歳の誕生日前に死亡する。
・サハラ以南アフリカは世界の出生数の20%を占めるが、乳幼児死亡数では44%を占める。
B子ども /初等教育
・推定では約1億人の子供が路上生活をしている。途上国では2億5000万人以上の児童が労働にかり出され、18歳未満の女子を含む 120万人にのぼる女性が毎年性的搾取の目的で人身売買されている。
・途上国では約10億の成人が読み書きができず、10億人が安全な水が利用できず、24億人以上が基本的な衛生設備を持たない。
・5歳未満児の約3分の1が栄養失調に苦しんでいる。毎年1800万人が伝染病で死亡していてる。9000万人近い児童が初等教育をうけられない。
CHIV/エイズ
・HIV/エイズ患者は、4000万人に上り、その95% が開発途上国に住んでおり、3000万人はサハラ以南アフリカに暮らしている。エイズは貧しい人々の病気になっている。この地域では平均寿命は1970年代には著しい伸びを示したが、それ以降はむしろ短縮しており、アフリカ9カ国では、2010年までに平均寿命が17年短くなることが予測されている。これは1960年代のレベルに逆戻りすることを意味する。
・2003年にはHIV /エイズで300万人が死亡、500万人が新たに感染、年100万もの子供が孤児になっている。
・ボツワナではHIV /エイズが原因で平均寿命が31歳も短くなった。
・エイズで親を失った孤児はアフリカ全体で1100万人。2010年には2000万人に達する。
・ジンバブエ、南アフリカ、レソトでは、15〜49歳の5人に1人以上がHIV /エイズに感染している。
D格差の拡大
・54カ国で90年代を通じて一人当たり所得が低下した。その内訳は、サハラ以南アフリカ20カ国/東欧・CIS17カ国/ラ米・カリブ6カ国/東アジア・太平洋6カ国/アラブ5カ国である。
・世界の最富裕層 10%の人々が世界所得の54%を とっており、世界人口の40%を占め、1日2ドル未満で生活している25億人の人々の世界所得は5%を占めるに過ぎない。
・人類の5人に一人は1杯のコーヒーに1日2ドル使うことを何とも思わないが、5人に一人が1日1ドル未満で生活している
・世界の最も裕福な500人は、最も貧しい4億1600万人の所得を合わせたよりも多くの所得を得ている。
・所得不平等が拡大している国々には、世界人口の80%を超える人々が暮している。
・最も豊かな国々に住む世界人口の5分の1と、最も貧しい国々の5分の1の人々の所得格差は、1960年は30対1であったが、90年には60対1へ、1997年には74対1に増加している。
・1990年代末までに「世界人口の5分の1に当たる最も高所得の国々の人々」が:
○世界のGDPの86% を占める一方、最下層5分の1は1%を占めるに過ぎなくなっている。
○輸出市場の82% を占める一方、最下層5分の1はわずか1%を占めるに過ぎなくなっている。
○海外直接投資の68% を受ける一方、最下層の5分の1はわずか1%を占めるに過ぎなくなっている。
○基本的通信手段である電話回線の世界全体の74% を使用する一方、最下層の5分の1はわずか1 .5%を利用するに過ぎなくなってしまった。
Eサハラ以南アフリカの実態
・18カ国(4億6000万人)で2003年の人間開発指数(HDI)は1990年より低下した。これは歴史的にかつてなかった後退であった。
・世界の最貧国26か国中、24カ国がアフリカの国々である。90年代を通じてサハラ以南アフリカの貧困は悪化した。ちなみに、ザンビアの60年代の経済規模は韓国の2倍であったが、今は28分の1である。
F貿易
・世界貿易が2倍以上に増大している中で、世界人口の10% を占める後発開発途上国が世界輸出に占める割合は1980年の0.6%から、1990年0.5%、1998年0.4%へと縮小してしまっている。サハラ以南アフリカのシェアは1980年の2.3%、90年の1.6%、1998年1.4%へと減少している。
G海外直接投資
・1998年の世界の直接投資額は6000億ドル以上に達したが、48の後発開発途上国が誘致した直接投資額は30億ドル弱で、全体のわずか0.4%に過ぎない。
〔 MDGs失敗の場合の実態〕
では、開発途上国がMDGsから取り残され、 現状のまま進展すると、2015年の損失はいかなるものになるのだろうか。
@乳幼児死亡率――2015年には死亡を避けられたはずの乳幼児440万人の命が失われる。貧困によって5歳の誕生日を迎えずに死亡する乳幼児数とターゲット値との乖離は4100万人以上に達する。
A貧困削減――2015年には1ドル未満で生活する絶対的貧困の人々はさらに3億8000万人増える。
B初等教育――2015年には4700万人の子どもが学校に行けない。
かくして、UNDPは、「世界は明らかに人間開発の失敗に向かっている」(『人間開発報告書』2005年版)と報告している。そして、次のようにも書いている。
・最富裕層から最貧困層へほんのわずかの所得再配分だけでも、貧困削減に大きく貢献する
・ 1日1ドル未満で生活する10億の人々を極度の貧困線より上に押し上げるのに必要な費用は3000億ドル。これは世界の最富裕層10%の所得の1.6%に過ぎない
・10億人を助けるために必要な追加必要額は先進国のGNPの0.5%。100ドルにつき50セントほどである。
〔貧困のメカニズム〕
途上国がますます貧困に陥ってしまった理由として、2点だけ指摘しておこう。一つは90年代には米ソ援助競争時代が終焉してしまったことである。東西冷戦時代には一つでも多くの国を自陣営に引き入れるため、アフリカなどの小国にも援助を提供してきた。また途上国側も米ソ対立を利用して援助を引き出すことができた。しかし、そうした冷戦の時代が終わってしまった。そのため、90年代に援助予算は大幅に削減され、サハラ以南アフリカの一人当たり援助額は3分の1へ減少してしまっている。
もう一つは経済のグローバリゼーションの進展である。 現在のグローバリゼーションのメカニズムには富める国はますます富み、貧しい国はますます貧しくなるメカニズム (構造)が組み込まれている。WTO(世界貿易機関)によって導入されたメカニズムや、世銀・IMFによる融資条件(構造調整計画/SAP)というメカニズム、世界最大の貿易障壁である先進国の農業補助金や農業市場の防衛などが、格差構造を生み出す仕組みとなっている。これらの点のいくつかについては本メルマガですでに書いてきたと思う。 |