4.憲法9条が平和の担保
12月10日、都内で「映画 日本国憲法」出演者来日記念・上映会+シンポジウムが催された。シンポジウム「アジアから見た日本、そして憲法」の中で、中国の映画監督・班忠義氏は「中国脅威論を日本人に言われることに違和感がある。日本はアメリカの強大な軍事力に守られており、それを中国が脅威だと感じているというのが公平な見方だ」と指摘した。その上で、班氏は日中関係を長いビジョンで捉えることを提唱し、「国を超えた日中交流を推進しなければならない。その際、憲法9条は安全な社会をつくる上での模範となる存在だ。この人類からのプレゼントともいえる9条を日本はなぜ自分から捨てようとしているのか。9条は日本だけでなく世界の問題だ」と訴えた。
日本とアメリカの軍事力は中国にとって脅威であり、中国政府が軍拡を進める理由付けになっていた。しかし日本では中国の反日行動と軍拡ばかりが報道され、日本列島に存在する軍事的プレザンスについて公平に語られることが少ないように思う。中国や韓国の国民レベルまで憲法9条の意義が十分伝わっている訳ではないが、アジア・太平洋地域の平和を担保する重要なファクターとして日本の政府を抑制してきた事実には変わりがない。
「映画 日本国憲法」を撮ったジャン・ユンカーマン監督もシンポジウムで「アジアで憲法が知られていないのは、9条の平和理念を日本政府が誇りを持って実現しようと努力していないからだ」と述べている。 また、韓国の歴史家・韓洪九氏は、イラク派兵後の韓国では、軍事政権と民主化運動との妥協の産物でしかなかった韓国憲法に平和主義の理念をどうやって盛り込むのかといった論議が活発になっている、と発言した。 韓氏は「この時期、日本が9条の平和主義の理念を捨てようとしていることに戸惑いを感じる」と述べ、韓国知識人の9条への期待感を代弁した。 憲法9条は日本がアジアで二度と戦争をしないことを約束した、アジアの平和にとっての大きな担保だった。戦争で大きな被害を受けたアジア各国が象徴天皇制という日本の国家体制を受け入れたのは、9条という担保があったからだ。戦争と戦力の放棄を明確に規定した9条がなければ、日本が天皇制を維持することは極めて困難だったはずだ。
韓氏は日本の憲法の改正は、まず日本国民の日常生活を破壊し、次いでアジアの平和を破壊すると指摘する。さらに、「日本国憲法をユネスコの世界遺産に登録申請してはどうか?」と提案、「憲法9条はアジアだけでなく世界の平和に関わる問題であり、全世界が守っていくべきものだ」と訴えた。
05年10月、自民党が発表した「新憲法草案」について産経新聞を除くマスコミは「愛国心という文言が消え、復古的な表現が消えた」とおおむね好意的に評価した(註5)。しかし、9条2項は「自衛軍の保持」に置き換えられ、「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないようにすることを決意し」という一節は姿を消した。日本政府は二度と戦争を起こさないという決意を捨て去ろうとしている。少なくともアジアの隣国はそう受け止めるに違いない。
イラクでの米軍の死者数は05年10月、2000人に達した。 「WMDは見つからなかったが武力行使は正しかった」 「開戦の際、民主党も賛成したではないか」 と繰り返す無能な指導者の下での死は余りにも無意味な死でしかない。 「自衛隊」を「自衛軍」に変えることと、政府の行為によって再び「戦争の惨禍」が起きるのを防ぐという条文を葬り去ることは、相関関係にある。憲法改正は将来、政府の行為によって国民に無意味な死を強要する結果を招くだろう。ブッシュ氏や安倍氏のように政府はいつでも都合の良い言い訳を準備するものだ。マスコミや国民の大半が批判的精神を失い、「一億総白痴化」(註6)してしまえば、対米追随以外に外交戦略を持たない日本は、アメリカとともに「世界の孤児」となり、再び、軍備を拡張し、鎖国的状態に舞い戻る日が来るのは間違い。
註1)12月15日朝日新聞夕刊
註2)チャールズ・カプチャン氏「アメリカ時代の終わり」 NHKブックス(上)P82
註3)フランソワ・アイスバーグ氏「冷戦後からハイパーテロリズムまで」2001年9月13日仏紙ルモンド掲載 同上P64
註4)12月15日朝日新聞夕刊
註5)10月29日産経新聞は主張で、「国際社会の平和と安全のために日本がすべての面で積極的に貢献する決意を示したこ とは評価できる。ただ、原案にあった日本の伝統、歴史、文化などの記述が消えたのは残念だ」と述べている。産経は民族主 義者のナルシシズムに迎合し、政府の対米協調路線を無批判的に擁護しているだけで、日本が立ち向かおうとしているアジ ア外交の将来像についてはは何の関心も持っていないようである。
註6)小津安二郎監督の映画「お早う」(1959年、松竹大船)に、子どもにテレビをせがまれ困り果てた父親(笠智衆)が居酒屋 の酔客に「テレビなんて、一億総白痴化ですよ」と言われる場面がある。民放のバラエティ番組を見ている限り、小津の予言は 当たっているように思われる。
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