「メディアの読み方」講座 第8回  「オーマイニュース」が面白い!
土田修(ジャーナリスト)

 

 キーワード・・・ 市民記者制度、もう一つのNGO、ネチズン、記者クラブ開放

 「オーマイニュース」。02年12月の韓国大統領選挙で、若きネット世代(ネチズン)に投票を呼びかけ、盧武鉉氏の劇的な逆転勝利を演出したことで知られる韓国のインターネット新聞だ。昨年5月にはイスタンブールで開かれた世界新聞協会の総会でも紹介され、一気に世界中のメディアや研究者の注目を浴びた。

1.オーマイニュースの記事
 同紙はインターネットでハングルと英語版が出ている。近く日本語版も出るそうだ。とはいえ、既に、日本のインターネット新聞「JANJAN」のリンク集で日本語訳を読むことができるので、最近の紙面から日本に絡んだ記事を幾つか拾ってみた。

 @「小泉純一郎首相の謝罪は本物?」(4月22日)

 A「僕は靖国参拝したとは言ってないですよ!」(4月25日)

 B「植民地支配は謝罪、教科書づくりは拒否」(5月6日)

 @は、小泉首相が日本帝国主義の侵略について謝罪と反省を口にしたが、それは心からの謝罪ではなく、国際世論を沈静させ、国連安保理常任理事国入りを果たすための方便だ、という内容。記事では、小泉首相の発言に信頼性が置けないのは靖国神社参拝と歴史を歪曲した教科書問題が影響していると明確に指摘している。同紙が韓国側の反応として取り上げている民族問題研究所事務局長のコメントには考えさせられる。同事務局長は、日本の首相の国内での行動と国外での発言が異なることが多い、と指摘したうえ、「日本の右傾化は昨日今日のことではない。もはや東北アジアが連帯して日本の右傾化に積極的に対応する必要がある」と強調している。

 日本の右傾化についてはフランスのルモンド紙も何度か指摘しているので、アジアの新聞の専売特許ではなさそうだ。さらにルモンド紙は右にハンドルを切り続ける小泉氏が「その理由について何も語らない」ことが不思議だとも書いていた。一言で言えば、国内問題として小泉首相の靖国参拝問題を取り上げない日本の世論やマスコミ報道をフランス人は理解できない、ということなのだが…。

  Bは、訪韓中の武部自民党幹事長と冬柴公明党幹事長が、韓国側から提案のあった韓中日共同歴史教科書づくりを拒否した、という内容。記事によると、韓国側の与野党代表が日本の歴史教科書の歪曲問題を取り上げ、「ドイツとフランスが共通の歴史教科書を書いたように、日本も信頼回復のために努力すべきだ」「韓国と日本の信頼を高め、国民の間の不安を解消すべきだ」と提案した。これに対し、武部幹事長は「同感だが、現実的には日中韓共同教科書づくりは難しい」「日本の文部省が教科書に対する検証基準に基づいて審議会などで専門家の意見を聞いているが、政府が教科書編集者に修正を命令する立場にない」と答えた、とある。

2.親日家・チョ氏の憤り
 Bについては、当然のことながら日本の新聞も報道はしている。しかし韓国側の主張や反応について十分伝えているとはいえない。その点、Aは日本では報道されなかった興味深い記事の1例。主役は親日家で知られる韓国の歌手チョ・ヨンナム氏。チョ氏は今年1月、日本で「殴り殺される覚悟で書いた親日宣言」(ランダムハウス講談社)の邦訳本を出版し、韓国で大きな波紋を呼んだ。

 そのチョ氏のインタビューが4月24日付産経新聞に載った。その中でチョ氏は昨年9月、国際交流基金の文化人招聘プログラムで来日したときのことを語っている。「どこか行きたい場所はありませんか」と交流基金側に聞かれたチョ氏は「靖国神社」と答える。靖国神社の感想をチョさんはこう語る。「やられたと思った。『トリイ』は目立っていたが、普通の神社と変わらなかった。参拝をけしからんと韓国や中国が声高に叫ぶことで、ものすごい場所かと洗脳されていた」

 その上で、チョ氏は「彼ら (日本人) は自分たちの先祖がいくらひどいことをしたとしても、先祖だから何があっても祀らなければならないと言うだろうし、われわれは、犯罪者扱いすべきで、合祀や参拝はけしからんと言うだろうと思った」と感想を述べている。

 韓国の人が持っている靖国神社についてのイメージには驚かされる。個人的なことを言えば、初めて靖国神社に行ったときに驚いたのは、大きな鳥居よりも、鳥居をくぐった先にある大村益次郎の大きな銅像の方だった。大村益次郎といえば、戊辰戦争で活躍した維新期の軍事的天才で、維新後は徴兵制を核とする近代陸軍の設立を進めたが、1869年に徴兵制に反対する旧士族に暗殺された。戦争など国事に殉じた者なので靖国神社とは縁が深いのだろうが、天をつくようにそびえ立つ巨像には正直言って違和感を覚える。

  オーマイニュース紙のAの記事に話を戻す。実は産経新聞の記事の中でチョ氏は靖国神社を参拝したと書かれている。実際、チョ氏は靖国神社に足を運んでいるのだから、日本人の感覚としては「参拝した」と受け取るのも無理はない。ただ、この勘違いが親日家のチョ氏を怒らせてしまった。Aの記事によると、チョ氏の憤りは「靖国に参拝した」と書かれたことにとどまってはいない。「産経新聞は代表的な右翼新聞であるという指摘に対して『その事実を今日になって知った。この新聞が歴史歪曲教科書を支援する会社であることも今日知った。……本当に参った』と述べた」
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3.総選挙連帯の市民運動
 2002年5月、日中韓NGO/NPO交流の取材で韓国を訪問した際、ソウル市内にある同紙オフィスへ足を運んだ。10数人のスタッフがコンピュータに向かっている編集局で編集長(当時)から同紙発刊のコンセプトを聞いた。

 同紙は2000年2月、月刊誌や中央紙をやめた記者4人が市民メディアを作ろうと創刊。「記者は特別な存在ではない。すべての市民が記者である」というスローガンの下に、ソウルを中心に釜山、大邱、大田、光州など5支社に配置された常勤記者40人と、市民記者約2000人(当時註1)が、連日約200本の記事を送信し、ガイドラインに沿って価値判断した上、150本前後の記事が紙面化されていた。経営方針は「既存メディアが取り上げないものを報道し、既存メディアの破壊を目指すこと」(同編集長)と明解だった。記事は実名が原則で良い記事を書いた市民記者を毎月表彰し、米俵やスニーカーといったユニークなプレゼントが贈られると聞いた(現在は市民記者の記事にはそれぞれ謝礼が出ているそうだ)。

 同紙が最初に注目を集めたのは、2000年4月の韓国総選挙のときのこと。この選挙のとき、弁護士の朴元淳(パク・ウォンスン)さんが代表を務めていたNGO「総選挙連帯」が腐敗国会議員の落選運動というユニークな市民運動を起こした。この運動はあっという間に、韓国全土に燃え広がった。同紙は総選挙連帯の指導部が全国をバスで走り回り、国民に訴えるプロセスを密着取材し、逐一報道している(註2)。総選挙連帯と一体となり市民運動の一翼を担ったのだ。同紙が自らを「もう一つのNGO」と呼ぶのはそのためだ。

 同紙が韓国の言論を大きく左右する存在になった背景には、韓国のIT情報のインフラ整備が挙げられる。韓国のブロードバンド普及率は75%。10代・20代では、ほぼ100%に達している、といわれる。この結果、インターネットと市民の合成語である「ネチズン」という言葉が生まれ、韓国の政治や社会を変革する原動力になっている。しかし、インターネットは単なるツールに過ぎないのではないか。

4.韓国民主化と386世代
 韓国では80年代、多くの学生や市民が民主化闘争に身を投じ、軍事政権を倒した歴史がある。市民による民主化革命といっていい。韓国の政財界をリードしているのは「386世代」と呼ばれる、30代(いまでは40代?)で80年代に民主化運動に参加した60年代前後生まれの世代のことだ。軍事政権下で弾圧され、逮捕され、地位や学籍を奪われた者も多かった。表現や言論の自由、民主主義そのものを、多くの犠牲を払って勝ち取ってきた、この世代が韓国の市民活動の担い手となり、「連帯」のような大きなNGOを活動面・資金面で支えているというのが韓国社会の現状だ。

 市民が民主主義を勝ち取ってきた韓国民主化の歴史を抜きにしては、韓国世論を動かすオーマイニュースというインターネット新聞の存在は語ることができない。同紙は「既存メディアの破壊」を経営方針の一つにしている。それは韓国の大新聞など既存メディアが軍事政権と癒着してきたという負の遺産を背負っていることと無縁ではない。既存メディアが作れなかった韓国社会における健全な世論形成を、大統領選挙や「親日人名辞典」の募金キャンペーン(註3)などの市民活動を通して知名度や影響力を増してきた。

 同紙の市民記者の記事は原則実名だが、掲示板では匿名の書き込みも認めている。しかし社内に「消しゴム記者」を配置しておかしな内容の書き込みを消しているという。さらに実名の書き込みと匿名の書き込みを差別化して、匿名記事の場合は少し手間を掛けないと読めないようにしているとのことだ(註4)。日本の「2ちゃんねる」も巨大な掲示板だが、書き込まれる内容は特定個人に対する誹謗中傷であるか、罵詈雑言である場合が圧倒的に多い(イラクで人質になった人たちを攻撃する人が何故あれほど多かったのだろう。フィリピン、イタリア、フランスでも人質を攻撃する論調は出てこなかった)。実名ではとても口にできないような差別的な言葉や独善的な主張を、匿名なら書き込めるというのが多くの日本人の精神構造なのだろうか? 「2ちゃんねる」を読む限り、日本のネット社会は民主的な市民社会を作り出す健全なツールとしての機能を果たせるのか絶望的な気分になってしまう。

5.新たな民主主義の創出
 ところで「既存メディアの破壊」という面でいうと、オーマイニュースは記者クラブ制度にも風穴を開けた。オーマイニュースの呼びかけで若者を中心とするネチズンが大統領選挙の投票に駆けつけ、盧武鉉大統領の逆転勝利を生み出した。その盧武鉉大統領は、大統領就任後初めての記者会見を、オーマイニュース単独で行っている。さらに、その後、これまで既存のメディアが独占的に使用してきた青瓦台(大統領官邸)記者クラブをあらゆるメディアに開放してしまった。韓国は日本の記者クラブ制度を模倣したといわれる。

 記者クラブ制度は登録している既存メディアの特権を守るが、同時に情報提供や資料提供資によって記事が書けてしまうことから、取材できない記者、取材しない記者を生みだしているのも事実だ。新聞各紙が画一的な内容になっている可能性もあり、本来メディアが持つべき批判精神を失わせ、権力との癒着構造の温床になっているとの指摘もある。こうした問題の多い記者クラブ制度について、韓国が先に改革への大きな一歩を踏み出したことは特筆に値する。

 オーマイニュースの市民記者制度は、おそらく新しいメディアのあり方として世界中に広がっていくと思われる。その際、既存メディアの価値感を大きく揺さぶり続けることだろう。その上で、新たな民主主義言論の場を創出するとともに、もう一つのNGO・市民社会の地平を拓くツールになるのは間違いない。

註1)「オーマイニュースの挑戦」(太田出版)によれば、「ニュースゲリラ」と呼ばれる市民記者は創刊当初は727人程度だったが、2004年6月現在、小学生から大学の教授、警官、軍人、公務員まで3万2千人に増えているという。

註2)2000年10月、金泳三が高麗大学前で居座ったとき、同紙は14時間連続で現場中継している。こうした密着取材を同紙は「集中と選択」と呼んでいる。(「オーマイニュースの挑戦」より)

註3)「オーマイニュースの挑戦」p46

註4)インターネット新聞「JANJAN」の「OhmyNews」呉社長との会談より

 

 

 



 

 

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