砥峰高原I(800m)  神河町   25000図=「長谷」


初夏の湿原に咲くノハナショウブ

 砥峰高原には、湿原特有の希少な生物が生息しています。それらの希少種を保護するために、現在の生息状況を調べ、その記録を残しておくことが大切だと考えています。砥峰高原の自然を守ることの大切さを、みんなで考えるきっかけになればと思い、調査の一部をこのページで公表しています。
 湿原の生物の観察は、木道からできるところがあります。湿原と湿原に生きる貴重な生物を保護するために、散策道と木道以外には立ち入らないで下さい。許可なしでは、草原内に入ることはできません。また、生物の採集を行わないでください。

ノハナショウブ

 緑の高原にすくっと直立し、濃い赤紫の花をつけるノハナショウブ。その気品ある姿は、初夏を彩る砥峰高原のシンボルである。
 とのみね自然交流館の山名知年さんに、30年ほど前の砥峰高原の写真を見せてもらった。そこには、花の咲き乱れるノハナショウブの群落が写されていた。
 しかし、今の砥峰高原にその面影は失われ、ノハナショウブはその数を激減させた。

 梅雨の砥峰高原は、今にも雨が降りそうだった。高原の高いところは、すでに乱層雲の底に没している。空気はしっとりと湿っているが、ひんやりとして気持ちがよい。
 砥峰高原には湿原が点在している。私たちは、今年の調査によってオオミズゴケの分布域を20ヵ所見つけ、No.1〜No.20の番号をつけた。今日は、その中のいくつかの分布域で初夏の植物を調べた。

 木道脇に1本のミズチドリが咲いていた。9日前に来たときはまだつぼみだったが、今日は下から半分ぐらい咲き上っていた。
 あたりを見ると、緑の草むらのところどころに、ミズチドリが白い花を浮き立たせていた。

ミズチドリ

  ミズチドリの花を探していると、一ヵ所が小さな紫色に見えた。花のようだが、遠くてその形は分からない。No.13湿原の近くである。
 近くに寄ってみると、それが初めて見るノハナショウブの花だった。赤紫の花びらが垂れ下がり、その中の黄色い斑紋が鮮やかだった。ここには1本だけが、大きく伸びたアブラガヤにうずもれるようにして咲いていた。

ノハナショウブ

 小川を渡り、No.18湿原へ移動した。
 ホソバヨツバムグラが、小さな小さな3弁の白い花をつけていた。ミゾソバはまだ咲いていない。コケオトギリの山吹色の花弁に、朝露がのっていた。
 ヤマアワの明るい褐色の穂はよく目立った。穂を触ってみると、カサカサと乾いた感触が伝わった。

コケオトギリ ヤマアワ

 No.17湿原は、蛇行して流れる一筋の流れの周りに広がっている。大きく育ったススキやアブラガヤを分けて、その流れに沿って歩いてみた。
 ススキの根元、ヒメシダの中にクモの巣のレースに包まれた小さな黄色いかたまりが見えた。もしやと思って、クモの巣を手でそっと摘み取ると、中からカキランの花が現れた。
 下を向いて広げた柿色の花弁。まだ早いのか、この茎には1つだけの花が開いていた。下からのぞきこむと、赤紫の筋をもつ唇弁が見えた。カキランも、初めての出会いであった。
 少し歩くと、また1つカキランが咲いていた。今度は、2つの花が開いていた。渋めの柿色は、緑一色の植物の中でその色を際立たせていた。


カキラン カキラン

 湿原は、オオミズゴケでおおわれ、その上や周囲にモウセンゴケが広がっていた。もうすぐいっせいに白くて小さな花を咲かせるだろう。
 小さな丸い小穂を線香花火のように散らせているのがチゴザサ。ひょろひょうろと曲がった花柄をルーペで見ると、環になった黄色の腺が鮮やかだった。

チゴザサ

 足元ばかりを見ていたが、ふとあたりを見渡してみると深いススキの草原の中。ノアザミが、ところどころに咲いている。カッコウが遠くで鳴いていた。
 ススキがまばらになって、明るく開けたところにはウツボグサが群れをなして咲いていた。 

ウツボグサ

 いったん湿原から上がり、とのみね自然交流館のベンチにすわって休憩した。朝と同じように、高原の高いところはガスっていた。昼になっても、気温はほとんど上がっていないように思われた。

 午後も、いくつかの湿原を巡った。
 湿原周辺のノギランはまだつぼみ。No.4湿原には、水が浮いていて、その周囲にオオミズゴケが広がっている。
 ここにも、ミツカドシカクイやヤマテキリスゲなどのカヤツリグサ科の植物が多く生えている。湿原の奥に、ノハナショウブが3輪、花を咲かせていた。

 No.5湿原は人工の平坦地にできた湿原で観察しやすいが、イノシシの掘り返しや車のわだちで荒れている。しかしなぜか、ここをハッチョウトンボが好んでいて、今回もまたオス・メスともに見ることができた。
 ムラサキミミカキグサは、まだ本当に小さかった。
 クサイが小さな花をつけていた。星形の花被片は半透明で、ピンクの毛でもしゃもしゃと膨らんだ柱頭をのせている。ルーペで覗くと、驚くほど美しかった。

クサイ

 湿原に広がったミズゴケの一角に、赤い卵型の胞子体がついていた。ここは、周囲のオオミズゴケが黄褐色を帯びているのに対して、春先であっても瑞々しい黄緑色をしていた。オオミズゴケとはまた違った種かなと思っていたが、今回改めて調べてみるとウロコミズゴケらしいことがわかった。
 これもルーペで見てみると、コケの世界が拡大されて楽しかった。

ウロコミズゴケ

 No.6湿原は、大きな湿原。トキソウがまだ咲いていた。ここでも、カキランを一つ見つけることができた。細い水の流れの脇に、ホソバノヨツバムグラ。オタカラコウの葉は、もうずいぶん大きくなっていた。
 この細い流れの奥にも、ノハナショウブが1つ花を咲かせていた。

トキソウ

 少し冷たい風が吹いてきたと思ったら、雨がポタリポタリと落ちてきた。最後に記録できたのが、コバノトンボソウ。種名の分からないイヌノハナヒゲの仲間の写真を一枚とって、帰ることにした。

 白い木道に、雨はひとつ、またひとつ、丸い斑点をつくっていった。

コバノトンボソウ

 ノハナショウブ減少の原因として、盗採やシカの食害があげられる。また、湿原の環境変化が影響しているかもしれない。
 湿原は、人の影響にきわめて敏感な弱い自然である。人が踏み込むだけでもすぐに壊れてしまう。そこにかろうじて残っている湿原の生物。厳しく繊細な環境下でも、盛夏に向かって精一杯の命を謳歌しようとしていた。

山行日:2015年7月4日

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