篠山城と春日神社で見る篠山層群 
(丹波篠山市)

篠山城で見られる篠山層群の地層(砂岩泥岩互層)

 ジオと歴史の旅。地質の好きな私と、歴史や街歩きの好きな妻との定番の旅です。今回は、日帰りで丹波篠山市を訪ねました。
 篠山城と春日神社に篠山層群の好露頭があるので紹介します。


1.篠山城の篠山層群

 篠山城は、篠山盆地の中央部、笹山と呼ばれている小さな丘に築かれた平山城です。1609年(慶長14)に徳川家康の命により建造されました。
 笹山は全体が岩盤でできているため難工事となりましたが、天下普請により1年にも満たない期間で城が完成しました。
 城域は一辺約400mのほぼ正方形で内堀と外堀を有しています。天守はありませんでしたが、二の丸には大書院などの御殿が建てられました。
 現在は堀や石垣がそのまま残り、二の丸には大書院が再建されています。

 車を止めた三の丸西駐車場は外堀の中。内堀を渡って石垣の間を二の丸に向かいました。直線的な単純な縄張りながら、虎口を囲む高い石垣や狭い門の跡に守りの強さを感じました。
 
篠山城へ(石垣の上に大書院の屋根が見える)

 篠山層群の露頭は、大書院の南東、本丸の石垣の間に見られます。二の丸から本丸に登る石段の左手になります。
 篠山城は岩盤を削って造られましたが、ここではこの岩盤を利用して石垣が組まれています。

石垣の中の篠山層群の露頭
  
 地層は、砂岩泥岩互層です。砂岩も泥岩も赤茶色で、篠山層群の特徴をよく表しています。砂岩層の方が泥岩層より厚いので、砂岩優勢の砂岩泥岩互層という言い方をします。露頭の中ほどの砂岩層は、厚さ65cmで層理面に垂直な節理が発達しています。
 砂岩の方が泥岩より硬く風化に強いので飛び出しています。砂岩層と泥岩層の境界である層理面は、明瞭な直線です。
 地層は北に傾いていて、走向傾斜はN66゜W55゜N(偏角補正済み)でした。

篠山層群 砂岩泥岩互層
 
 石垣の石も観察しました。城の石垣は、石の種類にそれぞれの城の特徴があっておもしろいのです。
 篠山城の石垣の石は、城周辺の鷲尾・追入・宮田・当野・油井などから調達されたそうです。篠山層群のものが多く、表面が白や灰色や黒色の地衣類におおわれていますが、その下の岩石の色を反映して全体的に赤茶色っぽく見えます。

篠山城の石垣

 石垣の石の種類としては、礫岩、砂岩、安山岩質の火山礫凝灰岩が多く見られます。礫岩は泥岩、流紋岩、チャートなど色とりどりの礫をふくんでいます。
 砂岩は、粒子が大きいもの(粗粒砂岩)が多く、粒子の大きさが不ぞろい(淘汰が悪い)のものがよく見られます。
 安山岩質火山礫凝灰岩は赤褐色で、岩石片に富んでいます。淘汰の悪い砂岩との区別が難しいことがありました。

石垣の礫岩 石垣の砂岩(中央の赤茶色の石)

2.春日神社の篠山層群

 篠山城から歩いて春日神社に向かいました。鳥居をくぐり随身門を抜けると境内が広がっています。春日神社は初め笹山に建っていましたが、そこに篠山城が築かれたためにこの地に移されました。
 境内に入ると左手に愛宕神社への石段がついています。この石段の右側に篠山層群の露頭が広がっています。
 岩の表面には地衣類が生え、さらにその上はコケ類や落ち葉におおわれています。少し観察しにくいですが、よく見ると砂岩泥岩の互層であることがわかります。篠山城と同じように砂岩優勢です。この露頭でも、硬い砂岩の方が飛び出しています。
 地層は南に傾斜しています。軽く褶曲しているので、3ヵ所で走向傾斜を測りました。N48゜W50゜S、N48゜W60゜S、N50゜W55゜S(いずれも偏角補正済み)でした。

春日神社で見られる篠山層群

 泥岩は赤茶色で、表面から細かく不規則に割れています。少し粒子が大きくなって砂岩と漸移しているところが見られました。
 砂岩は、少し赤みを帯びた灰色で葉理が発達したところが観察できました。級化構造も見られ、単層の下部は礫をふくんでいることがあります。

泥岩(赤茶色で細かく割れやすい) 砂岩に見られる葉理と級化構造

3.篠山層群の構造

 篠山城の地層は北に傾斜、春日神社の地層は南に傾斜していました。二つの露頭は、ほぼ南北に直線距離で560m離れています。
 なぜ傾斜の方向が反対なのか、この地域の地質図を見てみましょう。下の図は、「篠山地域の地質(栗本ほか,1993)」から引用した図に加筆したものです。

 篠山盆地には篠山層群が分布し、その周りは超丹波帯や丹波帯の地層が分布しています。
 超丹波帯は、古生代ペルム紀の付加体でこの地域では一部でジュラ紀の整然層におおわれています。丹波帯は、中生代ジュラ紀の付加体です。篠山層群は、白亜紀の今から1億1000万年前ほど前の地層です。

篠山盆地周辺の地質図 栗本ほか(1993)に加筆

 下の図は同じ文献の、南北方向の断面図です。地層がこのように分布しているのは、地層が凹型にたわんだ「向斜」という構造をしているからです。向斜は、図ではシンフォームという用語で表されています。
 向斜の谷底を結んだ線を「向斜軸」といいますが、篠山盆地の中央にほぼ東西に向斜軸が通っています。

南北方向の断面図 栗本ほか(1993)より引用

 篠山城跡と春日神社は、ちょうどこの向斜軸をはさんだ位置にあるために地層の傾斜の方向が反対になっているのです。
 篠山層群は地層をつくる岩石の種類や堆積のしかた、産出する化石の種類から、小さな盆地の中の湖や河川の近くでできたと考えられています。
 泥岩や砂岩は、水底に堆積した泥や砂が長い年月の間に押し固められてできた岩石です。篠山層群の泥岩や砂岩は、いったん湖が干上がって土壌化ために赤くなったと考えられます(赤色土壌化)。

参考・引用文献
 栗本史雄・松浦浩久・吉川敏之(1993) 篠山地域の地質(5万分の1図幅).地質調査所


■岩石地質■ 白亜紀 篠山層群
■ 場 所 ■ 丹波篠山市 北新町(篠山城)、黒岡(春日神社)
■探訪日時■ 2025年12月7日