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コウノトリとイヌワシから人と自然との共生を考える
2006年4月〜5月に環境教育として市川中学校で行ったものです。
2006年11月11日に「ひょうご教育フェスティバル(龍野市)」で発表しました。
1.はじめに
昨年(2005年)9月、野生復帰をめざして、兵庫県立コウノトリの郷公園から5羽のコウノトリが自然放鳥された。その中の2羽が今年4月に繁殖行動を行い、自然界では38年ぶりになるという産卵を行った。残念ながらこの卵からひなはかえらなかったが、段階的放鳥されたコウノトリからのひなは順調に育っている。また、今年5月には野生のコウノトリが4年ぶりに豊岡市に飛来し話題になった。このような状況は、連日のように新聞紙上をにぎわせ、私たちも期待を持ってそれらの報道を見守った。
一方、兵庫県の中央部、段ヶ峰を中心とする山域における風力発電施設建設予定地で、絶滅危惧種になっているイヌワシの生息が確認された。そして、このイヌワシが風車に衝突する可能性が心配され、風力発電施設の建設の是非について議論されるようになった。
そこで私たちは、「コウノトリ野生復帰の取り組み」を学び「風力発電施設とイヌワシの問題」を考えることによる環境教育を、本校2年生(83名)を対象として試みた。この学習は、理科2分野「自然と人間」の学習と豊岡市での校外学習と結びつけながら、「総合的な学習の時間」を利用して行った。
2.学習の目的
コウノトリの野生復帰の取り組みを学び、また風力発電施設とイヌワシの問題を考えることから、人と自然が共に生きることの意味や大切さを理解する。
3.指導の流れ
(1) 校外学習のねらいと内容の提案
(2) GW課題「コウノトリを調べる」(優秀作を展示・表彰)
(3) 学年授業1「コウノトリ、野生へ飛び立つ」
(4) 学年授業2「風力発電とイヌワシ……自然と人間との共生を考えよう」
(5) コウノトリの郷公園での講義とフィールドワーク(校外学習)
(6) 校外学習新聞の作成(優秀作を表彰、全員の作品を展示)と学習のまとめのアンケート
4.実践の記録1 「コウノトリ、野生へ飛び立つ」
今年の4月からも連日のように、自然放鳥されたコウノトリの交尾・産卵などの行動が新聞やTVで報道された。しかし、生徒たちの関心は必ずしも大きいとはいえず、このような情報をほとんど知らない生徒もいた。
そこで、まずコウノトリとはどんな鳥かを知ることからこの学習を始めた。次に、国内種絶滅への経緯から野生復帰の取り組みを紹介した。その中で、特に国内種が絶滅した原因に注目させ、コウノトリが住める環境を再生することは私たち人間にとってどのような意味があるのかを考えさせた。
授業は、プレゼンテーションを中心に進めた。生徒には,学び取ったことを記入するためのワークシートを準備した。
<授業の展開>
(1) コウノトリってどんな鳥?
図1 コウノトリの姿
(プレゼンテーション画面より)
姿や大きさ(図1)、飛び方によるサギとの見分け方、鳴かずにくちばしを鳴らすクラッタリングという行動をすることなど、コウノトリの特徴を説明した。コウノトリの生態の中では、餌の種類やすみかに注目させた。
(2) 絶滅から野生復帰へ
1965年人工飼育を開始、1971年国内野生最後の1羽が死亡、1986年国内種絶滅(飼育場で死亡)、1985年ハバロフスクから6羽の幼鳥が贈られる、1989年飼育場で初の繁殖成功など、コウノトリ羽数の推移を、グラフなどを用いて説明した。
コウノトリ野生復帰の取り組みは、“コウノトリと共生する地域づくり”と位置づけて推し進められた。そこでは、
@農薬や化学肥料に頼らない環境創造型農業
A生態系豊かな水田作り
B自然と共生する河川の整備
C里山の整備
の四つの柱を中心にいろいろな事業が進められた。そのひとつひとつの意味を説明し、「種の保護」をするには、「生息地ごと保護へ」という考えが大切だと話した。
やがて、繁殖も軌道に乗り、1998年には50羽、2002年には100羽を越えた。それに呼応するように周辺の環境も少しずつ整い、2006年9月に5羽のコウノトリが自然放鳥された。
(3)国内のコウノトリはなぜ絶滅したのか?
コウノトリが明治以降急速に数を減らし絶滅に向かっていったのには、狩猟解禁、マツの乱伐、湿田の減少、河川の改修などいろいろな原因がある。これらの原因を年代順に追っていきながら、その中で特に自然環境の悪化に焦点をあてた。
自然環境の悪化に関しては、有機水銀を含む強力な農薬の散布が大きな影響を与えたと言われている。農薬の散布によって、コウノトリの餌となる魚や小動物が死滅していった。そして、コウノトリの体内には有機水銀など化学物質の濃縮蓄積が進んだ。
そこで、生態系ピラッミドを説明し、その中でコウノトリは里山生態系の頂点に位置していることを話した。そして、食物連鎖による化学物質の濃縮蓄積について数字を例示しながら説明した。生態系ピラミッドの上になるほど化学物質が濃縮され、その頂点に立つコウノトリで最高に達する。実際に、国内野生最後の1羽となったコウノトリからは、高い濃度の化学物質が検出されたことを話した。
(4) コウノトリが住める環境を再生することは私たち人間にとってどのような意味があるのか。
コウノトリを保護するということは、種の保存だけではなく私たち人間にとっても大きな意味がある。それはどのようなことか。ワークシートの空欄を埋める形で答えさせた。
(生徒たちの答え)
○よい環境になる。
○住み心地のよい環境ができる。
○安全に住める環境になる。
○環境を見直す機会となる。
○自然がきれいになっていいこと。
○自然保護につなげていけること。
生徒たちの意見をまとめ、
コウノトリが住める環境を再生することは、私たち人間にとっても、
安全で安心な環境を再生することを意味している
とした。これはコウノトリの郷公園のコンセプトである。
そして、「私たち人間も食物連鎖の頂点に立っている。コウノトリは次々と数を減らしながら、次は人間が危ないぞ!とSOSを出してくれていたのかもしれない」と話した。
5.実践の記録2 「風力発電とイヌワシ……自然と人間との共生を考えよう」
段ヶ峰を舞台にした風力発電とイヌワシの問題を取り上げた。風力発電の利点と、イヌワシへの心配されている影響を指摘し、この問題をどう判断したらよいのかグループで話し合わせた。
授業の展開にあたっては、風力発電施設計画に賛成・反対のどちらにも誘導しないように心がけた。実際には、イヌワシ以外の自然環境への影響・風力発電の発電量・二酸化炭素削減効果・耐用年数・経済効果・地元の意向など総合的に判断する必要があるが、この授業ではそれらに触れていない。この授業の目的は、クリーンなエネルギーとしての風力発電の利点とイヌワシ衝突という問題点から、人と自然との共生について考えることにある。
<授業の展開>
(1) 段ヶ峰の自然と風力発電施設計画の紹介
図2 段ヶ峰の風力発電計画
(プレゼンテーションの画面より)
初めに段ヶ峰の自然を紹介した。山頂部に高原が広がる雄大な景観を、写真を映して示した。
次に、風力発電施設建設の概要を説明した(図2)。計画によれば、尾根上に高さ100〜130m、直径70〜88mの風車22基が並ぶことになり、建設されれば国内最大級の風力発電施設となる。
そして、風力発電は、クリーンな自然エネルギーの利用、地球温暖化の防止に効果がある、新しい観光の名所にもなると、その利点をあげた。
(2) ここにイヌワシがいた
猛禽類の頂点に君臨する鳥・イヌワシ。山岳地帯や開けた草原地帯に生息し、その勇壮に飛ぶ姿から風の妖精≠ニ呼ばれている。国の天然記念物で絶滅危惧種に指定され、日本には約300羽、兵庫県には現在8羽生息しているとされている。そのうちの1羽が段ヶ峰にいたのである。
このようなイヌワシの紹介をした後、イヌワシは今も減り続けていることを話した。兵庫県にも20年前は32羽いた。大規模な開発、森林伐採、単一樹種による大規模な植林、食物となるノウサギやヤマドリの減少、密猟や環境汚染物質などが、イヌワシの数を減らした原因だとされている。
(3) どのような問題点があるのだろう
風力発電施設がつくられると、回転する風車にイヌワシが衝突し死傷する『バードストライク』が心配されることを話した。これは、去年2月、北海道の風力発電施設で、羽根を切断されたオジロワシの死体が発見されたことで注目された。
(4) あなたならどう判断する?
このように、風力発電は利点もあるし問題もある。「あなたならどう判断する?」のか、4〜5人でグループをつくって話し合わせた。
話し合いの結果、18グループの中で、「建設を推進する」としたのが1班。「建設を中止する」としたのが2班。「条件をつけて建設を推進する」が15班だった。
各グループが順に、その意見を発表した。
○「建設を推進する」の理由は、風力発電をつくらないと地球温暖化が進み、結局イヌワシも絶滅してしまうからというもの。予想外の意見に、これを聞いて感心した生徒も多かった。
○「建設を中止する」の理由は、イヌワシの絶滅は避けなければならない、絶滅危惧種イヌワシの命は大切というものだった。
○「条件をつけて建設を推進する」では、イヌワシが嫌いな音を出して近づかないようにする、風車を低くしたり数を減らしたりするなど、イヌワシが衝突しないような対策とるという条件が多かった。また、とりあえずイヌワシを保護して環境のいいところに放すという意見もあった。
(5) 兵庫県環境影響評価審査会の判断
最後に、この問題に関して兵庫県環境影響評価審査会・風力発電所部会が4月に行った判断を紹介した。それは、『イヌワシが絶滅したら取り返しがつかない。エネルギーはほかでも作れる』として、※中止の要請を決めたというものである(2006.4.14. 神戸新聞)。
そして、「イヌワシは、森林生態系における食物連鎖の頂点に位置している。そのため自然が豊かな場所にだけ生息することができる。言い換えれば、イヌワシの生息する場所は自然が豊かで、人間にとっても生きていく上で豊かな環境であると言える。」と話した。
※その後、同審査会の最終的な結論は7月まで先送りされることになった。
6.実践の記録3 コウノトリの郷公園での講義とフィールドワーク
5月23日、小雨の中、バスはコウノトリの郷公園に到着した。まず、えさやりの場面を観察し、講義を聞いた後、園内のフィールドワークを行った(写真1、2)。
写真1 えさを採るコウノトリとアオサギ 写真2 水田や魚道の観察
(1) えさやり
公開ゲージで、えさやりを観察した。ほとんどの生徒が、このとき初めてコウノトリを目にした。思っていた以上に多くのコウノトリがいることや、コウノトリが大きかったという感想を持った生徒が多かった。
このときのえさは、生きたドジョウ。えさがまかれると、コウノトリとアオサギ(野生)が集まってきた。コウノトリの餌の採り方をアオサギのそれと比較しながら、職員の方の説明を聞いて観察した。
(2) 講義
管理・研究棟で1時間の講義を受けた。内容は、コウノトリの生態、保護・増殖の経緯、野生復帰に向けた取り組みなどであった。コウノトリのはく製を横にして、映像を見ながら講義が進められた。
枯れ枝を集めてつくった巣が直径2mもあること、卵の大きさがニワトリの2倍もあること、卵の中のヒナが体を回転させながら自分で卵を割ってふ化すること、魚・トカゲ・ヘビ・カエルなどを一日500g食べることなど、生徒たちは興味を持って聞いていた。
また、ドジョウ一匹運動・冬場の灌水・里山の整備など、多くの町の人たちが協力しながら野生復帰に取り組んでいることなどが印象に強く残ったようである。
話が終わった後、生徒たちは「オスとメスの見分け方は?」や「コウノトリの名前はどうしてついたのか」などと質問した。
(3) フィールドワーク
公開ゾーン内を職員の方に案内していただいた。人口巣塔の上では、ヒナがかえっていた。小雨の中、ヒナは親の腹の下にもぐりこんでいたが、幸運な生徒は双眼鏡でそのヒナを見ることができた。
野生復帰に向けて飼育されているコウノトリを観察し、羽を切って飛べない状態にしていることや人工的に巣をつくってやっていることなどの説明を聞いた。また、小川や水田には魚道がつくられ、周辺では電線が地中に埋められていた。
田の横には、合鴨を入れるための小屋が建てられていた。周辺の田では、除草剤をはじめ農薬や肥料を使わないために合鴨農法を行っていると説明があった。
(4) 校外学習新聞より
校外学習をまとめた新聞の中で、生徒はコウノトリの郷公園で学んだことの感想を書いた。
雨が降ったり止んだりする中で、私たちは公開ケージに集まってくるコウノトリを観察しました。えさがばらまかれ、何種類かの鳥が集まってきました。最初はそれらを見分けることができませんでしたが、説明して下さった方のおかげで見分けることができるようになりました。白いからだの後ろは黒く、羽を広げるとピアノの鍵盤のような模様が見えました。
まわりの環境もふくめてコウノトリを守ろうとしている人々の努力がみられました。
7.学習を振り返って
この学習で、生徒たちは何を学んだのか。学習が終わってから1ヶ月半後に、書かせてみた。
(1) コウノトリを保護し、野生へ戻すことは、私たち人間にとってどのような意味があるのでしょうか。
多くの生徒が、「人間にとっても住みやすく安全な環境をつくることである」ととらえていた。
私たちの生活を見直すことにつながり、どう自然と向き合って生きていくのか考えることにつながる。コウノトリが住みにくいのなら、人間にとってもなにか住みにくいところがあるんじゃないかと考えることができる。
コウノトリを野生へ戻すためには、コウノトリが住みやすく安全な環境をつくらなければならない。そのことは、人間にとっても住みよい環境をつくっているという事だと思います。
もう一度、環境を見直すことにつながる。それと、これからも保護して野生へ戻そうとする動物がいるかもしれません。その取り組みの、見本になれるのではないかと思います。 (2) 段ヶ峰に風力発電施設を建てる計画があります。風力発電は、クリーンエネルギーとして環境にやさしい発電の方法です。しかし、一方ではイヌワシの衝突が心配されたり、山の景色が大きく変ってしまったりという問題もあります。この計画をあなたは今、どう考えていますか。
生徒たちは、多様な考えを書いていた。意見を集約すると、次のようになる。
@ 賛成 6人 A 条件つき賛成(このままの計画では反対) 27人 B 反対 34人 C どちらでもない 10人
@賛成の意見
単純に、環境にやさしい発電だからという意見もあったが、下のように考えた意見もあった。
私は、風力発電を建てたほうがいいと思います。それは、風力発電を建てなかったら環境が悪くなるので、結局はイヌワシにとっても住みにくい環境になり、それが絶滅につながると思うからです。
A条件つき賛成(このままの計画では反対)
条件の中では、イヌワシのいる段ヶ峰ではない他の場所につくればよいという意見が多かった(15人)。また、イヌワシが衝突をしないように、風車をフェンス(網)で囲む、風車を低くする、イヌワシの飛ぶ昼間は風車を回さないなどの工夫をするという意見も多かった。
風力発電をつくるのは賛成だけど、高さを低くするなどイヌワシが衝突してしまわないような工夫をして、イヌワシが安全にくらせるようにすればよいと思う。
環境にやさしいので建てたらいいと思います。しかし、段ヶ峰はイヌワシの衝突が心配されているので、建てる場所を変えるなどの工夫をしたらよいと思います。
B反対
次のような意見が多かった。
環境にやさしいクリーンエネルギーは欲しいけど、絶滅してしまったら生き返らすことはできない。エネルギーは必要だけど、人間は考える頭を持っているから、これからいろいろ考えていったらよいと思う。クリーンエネルギーとイヌワシ、どちらも大切だけど、生きようとしているものの命を奪うことはしてはいけないと思う。
中止すべきだと思う。何か工夫しても、絶滅してしまったら取り返しがつかないからやめるべきだと思う。イヌワシはそこにしか住めないけど、クリーンエネルギーだったらどこででもつくれるから、まずは絶滅しかかった動物を守りたい。
Cどちらでもない
次のような意見があった。
地球にやさしくてもイヌワシには危ないのでもろ刃の剣のようだと思いました。動物たちが死んでしまう可能性があると分かっているのならやめたほうがいいと思いますが、環境が壊れていっている今の時代には、風力発電も大切だと思います。動物は殺せない、環境は大切にする、どちらも必要なので、両方うまくいく方法を考えていくことが重要だと思います。
(3) この学習の感想を書こう
この学習では、コウノトリのことはもちろん、イヌワシ、自然と人間など、いままで知らなかったことがどんどん分かってとても楽しかったです。コウノトリが豊岡だけじゃなく、兵庫県、全国といろんなところで見られたらいいなあと思いました。
コウノトリについては、私たち人間にとっての環境を考え直すことにつながっていったと思う。コウノトリの住みよい環境は人間の住みよい環境。そんな環境をこれから、もっともっとつくっていかなければならないと思う。
イヌワシについては、とても難しい問題だと思う。電気をつくるのも大事。でも、電気は他の方法でも他の場所でもつくれる。でも、イヌワシが絶滅したらもう戻ってこない。しっかり、考えていかなければと思う。
あらためて絶滅しそうな動物のことを考えることができたと思う。コウノトリやイヌワシが住みにくいなら私たちにとっても住みにくい場所になると思う。だから、自然を取り戻すことが大切。そのためには、人の努力が必要。私にもできるようなことがあれば実践していきたいと思う。
8.終わりに
私たちは、自然の中で生きている。その自然が、熱帯雨林の減少、オゾン層の破壊、地球温暖化、砂漠の増加などによって大きく失われつつある。私たちの身近なところでも、土地造成、道路の拡張、河川の改修やダムの建設、大量消費と大量廃棄などによって、失われていく自然は多い。しかし、豊かさの追求がそのまま自然を失うことであってはならない。自然と共生してこそ、豊かな人間社会が得られ、また維持できるのである。
今回は、コウノトリとイヌワシという地域の教材によって、自然と人間との関わりを考えてきた。ほとんどの生徒は、自然は美しくて大切だと思っている。その上で、今回の学習が、地域の自然、さらには地球全体の自然を守ることの意味を科学的にとらえ、「自然と人間が共生することの大切さ」を認識する基礎になればと願っている。