江埼灯台 (淡路市野島江崎)
野島断層の跡を残した白亜の灯台
淡路市の江埼(えさき)灯台は、明石海峡を望む海抜48.5mの高台に立っています。イギリス人技師リチャード・ヘンリー・ブライトンによって設計されたこの灯台は、日本で8番目に建設された洋式灯台です。明治4年4月27日に初めて点灯しました。それから長い年月を経た今も、当時のままの姿で明石海峡を見守っています。
江埼灯台
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※「江崎灯台」の表記も見られますが、正しくは「江埼灯台」です。
1.兵庫県南部地震
1995年(平成7年)1月17日、明石海峡の地下16Kmを震源とするマグニチュード7.3の内陸型地震が発生しました(兵庫県南部地震)。この地震で、淡路市江崎から富島付近に至る淡路島北西部の海岸沿いを、野島断層が出現しました。
そのとき、この江埼灯台も被害が出ました。灯台の復旧では、この大地震の痕跡を後世の人々に伝えようと、当時の状況をできる限り残すとともに耐震補強がされました。
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野島断層と江埼灯台の位置図(地理院地図を利用) |
2.地震でずれた石段
淡路島の北端あたり、海岸の道路のそばに「緑の道しるべ江崎公園」があります。公園の駐車場から灯台まで、石段が続いています。この石段は、10段ほどの石段とその間の平地が交互に続きながら上っています。
この石段を下から見上げると、途中でずれているのがわかります。
少し登ると、断層が横切った地点に達します。断層が横切っているのは、石段と石段の間の平地です。ここには通路の真ん中に縦に敷石が施されています。
この敷石が、断層を境にして向こう側が右にずれています。このことから、右横ずれ断層であることがわかります。この地点で、横ずれを測ってみると約65cmでした。
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灯台への石段 |
石段の間の断層によるずれ
マウスポインタを図の上に置いてください |
断層跡や道の壊れたところは、カラーコンクリートによって修復されています。修復によって段差はなくなりましたが、山側が少し盛り上がって高くなっています。
カラーコンクリートは、断層に沿って南の砂防ダムまで続いていました。
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石段の間のずれを上から見る
マウスポインタを図の上に置いてください |
3.真白い江崎灯台
長い石段を登ると、灯台の立つ高台に出ました。灯台は、半円形の建物の中央に主塔が立つというフォルムです。家島産の花崗岩を積んでつくられた灯台でしたが、地震による揺れで石積みの壁は最大5cmのずれが生じました。
その後、修復によって亀裂が充填され、全体に白いモルタルが塗られました。修復は、地震による損傷状態がわかるように、壁の突出や目地の開き具合をできるだけ震災当時のまま残るように配慮されています。
江埼灯台は、2009年に近代化産業遺産の認定を受け、2022年に国の重要文化財に指定されました。
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江埼灯台 |
灯台外壁の地震による亀裂の跡 |
灯台の下から明石海峡が見えます。海峡の上を明石海峡大橋がゆるく曲線を描いて対岸へと延びています。1995年1月17日、この地下でマグニチュード7.3の地震が発生しました。震源から地表へ届いた断層は、海底からここで陸上へと上がり、さらにここから淡路島の北西海岸に沿って約10km延びたのでした。
明石海峡をはさんで、明石の街が指呼に見えます。この日、強い西風が吹いて海は荒れていました。その海を、ときどき船が行き来しています。
白亜の灯台は、震災の試練を経て、今日も美しい姿で海を見守っていました。
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江埼灯台から明石海峡を望む |
2024年12月6日探訪
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